異をとなえん |

サムライ債の発行規模最高水準

2011.10.21 Fri

21:00:07

欧州勢のサムライ債の発行は急減していると前に書いたが、サムライ債自体の発行水準は今年最高水準だそうだ。

元の日経の記事は直接見れないので、韓国が引用した記事が2ちゃんねるに貼られていたものを引用する。

引用開始

33 NAME: 日出づる処の名無し DATE: 2011/10/20(木) 18:10:49.23 ID:+bmf2GWX
日本が強固な金づる…’サムライボンド’発行史上最大目前
入力:2011-10-20 17:26 /修正:2011-10-20 17:26
ttp://www.hankyung.com/news/app/newsview.php?aid=2011102077431&menu=&sid=0001&nid=900&
type=1

 混乱に陥ったヨーロッパとアメリカ金融市場を避けて日本で日本円表示債券(サムライボンド)
を発行して資金を
調達しようとする外国企業が増加している。サムライボンド発行規模は今年史上最大値を更新す
る展望だ。

 日本経済新聞は20日"今年に入ってサムライボンドの発行件数は64件に達する"として"歴代最
大値であった
2008年の65件を今年更新する展望"と見通した。市場情報会社トムソンロイターによれば今年1〜
9月日本で発行
されたサムライボンドの総発行額は1兆6700億円(25兆ウォン)で昨年と同じ期間に比べて17%増加
した。史上最大
であった2008年の1兆8900億円にぴたっと近寄った。

 今月入り韓国ポスコが414億円規模債券発行に成功した。日本経済は"最近ではメキシコ通信会
社と北ヨーロ
ッパ金融会社等もサムライボンド発行を検討していて、発行件数だけでなく発行規模面でも今年
は史上最大値を
突破する可能性が高い"と伝えた。

 それまでグローバル企業の資金調達処は主に欧米金融市場だった。しかしヨーロッパと米国の
財政危機で投資
心理が凍りつき、資金需要が日本に集まり始めた。今年の第3四半期(7〜9月)外国企業の米国内
債券発行額は
1年前の同じ期間に比べて40%減り、ヨーロッパも5%以上減少した。

サムライボンド
 外国企業と政府が日本で日本円で発行する債券。他の外国債券と違い日本円で発行するから日
本投資家立場
では為替レート変動に伴う危険が無い。
引用終了

日本しか金を貸せる所がなくなりつつある、というのが私の主張だが、実際の規模としてはたいしたことはない。
今年の発行額が史上最高で1兆8900億円を越えたとしても、ドルに換算して250億ドルくらいだ。
下記に見つけた、残高と比較するかぎり、ユーロ、ドル、ポンドに比べて大差となっている。

世界を知るデータ(4) 国際債券市場: 牛誰人のブログ

引用開始

また通貨別内訳(2011/3月末残)は下記のとおりです。

1.ユーロ      12兆7,180億ドル(45.3%)
2.米ドル      10兆7,670億ドル(38.4%)
3.英ポンド      2兆1,290億ドル( 7.6%)
4.円          7,437億ドル( 2.7%)
5.スイスフラン     4,166億ドル( 1.5%)
6.カナダドル      3,664億ドル( 1.3%)
7.豪ドル        3,398億ドル( 1.2%)
引用終了

もっとも、残高を発行額で割ると約30倍で、理屈で言えば30年物の債券を30年続けて同じ額だけ発行しなければ、この残高にはならないはずだ。
史上最高額が30年続くのもおかしいし、民間の債券は1年とか、3年とか、5年で、30年物の債券なんてほとんどないはずだ。
期間が短かかったら償還されて、残高から引かれるはずだから、残高は小さくなる。
たぶん、私の理解が間違っているか、データの整合が取れていないのだろう。

事実を見るかぎり、日本しか金を貸すことができないというのは、明らかにおかしい。
しかし、世界経済が停滞を強めれば、資金を貸すことができなくなるというのも十分にありえる。
欧米での債券発行額が40〜50%落ちこんでいるのは、その兆候かもしれない。
もっとも発行額自体はわからないので、日本がどのくらいおぎなっているかは不明だ。
今後調べてみたい。

補足になるが、韓国の記事の「しかしヨーロッパと米国の財政危機で投資心理が凍りつき、資金需要が日本に集まり始めた。今年の第3四半期(7〜9月)外国企業の米国内債券発行額は1年前の同じ期間に比べて40%減り、ヨーロッパも5%以上減少した。」の部分で、ヨーロッパも5%以上減少は50%以上減少の誤りである。
日経新聞では5割超落ち込んでいると書いているみたいだ。
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金を売る日本人

