異をとなえん |

近接場光

2008.07.20 Sun

16:21:29

サイエンスZEROで「近接場光」の特集をしていた。
近接場光なんて始めて聞く言葉で、番組を見ても素人にはよくわからない。
普通の光と違って、少ししか伝播しないと言われても、さっぱりである。

ただ、番組を見つづけると、なんか凄い。
ブルーレイより容量の大きいディスク、普通の顕微鏡より性能が高い顕微鏡、
果ては原子1個1個から作る材料とかが出てくる。
俄然、興味が出てしまった。

グーグルで検索してみる。
相変わらず、チンプンカンプンだが、少しわかったような気になる。

ナノワールドへの誘い〜局在する近接場光の不思議と実力〜

上記が近接場光の説明としてわかりやすかった。

小さな光の粒が救世主〜「ナノフォトニクス」で拓く光新時代〜

また、上記が興味深い。
そもそも近接場光に最近焦点が当たってきたのには、
日本人科学者がいたことがわかる。
近接場光というものが存在する事はわかっていたが、
利用できるものとは思えていなかった。
それを観測して、新分野を開拓したのが日本人である。
この大津元一という人は、どこかで見たような人だと思ったら、
サイエンスZEROで解説役していた人だった。
解説だけしか、しなかったから、そんなに凄い人だとは思わなかった。
番組の中で研究の発端とか聞けよ。

夢のあるテクノロジーって、素晴らしい。
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中国が環境汚染を止められない理由

2008.07.20 Sun

02:29:37

中国で環境汚染の被害がそこらじゅうに出ている。
そういう報道を多く目にする。
なぜ、中国は環境汚染を止められないのだろうか?
日本や欧米の環境規制を持ってきて、それに対応する技術を導入すれば、
それだけで解決する問題のはずだ。
日本や欧米では、地球温暖化以外は既に過去の物と言ってもいいのに。
原因は中国の体制にある。
それについて論述したい。

日本を始めとして、民主主義国家でも環境汚染は、昔大きな問題となった。
しかし、問題の大きさが実感されるにつれて、国民が騒ぎ出し、
環境規制がかけられるようになり、解決されていった。
つまり、選挙というメカニズムにより、
全体の利益を優先する事が当然とされているのだ。

中国では違う。
中国では全体の利益を考える仕組みがない。
全体の利益の事をお題目として考えていた共産主義は、
ほとんど滅亡した。
旧ソ連の事を考えると共産主義が残っていても、
役立たない気もするが。
あるのは、トウ小兵の改革路線による、
先富論という先に豊かになるものから、なればいいという理論だ。
つまり、金を儲けろ、それだけだ。
各地方はその方針に従がって、金を儲けるだけ儲けようとしている。
そして全体の利益なんて興味ないから、環境規制なんて邪魔なものには、
従がわない。

中国共産党中央は、それを追認している。
彼らには、地方の暴走を止める理念がない。
権威もない。
形の上では、環境規制の方針を発表し地方に制約を加えている。
だが、地方は従がっていない。
単なる建前であって、対応する必要があると思ってないのだ。
賄賂の額を増やせという要求ぐらいでしかない。
本気で実行するには、地方自治を実行し、
国民の意見を反映させなければならない。
それは共産党の権力構造を崩壊させる。
それはできない。

しかし、全体の利益について少しは考えなければ、
最終的に問題になるのはトップの人間ならわかるはずだ。
環境規制と役人の増加で、ある程度改善するだろうに、
そうなっていない。
いや、激流中国などを見るに、
ある程度改善していると言う人がいるかもしれない。
しかし、それは違う。
改善するということは、地方の利益を減らすことであり、
そこと結びついた人間との戦いを意味する。
つまり、本気で実行するならば、激烈な党内党争が起こる。
党内党争が起きていないのは、お茶を濁しているだけだからだ。

中国共産党トップは目の前にある問題の大きさに立ちすくんでいる。
環境問題は、その典型的表れだ。
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日本がスイーツ天国な理由

