異をとなえん |

アメリカこそがガラパゴス化した国である - ガラパゴス化は必然である(その3)

2010.11.18 Thu

16:00:53

前回の記事では、日本の一人当りGNPが高いことから、日本経済のガラパゴス化が必然であることを示した。
その中で、一人当りGNPが高いアメリカの真似がなぜできないか、という疑問があった。
答えは、アメリカこそが特殊進化をしたガラパゴスな国であり、他の国が真似できない、あるいは真似したくない国だからだった。
今回の記事ではアメリカのガラパゴス化について書きたい。

** アメリカのガラパゴス性

私の考えでは、世界でもっともガラパゴス化している国はアメリカである。
何がガラパゴスかというと、世界一の大きさの家、世界一大きい乗用車、大きい家具、そして家を暖めるためのセントラルヒーティングや大きな乗用車でがぶ飲みするガソリンによる世界一のエネルギー消費量だ。

個々の項目について見てみる。
「ウサギ小屋」問題、再検証によると、一人当り住宅床面積でアメリカは65平方メートルと世界一である。
他の先進国が40平方メートル台、日本が36平方メートルと比べると抜群に高い。
他の国より1.5倍近くなるということは、たまたまの一位ではなく、根本的に文化が違うのだ。

大恐慌を乗り切るための新需要として、アメリカは郊外への大きな家を選んだ。
大きな乗用車に乗るために大きなガレージを必要として、郊外への大きな住宅を建設したのか、あるいは、大きな家に住みたかったから郊外に移動し、通勤が楽になるように大きな乗用車に乗るようになったかは、わからない。
たぶん、それらの要因が互いに影響を及ぼしながら、アメリカの生活様式が生み出されたのだ。

大きな家は、大きな家具と多大なエネルギーを使うセントラルヒーティングという更なる需要を生み出した
セントラルヒーティングは日本では普及していない。
いろいろ理由はあるだろうけれど、使ってもいない部屋を暖めておくのがムダという意識が採用をためらわせている一つの理由だろう。
一人当り住宅床面積だけではなく、アメリカは家自体が大きい。
その家をセントラルヒーティングで暖めるのだから、エネルギー消費量も大きいのだ。

以上のことから、アメリカは世界一のエネルギー消費国になっている。
図録▽人口1人当たりエネルギー消費量の推移(主要国)から、引用すると次の通りだ。

引用開始

近年、日本、ドイツ、フランス、英国、韓国など主要先進国はほぼ4トン前後の消費量となっているのに対して、米国は8トン前後と約2倍の人口1人当たり消費量とエネルギー多消費国家となっている点が目立っている。世界全体ではなお2トン弱であり、米国を除く主要先進国でも世界平均の2倍のレベルとなっている。
引用終了

これだけのエネルギー消費はアメリカが産油国であり、非常に価格が安いことから達成できた。

そして、この贅沢なアメリカ生活様式はさらなる新需要を生み出した。
医療費である。
どこへ行くにも乗用車に乗って運動をしない生活は世界一の肥満大国を作りだした。
豊かさと肥満は二つ組み合わさって、アメリカの医療費をGNP比16%とし、世界一の国としている。
にも関わらず、アメリカ人の平均寿命は77.9歳で、先進国の中では最下位と言っていい。

大きな家、過大なエネルギー消費は真似できても、高い医療費、短かい寿命を真似したい国がいるとは思えない。
そういう意味でアメリカが生み出した新需要は世界に広まっていかない。
アメリカは本当の意味でのガラパゴス国家なのだと思う。

** ガラパゴス化の意味

世界一豊かな国がより成長していく、消費を増やしていく、それは必然な変化だった。
けれども、そのガラパゴス化が何十年も経った後、本当に正しい道だったかはよくわからない。
むしろ、間違った道のようにも見える。

アメリカから石油が取れていた時代は、そのぜいたくな使い方も許されたきた。
しかし、今後石油価格が更に上昇し続ける場合、本当に世界で一番エネルギーを消費する生活様式を守れるのだろうか。
私は疑問に思っている。
日本とアメリカの生活様式を比べた場合、絶対に日本の方がいいと思う。

