異をとなえん |

「海と帝国」感想

2008.11.14 Fri

17:42:39

上田信(うえだまこと)著「海と帝国 明清時代 中国の歴史09」を読む。

中国の歴史7巻8巻9巻と読んできたわけだが、
このシリーズの野心的な事にちょっと驚いている。
善し悪しはともかくとして、かなり大胆な仮説を立て、
それにもとづいて記述をしている。
シリーズ全体としては、ちぐはぐだろうが、
だらだらとした記述が続くよりはずっといい。
そういう意味で評価している。

今回の「海と帝国」では、中国を交易という観点から、明清時代について見ていこうとする
その中心的な流れは次のようなものだ。
元朝では銀を根幹とする交易システムが成立し、
その結果必要としなくなった銅銭が他の地域に流れていき、
サブシステムとして個別の経済圏を作る。
日本もその一つで、鎌倉時代がだんだんと銅銭による経済システムに変わっていく。
元朝が崩壊し、明朝が生まれると、明朝は元朝に対抗するためもあってか、
できるだけ銀を使わないシステムを構築しようとし、貿易も海禁政策をとる。
その結果、銅が他の地域に流れないようになり、各地域に混乱が起こり、変動をもたらす。
日本も鎌倉時代から室町時代に替わる。
しかし、明朝は時代とともに銀による経済に変動していき、
特に石見銀山の発見と灰吹き法の導入によって、日本からの銀の輸出が激増し、
それが中国の交易システムを支える。
明朝が倒れ清朝に替わった後もそれは続くが、
日本ではあまりの銀の輸出の多さに制限が加えられるようになる。
その替わり、欧米が銀を中国に供給するようになっていく。

銀が交易システムの中心になることは理解できる。
ただ、経済システムとして、貨幣の元となる銀が必要だと言うことはわかるが、
それを幾らでも必要とする理屈がわからない。
元の時代に行なわれた紙幣の導入もあるし、日本の江戸時代のように改鋳という手段もある。
貨幣として必要な銀の量を抑えようと思えば幾らでも手段はある。
それなのに、銀の流入流出だけを重視する理屈がわからない。
そこらへんの理屈を当然と考えているのか、説明が少いので、私には納得がいかなかった。
中国が幾らでも銀を輸入していったのは何か別な理由があるように思える。

作者は次のように述べている。

(従属理論が脚光を浴びていた時期、どうしたら低開発国は発展できるのかという中国からの質問に)この問い掛けは、ウォーラーステインの世界システム論についても有効である。本書執筆時の最大の問題意識は、この点にある。
p482


私も同じような意識で、中国の歴史を考えている。
ただ、根本にある経済の感覚が違っていそうで、どうも合わない。
p409にこんな記述がある。


中国へは一六世紀から銀が流入し続け、ほとんど外には出て行かなかった。世界的に見るならば、中国は「銀の墓場」とたとえられる。一八世紀に銀両が地域経済の拘束から解き放たれたことで、国内に蓄積されていた銀が、いままで以上に流通するようになり、回転速度が高まったと考えられる。


地域経済では銀の変わりに銅銭が使われるのだが、なぜ回転速度が高まるのだろうか。
流通に使われなければ回転速度は低下すると考えるのが、普通ではないだろうか。
そんなこんなで、どうも歴史観には納得できなかった。

最後に目次を記しておく。

はじめに 大海に囲まれた二つの帝国
第一章 出来事の時空間
第二章 明朝の成立 一四世紀I
第三章 海と陸の相克 一四世紀II
第四章 海と陸の交易者 一五世紀
第五章 商業の時代 一六世紀I
第六章 社会秩序の変容 一六世紀II
第七章 王朝の交替 一七世紀
第八章 産業の時代 一八世紀I
第九章 伝統中国の完成 一八世紀II
第一〇章 環球のなかの中国 一九世紀
おわりに 媽祖と明清の歴史

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