異をとなえん |

「世界第2位の経済大国」なんて意識はない

2009.07.23 Thu

03:46:34

どうも気が乗らない。
でも少しでも書かないと、さぼり続けるだけなので、
何か書かなくてはいけない。
何を書こうかと悩むのだが、ネットで読んだ記事の文句でも書こう。

追い越されていく日本 さらば「世界2位の経済大国」

世界第2位から3位に落っこちる、中国に抜かれるというのは、
やはりショックなことだ。
中国の経済統計が本当に信頼できるものかという疑問はあるにしても、
そもそもこの20年日本がほとんど経済成長していない以上仕方がないと言える。
だけども、この記事は気にさわる。

引用開始

 「世界第2位の経済大国」が日本の代名詞として使われた期間は40年に及ぶ。そのちょうど半分が、幸福な夢に酔いしれた時代。後半は、宴のツケを払い続けた斜陽の時代だった。

 1968年の国民総生産(GNP)が51兆920億円(1419億ドル)に達したと経済企画庁(当時)が発表したのは、大阪万博を翌年に控えた 1969年6月10日のことだ。実質で前年比14.4%増という驚異的な成長率。翌日の朝刊各紙は1面で「昨年の国民総生産50兆円を超す 西独抜き西側 2位」と誇らしげに報じた。

引用終了

何が気にさわるのか、よくわかっていないのだが、
明らかに「世界第2位の経済大国」が40年使われたと言うのは間違いだろう。
日本がドイツを抜いて世界第3位の経済大国になったのが40年前ぐらいで、
その頃小学生だった私は、
そういう説明が載っている学習雑誌をよく見た気がする。
その時は、世界第3位か、または自由世界第2位というのが頭につくのが普通で、
「世界第2位の経済大国」などという言い方はしなかった。
米ソ対立の冷戦時代で、米ソが1、2位を占め、
両国は別格というイメージが強くあったからだろう。
その後、ソ連の成長が停滞したことによって、
統計上は1989年にソ連を抜いたらしい。
ただ、世界第2位の経済大国になった事は、あまり意識していなかったと思う。
「Japan as No.1」という称賛と円高による名目GNPの急増で、
むしろアメリカを抜こうという意識が強くなっていた。
バブルの頂点では、
日本の設備投資額がアメリカのそれを上回ったという記事を見て、
にやついた記憶がある。
もっとも、その設備投資はバブル崩壊によって、
ひたすら苦しいだけになるのだが。

このように昔を振り返ってみると、なにが気にさわったか理解できた。

「だが、経済のサイズを誇るのは、この辺で終わりにしたい。」、
この言葉が気に食わないのだ。
バブル崩壊後は目の前の景気の悪さに苦しみ続けて、
経済のサイズを誇ることなんか、なくなった。
とにかく、今の景気をなんとかしたい、その一心でやってきたと思う。
それなのに、経済のサイズを誇るのをやめろなどと、
今さらのように言われるのが、腹に立っている。
そんなの、とっくの昔にやめている。

つまり、経済のサイズを誇るのは終わりにしたいと言う言葉が、
すでに全力をふりしぼっているスポーツ選手に向かって、
がんばってと安易に声をかけるファンの言葉に見えてしまうのだ。

そして、次に続く言葉も好きではない。

引用開始

 大事なことは、初めて他国に追い越されていく立場になった日本経済にどんな輪郭を持たせ、どう経営していくか。そういう長期的なビジョンを描くことだ。ある人は「金融立国」を標榜し、ある人は「科学技術立国だ」「いや知財立国だ」と言う。

 また、ある人は「内需中心型経済への転換」を訴え、ある人は「真の貿易立国を目指せ」と強調する。無論、どれも正しいには違いない。ただ欲を言えば、日本が進むべき道を明確に指し示し、次代を担う若い人たちに勇気を与える新しい看板はほかにないものだろうか。

引用終了

個人や企業は戦略を立て、ビジョンを持つ必要がある。
しかし、国全体ではそのようなビジョンが役に立つとは思えない。
シンガポールのような小さい国ではなく、
一億を超える人口の国では経済は国民の自発的な努力で成長する。
教育や公共事業などで国のサポートはあっても、
それ以上のことは国にはできない。

つまり、世界第2位の経済大国から落ちたからなんとかしようという、
発想がいやなのだ。
経済は自律的に成長していこうとする力を常に持っている。
国・政府はそれを阻害する力をとり除くだけでいい。
ビジョンなどというくだらない物に関わらないで欲しい。
ここで言うビジョンは経済成長から逆算したようなビジョンで、
3%成長するためには金融国家になろうとか言う話だ。
温暖化ガスの排出量を減らそうとかいうビジョンは全然別の話で、
それはそれとして必要になる。
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