異をとなえん |

続:重商主義は「トンでも論」か?

2011.09.24 Sat

22:15:10

前回の記事に菅原さんからコメントをいただきました。
反論が長くなりそうなので記事にしています。

>が頭につく行は菅原さんからのコメントです。
>>が頭につく行は菅原さんが引用した私の記事です。

> 早速取り上げてもらってありがとうございます。

こちらこそ、ありがとうございます。
トラックバックで反論などを書いても、あまり意見をもらえないので、真面目な反論をいただけるとうれしいです。

>>重商主義は「トンでも論」というより、ほとんどの場合正しい。

> 本文中で解説したように、重商主義=海外資産積み上げ至上主義のことです。どんんなに海外資産を積み上げても、国内には回りません。

私の主張している重商主義というのは、アジア金融危機のときの韓国のような事態をさけるために、基本的に債務国は借金返済=経常収支黒字を目指すべきだという意見です。
ですから、海外資産積み上げ至上主義という意見が、純債権国が経常収支黒字を目指すことを意味しているのでしたら、私の意見の対象外です。

菅原さんの意見は、どんな状況でも経常収支黒字、または貿易収支黒字を目指す政策は間違いだという意見なのでしょうか?
今のギリシャみたいな国は、とりあえず経常収支黒字を目指す政策が必要だと思うのですが。

> スペイン・イタリア・ポルトガルが大変になりつつあるのは、「資本」問題です。要するに、カネを海外から借りようが、国内でまかなおうが、「資本=信用のこと」ですから、信用がなくなれば、カネは逃げます。

金貸しが借りた人間を信用するかしないかは、利子をきちんと返すかどうかによるのではないでしょうか。
金を借りているのが国の場合、経常収支黒字=貿易収支黒字によって、債務を着実に返済するのが信用を保つことだと思います。
つまり、信用を守る=経常収支黒字を目指す=重商主義だと思うのですが、違いますでしょうか。

> ギリシャも含め、これらの国が問題を抱えつつあるのは、固定相場制(ユーロ)だからです。

これは固定相場制の場合、経常収支黒字を目指す=重商主義は正しいという意見に見えてしまうのですが、そう解釈してよろしいですか?

> 例のトリレンマ論です。この3つは同時に達成できません。

> ^拌悒譟璽箸琉堕(固定相場)
> ⊆由な資本移動
> 6睛酸策の独立

> ユーロ圏は、を放棄し、.罅璽躙把蠅鉢∋駛椣榮阿亮由化を選択しました。

> 本来であれば、危機なら、,鮗里(固定相場をあきらめる)、を回復し、金融緩和をすれば、その国のレートは減価し(例えばギリシャのドラクマが1/10になる=債務も1/10になる)で、解決です。
> 減価するので、輸出力は回復してきます。

本来とあればといっても、すでにギリシャやユーロ加入国にとって固定相場制は当然の前提で、今さらのような話が。

>> 典型的なケースが1997年ごろのアジアの経済危機だ。
>> タイ、インドネシア、韓国のように経常収支を赤字にして、経済成長のために全速で走っていた国は投機資本による攻撃に弱かった。
>> 資本が急に逃げ出すと短期の資金繰りがつかなくなり、結局IMFによる救済に持ち込まれた。

> 「固定相場制」だから、そうならざるを得ないというだけのことです。変動相場制なら、上記のようにはなりません。

> 「デフォルト 債務不履行 アジア金融危機」は、「固定相場」だから、起きるのです。

韓国の為替相場はこの当時、「第 1 章韓国外為市場の概要 1. 韓国の為替制度の変遷韓国の外為制度」を見ると、実質的な「ドル・ペッグ制」と評されています。
ただ、1日の変動幅は2.25%と大きいですし、上限下限も決まっていないのだから、それほど変動相場制と違っているか疑問です。
今の韓国の為替相場は変動相場制ですが、実質的にある程度のレートにおさめようと気をつかっていることを考えると、それほど変わっていないです。

固定であろうと変動であろうと、民間企業が為替レートの範囲を安易に仮定して外貨建てで借金している場合、投機によって大きくレートが変動したら、やはり危機におちいるのではないでしょうか。
民間企業がバカだから自己責任などと言っても、それで国民経済が大きく混乱すればその責任を政府が持つしかないでしょう。
韓国はIMF管理によって危機を脱しましたが、その時点で大幅な損失を出しました。
これ事態を避けるのが国の責任ではなかったかと思います。
具体的には、国際収支が赤字に近づいた時点で引き締め政策に転換すべきだったでしょう。

現在、多くの国が実質的なドルペッグ制をしいています。
為替変動の負担を民間企業に負わすのが大変だからでしょう。
だから、アジア通貨危機以後、アジアの政府が責任を持って経常収支黒字=外貨準備増=重商主義政策を実施しているのは正しい政策ではないでしょうか?
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重商主義は「トンでも論」か?