実際、「「大きな家の時代」終わり? =米住宅サイズ、縮小傾向」 アメリカの住居のなぞを読むと、アメリカ人も単純に今のままでいいか疑問を感じているのではないだろうか。

引用開始

1950年代に約91平方メートルだった米住宅の平均延べ床面積は10年ごとに2割程度大きくなり、2009年には約2.5倍の226平方メートルに拡大した。しかし、高い失業率、環境意識の高まりもあり、このところ「住宅サイズは頭打ち」(全米住宅建築業協会)だという。 
引用終了

しかし、アメリカ人に今のような統計を見せても簡単に大きな車や大きな家を手放すとは思えない。
アメリカ人にとっては、現在のアメリカ様式が目指すべき生活だという意識があるのだと思う。
理由がなんであろうと、アメリカ人は大きな家や大きな車という特殊性が好きなのだ。
特殊性によって栄え、特殊性によって衰える。
それが国の運命だ。

一太郎やPC-98や携帯電話は日本に特殊化し過ぎて、世界の標準から遅れを取り、衰退したと言う。
そうなってもいいではないか。
日本独自の市場が起こり滅んだとしても、10年ぐらいの期間にすぎない。
それだけの期間、繁栄すれば、十分元は取れたはずだ。
その商品を使った経験は、新しい商品の使用に生きている。

アメリカの特殊性はそうはいかない。
アメリカの生活様式は100年ぐらい続いている。
これだけ続いた生活様式がうまく行かなくなったとしても、簡単に変われるものではない。
もし変わるとしたら、社会には大きな変化が起こり、痛みを伴なった変革が必要となるだろう。

日本が生み出した、新しい商品、サービスは、ガラパゴス化するとは必ずしも言えない。
世界に普及していく可能性もある。
ただ、それらが日本的特殊性による、日本だけにしか普及しない物であっても、日本はそれを避けて通るわけにはいかない。
日本の選択、ガラパゴス化も必然の道であり、違えることはできない。

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続:ガラパゴス化は必然である

2010.11.17 Wed

17:10:37

前回の記事は日本の経済が内需の拡大を目指すのが当然という内容だった。
今回の記事では、内需の拡大を目指すのが、なぜガラパゴス化になるのを説明したい。
その前にガラパゴス化を定義しておくと、ある国において独自の新商品が普及し、その他の国には広まっていかない現象とする。

経常収支の黒字国は内需の拡大を目指す必要があると言っても、新商品を開発する必要など、ない国がほとんどだ。
たとえば中国がある。
中国は世界一の経常収支黒字国だが、ガラパゴス化などしてはいない。
世界で普通に流通している商品を購入している。
その理由は簡単で、中国の一人当りGNPが低く、先進国が消費している商品を買いたくて仕方がないからだ。

日本は違う。
日本は世界の中でも一人当りGNPが上位の国であり、他の国から買いたいと思う商品がない。
けれども内需を拡大する必要があるのだから、新商品を必死に開発していかなくてはならない。
その結果、日本生まれの独自商品が多くなっている。

** なぜ一人当りGNPが世界一でないのに新商品の開発が必要なのか?

しかし、なぜ他の国から買いたい商品がないのだろうか。
日本の一人当りGNPは高いけれど世界一になったことはない。
他の一人当りGNPが高い国の商品を輸入することはできないのだろうか。

まず、日本が他の国より所得が高いことを確認しておこう。
バブル以後の円高で突発的に一人当りGNPが上昇し、日本は世界2位にまでなった。
ただ、これは円高による数字のマジックに過ぎず、実際は10位前後とみられる。
近年は18位とかになっているが、これも円安による数字のマジックで、それほど低くはない。
G7の国と大体同じと思われる。

G7の国より、はっきり一人当りGNPが高い国も存在する。
これらはノルウェーやカタールのような産油国である。
リヒテンシュタインのように、人口が少なくても金融業が盛んで一人当りGNPが高い国もある。
これらの国の商品を日本では消費できない。