2011.10.20 Thu

20:48:49

下記の記事を読んで、日本人がなぜ積極的に金を売っているか考えてみた。

金囲い込みに走る中国、現金化する日本 :豊島逸夫の金のつぶやき

引用開始

中国はインフレ傾向顕著で実質金利大幅マイナス状況が続く中で資産保全のための実物資産としての金購入が活発なので金が足りない。対してデフレで名目ゼロ金利とはいえ実質金利ベースでは相対的に高金利の日本では「金よりキャッシュ」。金は買う対象というより売って現金化する対象となっている。金を売って次に何に投資するのかという素朴な疑問はさておき、売られた金が輸出され巡り巡って最終的には中国に貪欲に吸収されていることを思うと複雑な気持ちになる。
引用終了

日本は実質金利がプラスだから金を売っているというのが、豊島氏の意見だ。
日本の金の流出流入を見てみるとバブル前から延々と買っていて、2006年から流出に転じている。
金価格の推移を見ると、1980年に最高値をつけてから2000年までずっと下がり続けて、その後上昇に転じている。
2005年ぐらいから上昇スピードは加速し、史上最高値をつけている状況だ。

1998年から消費者物価指数はマイナスになり、デフレが始まった。
それ以降の実質金利はプラスと断じていいだろう。
1999年は日本が金を大きく買い越した最後の年なので、実質金利はあまり関係していないように見える。
日本が金を買っていたのは、不況により危険資産から逃げ出す中で、究極の安全資産だったからではないだろうか。
現金、国債に逃げるのが普通だったけれど、一部だけ保険として金の購入に走った。

そして、今積極的に金の売りに回っている。
儲かっているのが一つの理由だけれど、金価格が上昇し続けているならば、そのまま持っていてもいいはずだ。
他に対した投資先がなければ、特に積極的に売る必要はない。
株の利回りは高くなっているが、株価は上昇していない。
株を買っていないということだ。

それなのに、日本人が積極的に金を売っているのはなぜが。
やはり他に買いたいものがあるからだと思う。
日本人の貯蓄率は下がっている。
それなのに消費を増やそうとすれば、今あるものを売って買うしかない。
欲しいものはあるけれど、現金がない。
そこでニュースで金価格が上がっているという話を聞く。
家を探してみると、金製品があったので売りにいく。
そういうことではないだろうか。

そんな風に考えると、日本人が金を売っているのも、消費が増大し、デフレが終わる前兆に思える。
世界経済の先行きも、日本経済の先行きも、まだみんな懐疑の念を持って、状況を眺めている。
私はいい面だけを見て、予測しているのではないか、という疑念はある。
それでも私にはバブル崩壊以降のデフレ局面を抜けつつある気がしてならない。
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野田政権のゆくすえ

2011.10.19 Wed

20:48:55

インタビューを拒否しているのは、目指すべきものがないからか。

首相が「ぶら下がり」拒否を明言 グループインタビューでお茶濁す

引用開始

 野田佳彦首相は17日、内閣記者会のインタビューで、歴代首相が続けてきた記者団による「ぶら下がり取材」について「基本的にお受けしない」と拒否することを明言した。首相自らによる説明責任や情報発信よりも、失言を避ける「安全運転」を優先した。民主党の掲げる予算編成過程などの透明化とはほど遠い後ろ向きの対応だ。
引用終了

野田首相は「ぶら下がり」でのインタビューをしないと明言した。
失言を避けたいという後ろ向きの発想だ。
けれども政権を維持していくには、国民からの支持を得ていなければできない。
国民から支持されるには、自らの信念を語って、国民に本気を納得させなければいけない。

「ぶら下がり」を拒否するというのは、国民から支持を得られるもっとも有効な手段を自ら拒否することであり、自滅への道である。
民主党の鳩山首相、菅首相も失言で政権を失ったという意識からだろうけど、それは本質に思えない。
鳩山首相の場合はあまりにも言葉が軽すぎた。
総理の言葉が大きな影響を持つことを考えれば、慎重に発言すべきなのに何も考えずに発言することがあまりにも多かった。
普天間移転問題も期限など全然決まっていないのに、自分で期限を切って、自分で政権の命運をかけたのだから、退任も当然だ。
途中で方向転換するチャンスは山ほどあったろうに、それをしなかったのだからどうしようもない。

菅首相の場合もやはり言葉が軽いように思える。
菅首相が支持率を落とした原因になったのは、参院選前での消費税の税率上げ発言の迷走だったろう。
上げると発言し、それを隠そうとしたことで、選挙に負けた。
消費税どうこうよりも、ぶれたことによって信念がないと見られたことが負けた原因に思える。