2011.09.22 Thu

22:07:37

重商主義は「トンでも論」という意見の記事を読んで反論してみた。

<日本経済新聞の暴走その3>

引用開始

我々の豊かさは「貿易黒字」にはありません。「GDP(GNI)」にある
引用終了

この考えには基本的に賛成だが、経常収支が赤字であることはGDPに大きな影響を及ぼす可能性がある。
それを考慮すると、重商主義は「トンでも論」というより、ほとんどの場合正しい。
ここでの重商主義は、経常収支の赤字があまり続きすぎるのは良くないという考え方である。

記事の中に欧米の経常収支赤字国、イギリス、イタリア、オーストラリア、フランス、ポルトガル、スペインと並べて、「これらの国は、大変なことになっているのでしょうか。」と聞いている部分がある。
少なくともポルトガルは大変なことになっているし、イタリア、スペインも大変になりつつある。
フランスもかなり怪しい。

これらの国は国債の返済が可能かで危機が叫ばれている。
経常収支赤字国なのでその金を国内から調達できないからだ。
国債がデフォルトするかどうかは別にしても、国債の金利は上昇し、緊縮財政政策を余儀なくされようとしている。
他の国に比べて金利が上昇するというのは、その国民にとっては支払いが増えるということだ。
緊縮財政政策も、いつやろうが同じということはない。
前の経常収支が赤字のときに緊縮していれば、少くとも世界の景気が好況のときに実行できた。
そうすれば、ずっと楽に実行できたはずだ。
そういう意味で経常収支赤字を放置していたことは、国民にとっての実害になっている。

もう少し厳密に考えてみる。
発展段階の違う国が世界にいろいろあるとする。
そうすると、発展の遅れた国は進んだ国に追いつこうと努力する。
そういう場合、教育やインフラや企業に投資をする必要がある。
遅れているということは金がないことだから、普通進んだ国から金を借りてこなくてはならない。
その場合、資本収支は赤字になるが、貿易収支を黒字にして借金を返していくわけだ。
でも地味に借金を返していくより、借金を増やしてもいいから、その分投資して稼ぎを多くして返済した方がいいと考える国も多いわけだ。
実際借金を返すというのは、自国の消費や投資を減らす行為だからGDPの成長には悪影響を及ぼす。
けれども、これは経済がうまくいっている場合だ。
往々にして危機が到来し、借金の返済を急に迫られることがありうるのだ。
その場合、債務国は困ってしまう。
ものすごく悪い条件で債務の繰延べを頼むしかなくなってしまう。
本来なら到底承知できないような不利な条件での借金を飲まされてしまうのが、経常収支が赤字であり、債務国である、最大の危険だ。

典型的なケースが1997年ごろのアジアの経済危機だ。
タイ、インドネシア、韓国のように経常収支を赤字にして、経済成長のために全速で走っていた国は投機資本による攻撃に弱かった。
資本が急に逃げ出すと短期の資金繰りがつかなくなり、結局IMFによる救済に持ち込まれた。
その時はGDP自身も急減したし、借金の返済のために自国の株式を安い価格で売らざるをえなかった。
経常収支赤字国であり、債務国であることが、非常に不利な状況におちいった例である。

もちろん例外的な国もある。
たとえばオーストラリアは独立以来一度も経常黒字になったことがないらしい。
正確かどうか知らないが、さもありなんと思う。
オーストラリアには膨大な資源があるので、借金がその資源に見合っているならば問題はない。
外国のオーストラリアに貸している金が、鉱物会社の株に化けているならば、急に返却しろなどと迫られることもなく、まったく問題はなくなる。
問題は資源みたいに確実なものがなくて、借金を繰り越さなくてはいけない国の場合だ。
そういう場合は、危機のことを考えて、事前に経済成長を犠牲にしても、経常収支が黒字になるように調整する必要がある。
日本の高度成長のときがいい例だ。
経常収支が赤字になれば、引き締めを行なって、景気を冷やしたわけだ。
つまり、経常収支が赤字にならないように、経済を運営していく重商主義だ。