なぜならば、資源や利息・配当で所得が高くなっている国では、新商品というより、既存の商品の高品質版で十分だからだ。
商品本来の価値というよりも、価格が高いこと自体が価値となっている。
宝石装飾品のような見栄消費だ。
そういう商品が売れていく。

日本ではバブル崩壊以後、利息・配当のような収入が激減した。
だから、見栄による消費では売れない。
労働の対価として価値がある商品を消費するしかない。
日本よりはっきり一人当りGNPが高い国では、そういう商品が少ない。

それではG7の国の商品は参考にならないのだろうか。
これも難しい。
その理由は日本のジニ係数がG7の他の国に比べて低く、所得の格差が小さくなっているためである。
所得の格差が大きいということは、上位の階層の収入が金利配当収入に依存していることを示している。
所得の低い層の収入は日本の一人当り所得より低く、その消費から生まれる商品を日本人は欲しいと思わない。
逆に所得の高い層の消費は、上でも述べたように労働の対価としての商品では高すぎるのである。

日本より一人当りGNPが高くて、労働の対価としての所得で日本を上回っているのはアメリカだけではないだろうか。
実際、iPhoneのようなアメリカの新商品は日本でも流行っている。
だから、日本もアメリカの真似をしていれば、ガラパゴス化などありえない。
しかし、それはうまくいかない。
その理由は、実はアメリカこそガラパゴス化の最も進んだ国であり、他の国が容易に真似し得ない国であるからだ

なぜアメリカこそが最もガラパゴス化した国かというのは、実は一番書きたい内容なのだが、それなりに長くなるので、その前に現在の話の結論をつけておきたい。

今までのことから、日本は労働の対価としての所得で、世界の他の国に比べてもっとも高い国だと思われる。
そのため日本が成長するには、新商品の開発が必須となり、他の国に比べて独自化することになる。

** 日本の新商品が世界に普及しない理由

日本が独自の新商品開発をするにしても、その新商品が世界に普及すれば、ガラパゴス化などと言われないはずである。
しかし、それらの商品が世界に普及しないのには次のような理由がある。

まず、一番大きい理由は、当たり前だが、独自の新商品を開発するのは、新規の需要を喚起するためである。
それほど所得がない国では既存の商品を買うので精一杯で、新規の商品を買う余裕がない。
簡単に普及する道理がない。
そして日本は積極的に普及しようとする理由がない。
経常収支黒字国である日本は、どうしても内需を中心に攻めていく。
手間暇かけてまで、輸出を伸ばそうとしない。
機能を減らして、輸出をするのは、そもそも新商品を開発した理由と根本的に矛盾する。

日本のデジタルテレビ放送の方式が南米で採用された。
しかし、現地で実際に売れているテレビは韓国の物が多いらしい。
これだけで理解すると、日本がデジタルテレビ放送の方式を採用してもらうための営業努力はムダになったことになる。
実際には、放送用の機器などが売れることを考えると、損ではないと思うが。

つまり、日本の商品が世界標準となっても、得になる(輸出が増える)可能性は少なく、損になる(営業努力が無に帰する)可能性の方が大きい。
そのため、どうしてもガラパゴス化しやすくなる。

次回、アメリカこそがガラパゴス化した国である、という記事を書きます。
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円安にならなければ景気回復はないのか?

2010.11.16 Tue

00:10:57

円安介入に反対するに質問を頂いた。
回答が長くなったので記事として投稿する。

大学2年氏の質問
引用開始

なるほど!と思った私ですが、もともと円安にしなければならないと思っていました。
しかし、いかに資産を持っていようと内需が7割だとろうと、成長寄与率は外需に、すなわち貿易黒字に依存しているわけですよね。であるならば日本経済を復活させるためにはやはり円安誘導が必要なのではないでしょうか?
もちろん政府不介入が望ましいですが、各国(とくに米中)が自国通貨安にしようと介入している以上日本だけ民間に任せる、というのは甘くはないでしょうか。