2008.07.18 Fri

20:09:04

NHKの衛星番組「COOL JAPAN」でスイーツ特集をやっていた。
日本はスイーツがいろいろあって、味もいい、日本はクールだという番組だ。

荒俣宏が、なぜ日本はスイーツ天国かという説明をしていた。
日本は封建社会が長く続いたが、
封建時代の戦争の特徴は相手を最後まで滅ぼさない事だったので、
各地方が主体を持った単位として残っていった。
だから、各地方が共存していくために微妙に違った物が作られ、
いろいろな菓子があるというような説だった。

疑問だ。
ヨーロッパも封建社会が長く続いたのではという疑問もあるけれど、
民族や国民性の違いなどと言うことに簡単に結びつける発想が嫌いなのだ。
普遍的で単純な回答を、まず探さなければならない。

真似される文明 - 「日本文明・世界最強の秘密」感想(その2)
で下記に書いたように、日本の特殊性よりも、
大都市の人口の大きさが多様性を生み出している説の方が、
ずっと簡単で納得しやすい。


また、日本では高品質の商品が多いと言われている。
その理由は、次のようなものだろう。
大量に人口が集中しているから、その部分で非常に多様な商品が売れる。
その中には高価だが高品質な商品が含まれる。
消費者はいろいろな商品を使うことによって、品質の目利きができるようになり、
価格に見合った品質の商品を買っていくことになる。
品質の評価も人様々だから、結果として幅広い商品が売れていく。

大きな都市がなければ、小さな市場では価格が一番の要因になって、
高品質の商品が売れにくい。
高品質の商品がなければ、そもそも高品質の商品を欲しがる消費者が生まれない。
この悪循環によって、いつまでも安くて低品質の商品しか売れない。
低価格が売り物のウォルマートが、
アメリカで最大の都市であるニューヨークに店を持っていない理由だ。


実際、個々の商品はともかくとして、
デパートB1の各スイーツ店が多いのは明らかに大都市の特色だ。
地方ではあんな風になってないだろう。

東京や大阪は、人口が多く所得が高い都市であるけれど、
欧米にもニューヨークやロンドンのように人口がかなり多くて所得も高い都市がある。
これらの都市ならば、豊富なスイーツが発展する可能性もあるのではないか。
だが、これは難しい。
単に人口が大きいだけではダメで、できるだけ一点に集中する必要がある。
核融合みたいに、圧縮され集積度の限界を超えるまで反応は始まらないのだ。

ニューヨークでもスイーツ好きな人間はいるだろうし、人口としては十分ある。
ただ、店があっても簡単に行くことができない。
通勤途中に気軽に立寄れる日本と違う。
特別にスイーツが欲しくて集まる客だけでは、どうしても売り上げが落ちてしまう。
そして、スイーツは見ること、食べることによって、
欲望が膨らんでいく商品だ。
アクセスする機会が少なければ、欲望も減退していく。
これらが、スイーツ天国になっていない理由だ。

日本では鉄道のターミナル駅近辺にあるデパ地下には膨大な人間が集まってくる。
これが日本をスイーツ天国にしている最大の理由だろう。
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アイデンティティなんかいらない

2008.07.17 Thu

17:59:06

日本が行方不明、サミット議長国の姿が見えず――フィナンシャル・タイムズ

上記の記事でアイデンティティの話が出てくる。
日本の自己主張が見えないとし、自己主張をするためには、
「まず自らがどういう国なのか、アイデンティティについて決断する必要がある。」
と書いてある。

どうも、外国人は日本にはアイデンティティがないという批判をしたがる癖がある。
マイケル・ジーレンジガー著「ひきこもりの国」でも、
日本には国家のアイデンティティがないという批判がある。
小林雅一著「知日家が見た日本論」(p7)では、
外国人から見ると日本は自己像を見失っているらしい。
つまり、国家としてのアイデンティティがないことになる。

私には、国家としてのアイデンティティがないと、何が悪いのかわからない。

一番最初の記事に戻ると、日本がアイデンティティについて決断する必要があるのは、
次の選択肢から自己の国家がどうなるか選ばねばならないかららしい。
アジアの一員たる国、環太平洋地域の一員たる国、中国封じ込めに動く国、
欧米とアジアの架け橋になる国。
全部という答では、なぜいけないのだろう。
どれも矛盾しているとは思えない。