世界全体で考えると、経常収支の黒字国がいれば、経常収支の赤字国がいなくてはならない。
その場合、危機のときの危険性を考えると、経常収支の赤字国は少くとも純債権国であった方がいい。
債権国であれば、借金の返済を急激に求められることもないだろう。
アダム・スミスが自由貿易主義をとなえたときは、イギリスの勃興期であった。
確認していないけど、純債権国のときだろう。
この場合経常収支の赤字にとらわれず、世界全体の経済を発展させるために、経済成長優先の政策をとった方がいい。
でも、他の国は借金返済を重視しなくてはいけないから、重商主義的な政策をとることもいたしかたがない。

実際、当時はデフォルトすればそれでいいわけではなかった。
デフォルトすれば国自体が飲み込まれる危険性がたぶんにあった。
重商主義に傾くのも当然だろう。

さらに昔の場合はもう一つ違ってくる。
国民全体の効用の総和が国にとっての効用になるか違ってくるのだ。
つまり為替レートを固定にして、それで経常収支が赤字にならないようにすればいいわけではない。
どういうことかというと、車を購入しようとしたとき、輸入車の方が性能もいいし価格も安いので、国産車より輸入車を購入した方が国民全体の効用が増す。
けれども、これは戦争を意識していない。
戦争の指揮官として考えたとき、輸入車より国産車の方が良かったというケースはある。
国民一人一人が戦争を意識できないので、ある程度規制をする必要がある。

以上を考えると、純債権国か資源のように確実に換金可能な資産を持っている国でなければ、重商主義はあっている。
だから、貿易収支赤字、経常収支赤字を忌避するのは日本にとって当然だった。
ただ、日本はいまや世界一の金持ち国となった。
日本が貿易収支赤字を出さなければ、世界経済は回っていかない状況になりつつある。
日本が重商主義にこだわり続けるのはよくないが、しかし「トンでも論」というのは言い過ぎだ。
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金融業のイメージ

2011.07.08 Fri

08:25:13

さらに、昨日の続きで、ちきりんさんの「金融業なんてむいてないし、東証も要らない。」という記事を批判する。

引用開始

(4)スピードが大事

金融は意思決定のスピードが生死を分けます。「熟考が大事」とか「重箱の隅まで全部、証明されないと信じない」とか「石の上にも3年」な文化には合わないです。
引用終了

そうなのだろうか。
銀行が一つの有望な企業を見つけて将来にわたって支援する場合、企業の将来性も含めて、徹底的に調査するのが普通のような気がする。
そして、融資で損失を出さないようにすることが重要であって、時間がかかるかどうかは二の次だろう。

おとといから含めて、金融業に日本が似合わない理由をいろいろ検討してくると、金融業のイメージが異なっていることに気づいた。
実際、下記の引用のようにちきりんさんは金融業を分けて考えている。

引用開始

郵便貯金みたいな、「預けて利子がついてもどってくる」とか、「借りて、利子払って返す」みたいな超シンプルなものだけ残しとけばいいです。ホールセールとか全部やめたほうがいい。
引用終了

ホールセールの具体的な内容がイメージできないが、複雑な為替オプション取引みたいな物だったら確かにやめた方がいいと思う。
最近為替オプション取引がらみで莫大な損失を出した企業が多く出ている。
説明を読んでもよくわからない取引が多いのだが、予想を越えた円高で損が膨らんだらしい。
いかに砂糖をまぶして、甘くしてあっても、しょせん円高円安の丁半博打だ。
買うほうも買うほうだが、売るほうも売るほうである。
為替取引なんて基本、どちらかが得をし、どちらかが損をするしかないゼロサムゲームだ。
そこに金融機関が手数料を取るわけだがら、ほぼ確実に負ける。
そんな商品を売りつけるのは、自分の取引相手を減らしていくことでしかない。

結局、私の持つ金融業のイメージとちきりんさんの持つ金融業のイメージが違うだけかもしれない。
私の持つ金融業のイメージは郵便貯金みたいな簡単なものだし、ちきりんさんの持つ金融業のイメージはたぶんオプションのいっぱいついた複雑な金融商品を開発販売するようなものだろう。
そうすると、「金融業は日本人には向いてないからやめたほうがいい」という考えは一致しているわけだ。