ご意見お聞かせ願えればと思います。

引用終了


** 日本経済の復活、あるいは景気回復、あるいは成長率上昇を起こすには円安が必要なのか?

私は不要だと考えている。
2000年代前半の景気回復は、内需が弱いこともあって、輸出に頼っていた。
日本政府による為替介入は、その時だけを見た場合、輸出の促進という意味で効果があったと思う。
その分現在為替差損を抱えているわけなので、日本経済にとって良かったか悪かったか、いまだによくわからない。

内需が弱い理由は、バブル崩壊以後に資産価格が下落し続けたためだ。
1990年度末に約2480兆円だった土地資産は2005年度末まで下がり続け約1220兆円となった。
GDPが500兆円なのに、1260兆円も損をしているのだから、景気が悪くなるのも当然と言えよう。
家計は消費を、企業は設備投資を増やすことができず、需要と供給の間に大きなギャップができた。
そのギャップを輸出で解消することによって、景気が悪くなるのを防いだ。
円安による輸出の伸びが成長寄与率の多くを占めたことはその現れだ。

リーマンショックに端を発っした世界不況は続いている。
バブル崩壊による資産価格の下落が大きな原因である以上、欧米諸国は内需を増やすことができず、外需に頼らざるを得ないだろう。
その点日本は恵まれている。
現在、日本の資産価格は下落をほぼ解消した。
土地価格は世界全体の好景気にも恵まれプチバブル状態になったが、リーマンショックでまた下げた。
ただ、土地価格の下落も止まり、マンション価格も底打ちしたから、今後資産価格の下落は続かない。
それならば、資産価格下落が原因の消費の下降はないだろう。
今日発表されたGDP速報でも、消費は1.1%伸びている。
エコカー減税、たばこの増税や熱暑などによる一過性のものという見方が強いが、私は資産価格の下落が止まりさえすれば、そのぐらいの消費の伸びは期待できるのではないかと考える。
白川日銀総裁の偽りの夜明けという言葉があるように、これが本当の消費回復かどうかはわからない。
けれども、資産価格の下落さえ止まれば、自律的な経済成長が達成できると信じている。
それは円高円安に関係ない。
いや、円高の方が望ましい。
円高になれば価格下落によって消費を刺激できるからだ。
円安で交易条件が悪化すれば、消費に悪影響を与える。


** それでは、各国が通貨安政策を取るのを是認するのか?

各国の通貨安政策が一時的な変動をもたらすのならば基本的に反対である。
たとえば、1ドル80円近辺だと輸出で採算を取れない企業がたくさんあると聞く。
そのため、企業は日本から工場を移すしかなくなる。
この円高が一時的なもので、工場を移転した後、円安になると、移転した企業にとっては採算が悪くなるし、輸入物価が上昇することで消費を減少させる。
その結果、景気に悪影響を及ぼすから大問題である。

しかし、アメリカの量的緩和政策はドル安政策だと世界から批難されているみたいだが、必ずしもドル安を生むとは私には思えない。
むしろ、量的緩和政策を取るとドル安になるという世間の認識が、ドルを安くさせている。
同じことかと思うかもしれないが、世間の認識によるドル安では、それが続いていくことを保障しない。
量的緩和政策によるドル安は、ドルの価値が下落してインフレになるから、他の通貨に逃避しなくてはいけないという認識から起こっている。
けれども、実際に起こっているのはデフレのように見える。
デフレならばドルの価値は低下せず上昇だ。
それはドルから逃避した資金の当てが外れたことを意味し、ゆり戻しが起こり、為替相場はドル高に反転するだろう。
実際ドル円相場は80円を割らずに、ドル高に反転したように見える。
今反転が起こっているのは、偶然ではない。
FRBによる量的緩和政策が最終局面を迎え、もう打つ手がなくなったと見えるからだ。
予想で買い事実で売るという鉄則に従い、投機資金が手仕舞いを開始したのかもしれない。

アメリカの量的緩和政策が本質的なドル安政策でないとしたら、特に問題にすることはないと言うのが私の考えである。
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ガラパゴス化は必然である