国家にとって最も重要なのは、戦争になった時の安全保障だ。
どの国と戦争をし、どの国と同盟を結んでいくか。
それを事前に決定しておかなければ、戦争の時分裂してしまう。
その原理原則を決定しておくことが、国家としてのアイデンティティになる。
上の話では中国と戦争になった場合、どちらにつくかというのが、
選択の根本にあるように見える。
しかし、
「ヒロシマ以前、ヒロシマ以後」
で述べたように、国家の意義は低下しつつある。
戦争が起こらなければ、どちらを選択するかなど無意味だ。

国家中心に現在の世界が構築されているため、
国家がないと個々の人間を管理する手段がなくなってしまう。
パスポートも作れなかったら、治安管理が難しくなるという話だ。
その他にも、細々とした部分で国家は役に立っている。
だから、国家という枠は必要だが、
アイデンティティと言うほどのものは必要ない。

明治維新の時は、欧米の侵略から自分たちの生活を守るという目標があった。
戦後は、欧米にはるかに劣る生活水準を追いつきたいという目標があった。
これらの目標をほぼ達成して、現在日本国全体としての統一的目標は見失われている。
一億三千万人近い人間がいるのだ、その多くの人間が共通の目標を持つ方がおかしくはないか。

外国から信用されないという批判は出てくるだろう。
しかし、国家の意義が低下していくならば、
日本のあり方が正しいのは世界もわかってくる。
日本にはアイデンティティなどいらないのだ。
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「日本の存在感が低下している」のは問題か?

2008.07.17 Thu

02:11:30

カトラー:katolerのマーケティング言論: サミットの終わりの始まりと、行方不明?の日本

上記の記事では、日本が世界において、
経済・政治の存在感を低下させている事を嘆いている。
私には、それが問題かと思う。

日本が世界において本当に存在感があったのは、
第二次世界大戦の時と1990年のバブルの頂点の時ぐらいだろう。
しかし、あんな風に存在感があるのをうれしく思う人はいない。
各国から袋叩きにされるだけだ。

シンガポールの一人当りGDPが日本を上回ったのは、ちょっと驚いた。
シンガポールの政治指導者の能力の高さを示している。
あの体制を日本が真似したいとは思わないけど、素直に感心する。

中国のGDPが日本を上回ったら、やはりショックだろう。
けれども、それはほとんど必然だ。
来たるべきものが来るに過ぎない。
日本の人口が減少しつつある以上、
GDPの伸びが中国やアメリカに及ばないことは仕方がない。

だから、経済において日本の存在感が低下し続ける事は必然だ。
しかし、経済は存在感のためにあるのではない。
個々の人間の生活水準が向上していくならば問題はないはずだ。

1990年代みたいにマイナス成長とか、
成長してても他の国と比べて滅茶苦茶低いのでは、
生活水準は向上していかない。
基本的には、一人当たり実質GDP成長率が、
他の国に比べてそれなりの結果を出していたい。

そういう考えで、実績を見ると、
2002年ごろからの一人当たりの成長率は他の国に比べて負けていない。
これで十分だろう。

米流時評 : GDPに見る日本とグローバル経済の神話と現実参照

結果が高いのは、日本の人口の労働者比率が高いだけで、
それほど自慢できることではないかもしれない。
しかし、他の国に比べて劣っていないならば、問題ないはずだ。

国際政治における日本の存在感の低下など、噴飯物でしかない。
戦後、国際政治において、日本の存在感があった事など一度たりともない。
存在感のない国が、どうやって低下させると言うのだ。
常に存在感がないのは、日本の政治の宿命だ。
サミットにおいて、その国で出席しているのは何人か数えてみた。
フランス4人、ドイツ4人、イギリス6人、アメリカ6人、カナダ7人、
イタリア13人、日本17人(大平首相死去の時の大来外相を含める)だ。
主要国首脳会議 - Wikipedia参照
これで存在感など出るわけがない。
在任期間が、他の国並の中曽根首相と小泉首相は、
まあ存在感があったのは頷ける。