何も発言しなければ、ぶれようがないけれど、それも国民は目指すものがないと受け取るだろう。
そのままでいれば、最終的には支持率が低下してしまう。

自分の信念や目指すべき道ははっきりと発言するけれど、それ以外のことに関しては適当に流すことがなぜできないのかと不思議に思う。
小泉首相はぶら下がりでたいしたことは発言していなかった気はするけれど、支持率の維持には役立っていた。
逆に言うと、野田首相がぶら下がりを拒否するというのは、自分の信念の弱さを見すかされるのが嫌で拒否していると国民は思うだけだ。

野田政権もやはり一年で終わる、そう思うしかない。

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日本語論の難しさ

2011.10.18 Tue

20:48:20

中国関係で本を出している津上氏のブログで少し面白い日本人論があったのでリンクしておく。

森有正の「日本語・日本人」論(学習ノート)

長編で、かつ最初は哲学的なので、ざっと見しかしていない。

言語が思考を規定するというのは正しいだろうけど、具体的に意味のあることを言えるかは難しい。
自然言語である以上、たいていのことは同じように言えるはずだ。
長い年月をかけて組み立てられた自然言語の中核は、どんな言語でも大きく違うことはできないように思える。
前にも書いたが、違いが出てくるのはここ2000年ぐらいに導入された数値表現と文字ぐらいではないだろうか。
それ以外については、はっきりしたことが言えるかどうか、かなり疑いを持っている。

たとえば、日本語の語順が欧米語と違うのは、相手との関係に応じてニュアンスを変更しやすいからというのはどうかと思う。
言語の語順は欧米型と日本型に大きく分かれていて動詞が最後にくる言語は山ほどある。
それらの言語が日本のように相手との関係を重視しているかというとかなり疑問である。
朝鮮語も日本語と同じ語順だが、日本と韓国との対比した論述を読むと、韓国の方が欧米に近いという意見の方が多いように感じる。

結論がはっきりしないという日本人独特の特性は他の国にもある。
日本人が外国に行ってあいまいに答えられて困ったという感想をよく読むからだ。
つまり、はっきりと答えにくい問題に対しては、言語と関係なくあいまいに表現してしまうのは、よくあることではないだろうか。
ノーと言うのをオブラートに包むのは、言語表現の一つであって大きく日本人論に発展させるのは難しい。

人の意見に文句を言うのは簡単だけれど、自分なりの日本人論を書こうと思っている以上、論理性などについて言語の示唆が得られるのは役立った。
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「日本人にとって英語とは何か」感想

2011.10.17 Mon

20:49:06

「日本人にとって英語とは何か」をざっと見る。


最初に、算数教育において日本語が有利で英語が不利な話が出てくる。
数の概念が十進法で統一されている日本語とどちらかというと十二進法の英語では、算数の理解の速度に差があるという話だ。
これは前に書いた記事の具体的な例で、下記のような内容が語られる。

日本では数の表現が十進法に統一されていることで、十の位で繰り上がりになることを簡単に教えられる。
それに対して、英語では数の表現が十二進法になっている。
そのため、英語圏の子供では十の位で繰り上がることを理解させることが難しいらしい。

また、日本語では数字の読みが中国風の読み(いち、に、さん等)、日本古来の読み(ひとつ、ふたつ、みっつ等)、その省略形(ひ、ふ、み等)といろいろある。
そのため、年号などいろいろな数字を暗記するのが楽にできる。
なくよ(794)うぐいす平安京などだ。
また、九九も簡単に覚えられる。

日本人の算数の能力が高いのは、この力がおおいにあるらしい。

それに対して、英語圏ではそもそも十進法の概念を理解させるのに苦労しているらしい。
ten、eleven、twelve、thirteenときたら12で桁が繰り上がっていて、なおかつ13は10+3といった表現になる。
子供にはわかりにくいのだろう。
ヤードポンド法も大体十二進法だから、十二進法のかけ算が必要になる。
でも、日本語みたいに語呂合わせによって覚えられないから、数式をそのまま暗記するしかない。
英語圏の小学生の算数の成績が悪いわけだ。

この話は面白い。
後の話はこの話ほど納得できるものはないけれど、それなりにためになる感じがする。

大体おすすめ。
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日本の「家計貯蓄率」が下がっていることについて

2011.10.15 Sat

20:39:53

日本の家計貯蓄率が低下して、アメリカよりも低くなりつつあるという話を聞く。
この理由と経済にどんな影響を与えるかを考えてみたのだが、それ以前で詰まづいた。
まず家計貯蓄率で検索して、最近のわかりやすそうなのを見つけた。