2010.11.06 Sat

00:07:43

日本のガラパゴス化を批判している記事は多い。
しかし、私にはほとんどの記事が経済の理屈からおかしいと感じられる。

「日本の特異性」は世界に売れないもそういう意見だが、反対意見を書いてみた。

引用開始

最近の日本のアニメや携帯電話等の日本ブランドの工業製品に感じるのは、「洗練」「複雑」「脆さ」だ。洗練されてはいるが、複雑すぎて、使用環境の変化に脆い。日本の環境には最適化されているが、生活環境の異なる外国では現実的ではない特徴がテンコ盛りである。

一方で世界で売れている製品の特徴は、「大味」「単純」「頑強」ではないだろうか。そして安いこと。ドラマは筋が単純でわかりやすく楽しいほどよい。工業製品も機能が単純でわかりやすく安いほうが売れる。

今の日本人はそういう単純でわかりやすくて廉価な商品が作れなくなってしまっている。しかし、それが商売の原点ではないのか。「日本のユニークさ」を世界に売り込もうというのは、正攻法で市場競争力を失ってしまった負け犬の逃げ口上ではないのか。
引用終了

日本の製品は日本の環境に最適化されているので、世界に売れなくなっているという意見は正しいのかもしれない。
私は海外の状況には詳しくないので、その意見の妥当性はよくわからない。
しかし、売れないことは全く問題ないのだ。
なぜならば、日本の経常収支がずっと黒字だからだ。
日本の貿易収支はだいたい10兆円の黒字であり、所得収支の黒字も同じくらい出ている。
日本の経常収支の黒字は中国やドイツよりは少ないけれど、それに次ぐものであって中国やドイツのように批判されてもおかしくない。
よっぽど特殊な事情がないかぎり、黒字であっても、赤字であっても、あまり極端に大きいのは経済にとってよくない。
日本の黒字が大きいのも、内需が成長していないために輸入が伸びないからであって、日本経済の問題の一つなのだ。
そう言えば、ここらへんの話は前の円高の頃アメリカに激しく言われたのだが、最近は中国が矢面に立っているので出てこなくなっているが、本質は変わっていない。

もちろん、日本企業にとって商品が外国に売れないより売れた方がいいことは確かだ。
ただ、外国に売るよりも日本国内で売ることに必死になった方がいい。
日本商品が外国に売れれば円高になる公算が高く、採算が悪化し外国に売ろうとする努力が無に帰してしまう。
為替相場は経常収支で決まらないという意見もあるが、長期的に見れば効いてくるのは確かだ。
だから、日本企業は国内で売ることを目指して、できるだけ日本の環境に最適化した付加価値の高い製品を発売できるようにすべきなのだ。

少子高齢化の影響で日本の内需は伸びないから、外国市場で成長するしかないという意見もある。
確かに企業の製品によっては、日本で価格を上げづらいものもあるだろう。
ビールみたいな食品企業なんかは、その対象かもしれない。
そういう場合、食品のおいしさを生かした設計のような部分を外国に展開して、成長を図るのは企業にとって正しい選択だ。
ただ、輸出とかはあまりしないほうがいい。
今まで述べてきたように、円高に巻き込まれて採算が悪化する危険性があるからだ。
輸出入に関係ない商品は、企業としては大事でも、日本経済という枠組みでは重要ではないから、これらは別の話となる。

少子高齢化によって日本の労働人口が減少したら、輸出も減少する。
また国内でも必要な製品を作れなくなるので輸入が増大する。
その時のことを考えて、今から外向きになれという意見もある。
はっきり言って、その意見は未来を先読みしすぎている。
まず、経常収支がバランスした方が望ましいということは、貿易収支は10兆円以上の赤字になることが必要なのだ。
所得収支の黒字は日本の対外純資産によって決まるから、経常収支の赤字によってそれが減らない限りずっと増え続ける。
だから、10兆円以上の所得収支の黒字は当分変わらない。
それを打ち消すためには、貿易収支の10兆円以上の赤字が必要で、それはつまり現状の貿易で20兆円輸出が減るか、20兆円輸入が増えなくてはいけない話なのだ。
そして、少子高齢化というのは、お年寄が貯金で暮らすようなものだから、海外資産の取り崩しもやむを得ないと言えるだろう。
そうすると、さらに10兆円貿易収支の赤字が増えても仕方がない。
つまり、少子高齢化によって日本の貿易収支が30兆円悪化しても10年ぐらいは問題ない。
その時に対策を打っても十分間に合う。