国際政治における存在感を高めるために、
たとえ人気がない総理大臣でも、留任させるのは本末転倒だ。
来年のサミットで、日本の存在感を高めるために、
選挙では福田首相のいる自民党に入れましょうとか言ったら、
何の冗談かと思う。
もっとも、自民党に入れたからと言って、
福田首相が続投するとは限らないのが日本らしい。

日本の政治が総理大臣に長期在任を許さないのは、
個人に権力が集中するのを嫌う人々の心理の表れだ。
首相が、世界でええかっこしいするのを、
喜ぶ人間などいるのだろうか。

結局、日本の存在感が低下するのは、ほぼ確実なのだから、
一人当りの成長率がまあまあなら、それで我慢するしかない。
それ以上を望んで国民に負担をかけるのは問題だ。
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「敬語で解く日本の平等・不平等」感想

2008.07.16 Wed

00:50:57

浅田秀子著「敬語で解く日本の平等・不平等」を読む。
敬語を通して日本人の階級意識を解いている。

目次は下記の通り。

第1章 欧米や前近代の中国では上位者と下位者は断絶していた
―お米がないならお肉のお粥を食べれば?
敬語と敬語はどういう関係にあるのか
中国人は死んだら終わりと考える
中国語の敬語は自己品位語から礼儀語へと変わった
神の前においてすべての人は平等である
一神教世界において現世は不平等である
欧米や前近代の中国では上下の交流はありえなかった
欧米語には階級確認の言葉と礼儀語がある
欧米や前近代の中国では上下の断絶がコミュニケーションの不在を生んだ

第2章 日本では有史以来幕末に至るまで上下の交流があった
―お代官様がおやめにならないかぎり、われわれは未来永劫村へはもどりません
日本人の平等意識は不平等意識とイコールである
日本人は先祖とのつながりを重視する
日本人は死ねばホトケになる
日本では神の系譜と人の系譜がつながっている
倭建命(やまとたけるのみこと)の歌に答えたのは火焚きの老人であった
民の暮らしのためなら雨漏りもいとわない
天皇は大工の死罪を許したばかりか処刑を懸命に止めた
天皇から貧民・兵士・罪人まで
民の苦しみと救いたい
『古今集』は貴族だけの歌集ではない
召使の少女に恋した貴公子の話
一夫多妻制は上流と下層の血をかきまぜる効果があった
平安時代の貴族と庶民は十分に情報を交換し合っていた
傀儡女(くぐつめ)に今様(いまよう)を習った後白河院
地頭と代官と百姓たちのかけひき
主君と家来の化かし合い
下剋上の世にも独裁者は身分を超越する場をつくった
地上にパラダイスを現出させた高山右近
江戸時代の農民や町人は武士に抑圧されていたか
老中の命令を引っ込めさせた銭湯組合
弥次さん喜多さんは実は親分子分であった
日本社会は有史以来幕末まで上下の対等な交流が連綿と続いてきた

第3章 敬語は上位者と下位者をつなぐかけがえのない橋だった
―羽をください、若王子の神様
日本人が対等に扱えたのは「日本語人」だけであった
「ソト=自然」は恐ろしく尊いものである
日本人は遠いところのものにどうやって訴えを伝えるか
ウタフと丁重になる
ウチ・ソト認識から上下認識へ
ウタが歌になったとき敬語が生まれた
なぜ敬語を使うのか
敬語を使えば何でも言える
敬語を使うことは上位者・下位者の身分・階級を遵守すること
階級遵守語からエチケットのための礼儀語へ

終章 敬語が日本の行く末を決める
―すみません、その傘を向こうへやっていただけませんか
なぜ明治から終戦までの時代は下位者が何も言えなくなったか
田中正造の挫折は伝統的な階級秩序の崩壊を象徴した
日本人の礼儀語不足
日本の未来はわれわれの使う敬語にかかっている