日本の「家計貯蓄率」は世界最低水準

とりあえず、2007年2.4%、2008年2.3%、2009年2.3%、2010年2.4%、2011年3.2%とかなり低いことがわかる。
ただし、2010年と2011年は推定値と書いてあるので、2010年の確定値を探してみた。
この記事が書かれたのが2010年7月だから、最新版ならば2010年の確定値もわかるだろう。
しかし見つけた結果は数値が違う。

よくわからなくなったので、元データと思われる
OECD Economic Outlook No. 89 Annex Tables - Table of ContentsSaving(xlsファイル)を直接のぞいてみた。

結果は、2008年から違っている。
2007年2.4%、2008年2.2%、2009年5.0%、2010年6.5%、2011年7.9%、2012年7.5%となっている。
これは最新版に更新されていて、速報値が確定値に変わっているから違っているのだろうか。
2009年の5.0%が本当に正しいならば、貯蓄率は急激に上昇したことになる。

「家計貯蓄率」が下がっている問題も、推測値が2012年7.5%ならば問題でないような気がする。
どのくらいまで信じていいかわからないので、考察は中止した。
調べた結果だけを記事にしておく。
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自動車産業は中国の救世主たりえない - なぜ中国のバブル崩壊は今なのか?(その2)

2011.10.15 Sat

01:23:00

中国の自動車販売が低迷している。

9月の中国乗用車販売は前年比+8.8%、年末にかけ緩やかな回復持続へ

前年比+8.8%だと悪くない数字に見えるが、実際には「2年連続で急拡大した中国の乗用車販売は、今年に入り鈍化している」だ。
実際、グラフで見るとはっきりするが、2009年は高成長、2010年は現状維持、そして2011年はどちらかというと販売減少だ。
年末に向けて販売が増加するという傾向があるから、9月は少し伸びているだけのように見える。
でも、中国の自動車市場はまさにこれから急成長していく段階だったはずだ。
中国の人口規模がアメリカの四倍、日本の十倍であることを考えると、普通で5000万台売れたっておかしくない。
高度成長期ならピーク時にはその上をいくはずだ。
それなのに、月によって販売台数が上下するなど、1300万台ぐらいで自動車市場が飽和している。
日本の高度成長期は、1965年に187万台で、毎年頭一桁の値が1ずつ増えていくような感じで自動車生産は伸びていった。
アメリカも日本も、自動車生産が経済の成長を加速させたことを考えると中国はなにか違う。

中国のバブル崩壊が避けられないのは、中国の生産性上昇を外資系輸出企業だけが担っているからと私は理由づけた。
けれども、外資系輸出企業の進出が止まり、生産性が上昇しなくなったとしても、他の企業の生産性が上昇すれば、中国の経済成長を維持することは可能ではないだろうか。
その最大の候補が自動車産業だ。
輸出産業ではなく、中国国内市場で成長している。
日本企業も含めた外資系との合弁企業が生産しているのだから、それなりの技術力向上は期待できるはずだ。
自動車産業の裾野が広いことを考えると、部品の輸入代替化が進めば着実に中国を成長させることができる。

でも、そうなっていない。
つまり中国の自動車産業はアメリカや日本の自動車産業と少し違うのだ。
考えてみると中国の自動車市場は2009年着実に原油代が上昇しているなかで成長していた。
高度成長期だったからという理由はつくけれど、アメリカや日本で自動車産業が発達しているときよりずっとガソリン代が高いだろうに、なぜ普通に成長できたのだろう。
今成長が鈍化したのは、原油価格上昇の影響が効いてきたのだろうか。

答えは、中国の自動車が奢侈品ということにある。

中国自動車産業を読み解く(6) - 表層からは覗えない、中国エコカー開発の実情

引用開始

中国の消費者が車を購入するとき、購入者は見栄えのする車のなかから自らのサイフの大きさに見合ったものを選ぶのだという。そのため、内陸部では見栄えはするが手頃な価格の車が、沿岸部では高級なステータスを感じさせる車がよく売れているのだ。
引用終了

通勤とか商品運搬用のための自動車というよりも、他人に見せびらかすための役割が大きい。
だから、ガソリン代など気にせず買っている。
しかし、奢侈品として自動車が売れているならば、その売行きはバブルに依存する。
バブルが崩壊すれば、その売行きも落ちるしかない。
今自動車の売行きが落ちているのはまさに、その現れに見える。

結局、中国の自動車が奢侈品ならば、バブル崩壊とともに生産量が落ち、生産性の向上はままならなくなる。
自動車産業は中国の救世主たりえない。
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