さらに貿易収支が現状よりも30兆円も悪化することかという疑問もある。
日本の輸出金額は現在60兆円ぐらいだが、外国の消費者に直接売る消費財は自動車くらいで、この輸出金額がだいたい10兆円だ。
残りはほとんどが資本財と部品になっている。
これらは単純でも廉価でもないけれど、品質が重要なこともあり、非常に価格競争力が強い。
たとえば、有名どころだが水族館の水槽などがある。
2007年のニューズウィークの「世界が注目する日本の中小企業100社」の特集で最初の会社が日プラという水槽を作っている会社だ。
透明度を維持したまま水槽を大きくするには、特殊な技能が必要らしくて世界市場を支配している。
世界の市場は小さくてわざわざ他の企業は参入しようとするとは思えない。
はっきり言って水族館は他の企業に声をかけもしないだろう。
仕様を説明するだけでも手間がかかる。
こういう企業の市場支配力は非常に強い。

日本には普通の人が存在も知らない、ニッチだが市場を支配している製品が山ほどあるのだ。
これらの商品の競争力は簡単には覆らない。
日本の家業として商品を作り続けていく伝統を考えると、半永久的に市場を支配できるのではないかと思うほどだ。
こういう商品の積み重ねで日本の輸出は成り立っている。

そして、これらの商品のそもそもの発端は、「日本の特異性」なのだ。
水族館の水槽も、日本で水族館が多く、かつ大きくしたいという市場の要望から生まれたのだろう。
日本の特異性が世界で売れないことはない。
売れている製品もたくさんある。
日本は安くて単純な商品は作れなくなっているかもしれない。
安い製品では労働コストが出ないからだ。
けれども、高い労働コストをかけても売れている商品があれば、全く問題はない。

「ガラパゴス化は必然である」という表題までたどりつけなかったのでこの項続きます。

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なぜデフレは続くのか?

2010.11.03 Wed

15:37:26

昨日の記事の中の日米の物価指数の推移は面白い。
日米の物価指数が同じような形で下がっている。
バブル崩壊が大元の原因だとしても他の条件は異なっているはずだ。
それらの条件による変化が見えないのは、消費者物価指数の低下の直接の原因が同じだからだろう。
消費者物価指数の傾きは消費者の節約のスピードだ。
人間が節約モードに入ったとき、消費の減退のスピードは大体似通うということだ。

バブル崩壊による資産価格の大幅な減少で消費者は支出を減らす必要に迫られる。
けれども、人は急に消費を減らすことができない。
惰性で今までと同じ物を買い、同じサービスを享受しようとする。
使っていない物も、いつかは使う時のことを考えて、維持費のことも考えずそのまま持っていく。
もちろん、仕事を解雇されて収入が激減した場合、消費はいきなり減るがそれは特別だ。
だから需要が急減することはない。
ゆっくりと消費者はムダな消費の削減を始める

倹約モードで最初に減らすのは、新規の消費だ。
自分の意思がないと消費できない物・サービスがまず減らされる。
観光なんかは一番減りやすい。
ただ、これはムダというわけではない。
次に、本当の意味でムダな消費の削減を始める。
習慣で買っているけれども、使っていない物の購入をやめるようなことだ。

この消費の減退はゆっくり起こるので需要は急減しない。
しかし、節約モードでは需要は伸びない、もしくは減少するから、どうしても市場の競争はきつくなる。
価格は上昇せず、むしろ下落圧力がかかってくる。
それが今回のグラフに見る消費者物価指数のゆっくりした低下の意味となる。