第1章は、中国語や欧米語での上位者と下位者のコミュニケーションにおいて、
使われる言葉の状況について説明する。
通常、上位者と下位者のコミュニケーションは断絶している。
コミュニケーションが存在する場合においても、
敬語のような形式化されたものではなく、
個別な状況によって、言葉を使わねばならないとする。
なかなか面白いのだが、具体的な言葉の例が少いので、本当らしさに疑問を感じる。
むしろ、例がない上位者と下位者の言葉が違っていたので、
コミュニケーションがなかったという方に正しさを感じる。

第2章は、日本語における上位者と下位者のコミュニケーションにおいて、
使われる言葉の説明だ。
この章が一番長くて、かつ一番楽しめた。
日本人の間では敬語を使う事によって、上位と下位の隔てをなくして、
平等につきあつ事ができると、主張している。
ただ、作者は「上流階級と下層階級の厳然とした区別が存在し」(p157)と、
述べているが、私には上流階級と下層階級にそれほど差がなかったから、
敬語が発達し、コミュニケーションできたように思える。

第3章は、敬語の起源論だ。
評価不能である。
神への呼掛けが敬語の始まりとかいう話だが、
もっともらしいけど、こんなこと論証可能なのかという感じだ。

終章は、敬語の不在を嘆いている。
明治維新から終戦まで、
上位者と下位者の間にコミュニケーションの断絶が起こったとする。
これは、上位者が成り上がりだったからと説明するが、
あまり説得力はない。
敬語の話も出てこない。
西洋の侵略に対応するのが、最優先事項になったから、
下位者の言い分を聞けなくなっただけだ。

総じて、敬語によって平等が達成されたというニュアンスなのだが、
逆に平等だからこそ、敬語が生まれたと思う。

本の中(p217)で日本人が欧米人の秘書に"Type this."と言って、
機嫌を悪くさせる話がある。
"please"とか"would you……"とか言わなくてはいけないそうだが、
語彙が乏しいのだから、ある意味仕方がない。
自分の意思をまず伝える事で精一杯なのだ。
下位者だって、ご機嫌を取ろうと丁寧に言っても始まらない。
丁寧に言ったら言葉がわからないので、最わかりやすく言えと、
怒鳴られてしまう。
こんな状況で敬語が生まれる訳がない。

欧米や中国では征服王朝の歴史が長い。
そうすると言葉がわからないので、対話もへったくれもない。
敬語はできないことになる。

日本語の敬語は上位下位の構造がある中で、
できるだけ平等にコミュニケーションを取るために生まれたという話には、
納得できた。

本のメインではないが、
キリスト教の一夫一妻制が階級を固定してしまうという話は感心した。
夫と妻が同一階級の場合、血が拡散しないので、いつまでも離れたままなのだ。
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tennou.rbプログラム - 日本人は天皇の子孫か?(その5)

2008.07.14 Mon

14:46:42

日本人は天皇の子孫か?
で使ったrubyのプログラムを公開する。
ただし、表示方法とかは、わかりやすいように少し修正したので、
厳密には違っているが、基本的には同じである。

htmlになっているので、フォーマットがぐちゃぐちゃだが、動作することは確認した。

--------------------------------------------------------------------------------
#!/usr/bin/ruby

=begin
プログラムの使用法

プログラムの最後の部分を修正して使用する

inc = IncreasePopuration.new([[0.01, 2.0],
[0.2, 1.095],
[0.4, 1.075],
[0.6, 1.055],
[0.8, 1.035]],
1.055)

パラーメーターの意味は最初が、人口の割合ごとの人口の増加率の配列である。
次が、全体人口の増加率になる。

inc.calcurate(1, 1400000.0, 280, 1990)
パラメーターの意味は順番に初期対象人口, 初期男性人口, 開始年, 終了年である。

=end

=begin
日本の奈良時代(七百年)の人口は六百万人。
現在(千九百九十年)、一億二千万人。

三十年を一世代とすると、四十三世代で二十倍になっている。
平均寿命が二倍になっているとすると、実質十倍である。

四十三世代で十倍になるということは、一世代あたりの増加率は下記になる。

(x)を43乗すると10になる。

irb(main):066:0> 1.05501 ** 43
=> 10.0007546876559
irb(main):067:0> 1.055005 ** 43
=> 9.99871684130698