** デフレを止める方法

この需要の低下はなかなか止まることがない。
需要の低下による供給の減少が新たな所得減少をもたらし、再度の需要低下を招くからだ。
デフレスパイラルは資産価格の低下が止まり、消費のムダを省いた後の均衡状態が回復して、ようやく止まる。
このデフレスパイラルは止めることも早めることもできない。

デフレスパイラルを止めることは、消費がそのまま続くということだが、それは所得に見当っていない。
サラ金に手を出して破綻する人間が止まないのと同じように、収入以上に消費していればいずれは破綻する。
資産効果による所得の上昇を前提として生まれた消費は、資産価格が減少すればいずれは減らすしかない。
たいていの人間はそこまでバカではないから、破綻する前に節約を開始する。
だから資産価格の低下が続くかぎり、消費の減少は続く。

それではデフレスパイラルの速度を早めて、均衡状態を一気に回復することはできないのだろうか。
デフレスパイラルを早めるということは需要が一気に減るということだ。
大恐慌のような金融危機を伴なった経済の破綻が起これば、需要は一気に減少するだろうが、それが望ましいとは到底言えない。
そういう意味ではなく、GNPの大幅な減少を伴なわない形で節約モードを早く過ごす方法はないだろうか。

それは簡単にはいかない。
節約自体が頭を使った工夫なのだから、見つけるにはそれなりの時間がかかる。
本質的にムダな消費を節約することは正しい。
人の役に立たないことで、資源やエネルギーを消費するのは地球に優しくない。
消費額が同じでも効用は改善しているはずだから、節約は本質的に創造的なプロセスなのだ。
たとえば、家の周りの街灯は人が近づくと明かりがつくようになった。
ムダなエネルギーを使わずに効用は同じままだ。
けれども、電力需要は減少することになる。

** デフレの存在意義

消費の節約モードがある意味での創造の過程であるならば、実際の経済でもっと頻繁に起こってもいいように見える。
けれどもデフレが発生するほどの消費の減退はそれほど起こっていない。
理由は資産価格の長きに渡るほどの低下は簡単には起こらないからだ。
通常の不況では、ある程度の節約をしただけで均衡状態を回復する。
均衡状態が回復すれば、普通に所得は伸び、消費が回復していくので、デフレには突入しない。

大恐慌の時のような、年20%にも及ぶ物価の下落は、システム自体が揺らぐ暴力的な需要の減少から、もたらされる。
その過程においては創造的なプロセスなどみじんもなく、ただ目の前にある消費を減らすしかない。
しかし、現在の日本のような年1%ぐらいの物価の下落は、それほど厳しくはない。
生活のムダを省いてゆく創造的なプロセスと受け止めることもできる。
この記事を書く前は、デフレのような状況からは直ぐに抜け出したいと考えていた。
しかし、この記事を書く過程で、デフレは苦しいけれども、自分にとっての本当のムダは何かを考察するいい機会のようにも思えてきた。
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リフレ政策とデフレのぶつかる戦線

2010.11.02 Tue

13:12:21

気になっているグラフが二つある。
一つはコモディティ(商品)価格の上昇率、もう一つは消費者物価の推移だ。

コモディティ価格の上昇率は、騰がっているのは金(ゴールド)だけじゃない ヒタヒタ押し寄せるインフレにあるグラフだ。
リンク先の記事ではインフレの脅威を心配しているが、私にはむしろコモディティが高騰していても全然反応しない消費者物価指数の方がこわい。

もう一つのグラフは[金融]インフレ懸念はバランスシート調整と共に消えゆくにある、元ネタはクルーグマンによるアメリカと日本の消費者物価指数の推移のグラフだ。
ここを見ると日本のバブル崩壊時と同じようにアメリカの消費者物価指数の上昇率は一貫して下がり続けている。