男一人が、一世代で約1.055人の男を作ればよい。

社会階層別に上層ほど家を存続させる意識が強いと仮定して、増加率を大体

最上層20%は、1.075
その下20%は、1.065
中間層20%は、1.055
その下20%は、1.045

と仮定する。

最下層20%は、帳尻合わせのために後で決定する。

さらに最上位層1%は特に2と仮定する。これは平均4人の子供を作る必要があるため女性には厳しい。だから、男性になっている。

上記の想定のもとに最終的な増加率が、1.055になるように下記の式を満たす最下層の増加率を決定する。
(0.01 * 2) + (0.2 * 1.075) + (0.2 * 1.065) + (0.2 * 1.055) + (0.2 * 1.045) + (0.19 * x)
= 1.055

xは0.96ぐらいになる。

上位層の子供は常に上位層から占めていき、単純に押し流されていくと仮定す
ると、最上位層の1%が100%占めるまでに何世代かかるかを計算してみる。
=end

class IncreasePopuration

def initialize(rate_array, ave_rate)
@rate_array = rate_array
@ave_rate = ave_rate

current_population_percent = 0
total = 0

@rate_array.each_index do |i|
total += (rate_array[i][0] - current_population_percent) * rate_array[i][1]
current_population_percent = @rate_array[i][0]
end
@lowest_class_increase_rate = (@ave_rate - total) / ( 1 - current_population_percent)

# パラメーター表示
start_rate = 0
@rate_array.each_index do |i|
printf("%2.4f 〜 %2.4f 人口増加率 = %2.4fn", start_rate, rate_array[i][0], rate_array[i][1])
start_rate = rate_array[i][0]
end
printf("%2.4f 〜 %2.4f 人口増加率 = %2.4fn", start_rate, 1.0, @lowest_class_increase_rate)
printf("n")

@w_array = []
@w_array.push([0, @rate_array[0][1]])
@rate_array.each_index do |i|
case i
when @rate_array.length - 1
@w_array.push([@rate_array[i][0], @lowest_class_increase_rate])
else
@w_array.push([@rate_array[i][0], @rate_array[i + 1][1]])
end
end
end

def increase(target_people, all_people)
x = target_people / all_people
y = 0

@w_array.reverse.each do |item|
if x > item[0]
y += all_people * (x - item[0]) * item[1]
x = item[0]
end
end
[y, all_people * @ave_rate]

end

def calcurate(target_people, all_people, start_year, end_year)
x, y = target_people, all_people
printf("%5s %11s %11s %7sn", "西暦", "対象人口", "男性人口", "割合")
start_year.step(end_year, 30) do |year|
# printf("year = %4d, target_people = %10d, all_people = %10d, rate = % 6.2fn", year, x, y, 100 * x / y)
printf("%4d| %10d| %10d| % 6.2fn", year, x, y, 100 * x / y)
x,y = increase(x, y)
end
end

end

# Korea Yannpann
# もっとも近いと思われる推定値
#inc = IncreasePopuration.new([[0.1, 2.0], [0.2, 1.5], [0.8, 1.066]], 1.066)
#inc.calcurate(240, 2000000.0, 1400, 1910)

# もっと妥当?
#inc = IncreasePopuration.new([[0.1, 2.0], [0.2, 1.5], [0.9, 0.9]], 1.066)
#inc.calcurate(500, 2000000.0, 1400, 1910)

# bug case
#inc = IncreasePopuration.new([[0.1, 2.0], [0.2, 2.0], [0.4, 1.5], [0.6, 1.0], [0.8, 1.035]], 1.055)
#inc.calcurate(240, 3000000.0, 1400, 1900)

# 神武天皇
inc = IncreasePopuration.new([[0.01, 2.0],
[0.2, 1.095],
[0.4, 1.075],
[0.6, 1.055],
[0.8, 1.035]],
1.055)
inc.calcurate(1, 1400000.0, 280, 1990)
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