コモディティ価格はこの1年上昇している。
グラフで見るかぎり一番上昇率の低いトウモロコシでも14%の上昇だ。
最大の上昇率の小麦にいたっては74%も上昇している。
けれども、その上昇率が反映されるべき消費者物価指数はほとんど上がっていない。
1.1%と止まっているといっていい。
コモディティ価格の上昇がインフレにつながるならば、消費者物価に反映されなくてはならないはずだ。
小麦にしても、なんにしても、買っている人間はそのまま持っているわけではない。
最終的には食べる人たちに買ってもらうことで、投資家は利益を得る。
川上での価格上昇が川下に波及しないのは需要が弱いからだ。
価格が上がれば需要が減少して売れなくなるのがわかっているから、消費者物価は上がらない。
コモディティ価格の上昇が投機によるもので、本当の意味での需給を反映していなければ、結局はコモディティ価格は下げに転じるしかないと思う。

為替市場の値動きも同じだ。
リフレ政策によって、ドルの価値は下落すると思われ、為替市場ではドル安が続いている。
ドルの価値が下落するということは購買力平価でドルが安くなることだから、為替市場の長期的な動きとはあうはずだ。
しかし、本当にドルの価値は下落しているのだろうか。
たとえば、ドル円相場で円の価格が上昇する。
それは日本からアメリカへの輸出品価格が上昇するということで、普通に考えれば日本からアメリカへの輸出数量は減少する。
同時にアメリカから日本への輸出品価格は低下し、アメリカから日本への輸出数量は増大する。
つまり、アメリカから見た場合、為替での円価格の上昇に対して、それに反発する力を生み出していることになる。
円価格の上昇がそのままドルの価値の下落につながるとしたら、日本からアメリカへの輸出品の価格上昇はそのままインフレとして受け入れられ数量は減らないことが要求される。
逆にアメリカから日本への輸出はインフレが発生しているので価格が上昇して数量の増加が起こらないとなるわけだ。

コモディティ価格の上昇にしても、為替相場の価格上昇にしても、そこで発生した価格上昇が最終的に消費者に受け入れられなければインフレにはならないはずだ。
でも現在のアメリカの消費者に価格上昇を受け入れる余地があるのだろうか。
失業率は高止まりし、賃金も上昇していない。
需要は弱いままだ。
ここで価格が上昇したら、さらに需要が減るだけだろう。
結局、需要が弱いままだから消費者物価が低迷しているだけという理屈になる。

リフレ政策というか、FRBの金融緩和政策によってアメリカでは大量に資金がばらまかれている。
その資金はコモディティ市場、為替相場、新興国の市場に流れこんで市場の活況を生み出している。
でも、この価格上昇は投機による価格上昇だ。
リフレ政策によって投入されている資金は貸し出されている金だ。
いつかは返さなくてはいけない。
どんなに金利が安くても、ある程度はつく。
行って来いの投機だから、価格上昇後それを買ってくれる人間がいないかぎり、崩壊してしまう。
コモディティ市場はどんなに買っても、最後にそれを消費してくれる買い手がいない限りどうしようもない。
もし、コモディティ市場の高騰がインフレの道だとしたら、それは最終的に消費者が受け入れる必要がある。
つまり、コモディティ市場の価格上昇が消費者物価指数の上昇へと結びつかなくなてはならない。
でも、最終消費者はそれを受け入れるのだろうか。
少くとも推移を見る限りでは、物価の上昇はどんどん低下し続けている。
コモディティ市場の価格上昇を受け入れている兆候はまるで見えない。
最終市場の価格下落傾向と商品市場の価格上昇は共存しない。
どちらかが勝って、流れをおし潰すだろう。

コモディティ価格の上昇と消費者物価指数の低迷はリフレ政策と現実経済がぶつかっている境界だ。
どちらが勝つかで、今後の経済は決まる。
しかし、私にはコモディティ価格の上昇がそのまま受け入れられるとは到底思えない。
海の温度を人間の力で温めているように見える。
人間がどんなに努力しても、海の温度はほとんど関係ない。
海は自然の摂理に従って変化するだけだ。
消費者物価も経済の大きな流れで動いている。
消費者物価指数の低迷が続けば、それ以外の価格も最終的には従うしかない。
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