ただ、そうすると論旨の流れとして、東京証券取引所を廃止しろという意見は間違っている。
話の流れからすると、「金融業は日本人には向いてないからやめたほうがいい」から、金融業である東京証券取引所を廃止しろという結論がでてくる。
しかし、最初の金融業のくくりで郵便貯金みたいな簡単なものは外していた。
証券取引所というのも郵便貯金みたいな簡単な金融業だ。
単純に企業の株の売買をしているだけだ。
難しいところなんてありゃあしない。

実際に日本が金融業に向いていない理由を、東京証券取引所にあてはめてみよう。
リスクを取るのが嫌い。
東証はリスクなんか取っていない。
英語が苦手。
東証で英語を使うのが必要な業務があるのか。
ロジックも苦手。
単に売りと買いをつきあわせるだけで、ロジックというようなものはない。
スピードが大事。
取引スピードは大事だけど、意思決定する必要がない。
金融は専門知識がすべて。
東証に専門知識って、いるの。
お金が汚いものだと思ってる。
お金が汚いものだと思っても、東証は全然困らないような気がする。

つまり、東証は金融業に向いていなくても、商売はやっていける。
私設取引システムが最近盛んになっていて、東証と競合していると聞くが、それは別の話だろう。
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「モノ作りで稼いだ金は、金融取引で稼いだ金より尊い」

2011.07.07 Thu

04:51:12

昨日の続きで、ちきりんさんの「金融業なんてむいてないし、東証も要らない。」という記事を批判してみたい。

引用開始

(6)お金が汚いものだと思ってる・・

しかも一部の人は「モノ作りで稼いだ金は、金融取引で稼いだ金より尊い」と信じてる残念さ。
引用終了

そんなにおかしいだろうか。
お金が汚いという意見は確かにおかしい。
お金がなくては人は生活していけない。
社会にとってもっとも重要なシステムであり、それを汚いという意見は間違っている。
けれども、「モノ作りで稼いだ金は、金融取引で稼いだ金より尊い」という意見は基本的に正しいのではないだろうか。

ここで言いたいのは、汗水たらして稼いだお金は頭をちょこっと使って稼ぐお金より尊い、という話ではない。
基本的に10時間1万円の仕事と10時間100万円の仕事があった場合、10時間100万円の仕事の方が100倍価値があるといえる。
職業に貴賤なしといっても、お金を稼げる仕事というのは、それだけ需要があるということであり、人々に望まれている、あるいは期待されている仕事だ。
だから、給料の高い仕事の方が重要であり、人はそういう方向に移っていくべきだ。

それでは、金融取引で年収10億とかいう仕事の方がモノ作りより優っているのだろうか。
それは違うと思っている。
問題なのは、金融取引が本当に付加価値を生み出しているか、よくわからない点だ。
モノ作りはわかりやすい。
付加価値が生まれていることが簡単にわかる。
けれども、金融取引、イメージしているのは株の売買みたいなことであるが、安く買って高く売ることのどこに付加価値を生み出している部分があるだろうか。
付加価値を生みだしていなければ、そこから利益などあげられるわけがない。
普通は、市場で取引をしている投機家が作り出している付加価値は、市場の流動性ということになる。
投機として売買している人がいるから、常に取引が成立し、市場が成り立っている。
将来を悲観して誰も株を買わないときに、株を買ってあげる人は、その後株価が上昇した場合儲かる。

じゃあ、金融取引で年収10億は正しい話なのか。
そうではない。
問題なのは、市場自体がバブル化して、ひたすら高値を目指していく場合だ。
この場合、市場に参加している人はみんな儲かることになる。
でも、それは付加価値を生みだしていない。
だから、最後には暴落してみんな損を出すことになる。

住友家家訓に「浮利を追わず」というのがある。
検索してみたら、正確には違うみたいだが、私の解釈では付加価値を生まない仕事をしてはいけない、と解釈している。
安く買って高く売るのは商売の基本だが、小売業などはそこに付加価値があるのがすぐわかる
そういう商売をしろという話だ。

金融取引はどこに付加価値があるのか、わからなくなる危険が大きい。
そして付加価値を生み出さない仕事は、尊いとはいえないだろう。

つまり、バブルで金融業が儲かって仕方がないときは、金融業の仕事は尊くない。
金融業の仕事に批判が高まるときは、たいていバブルのときなので、「モノ作りで稼いだ金は、金融取引で稼いだ金より尊い」というのは、大体当たっていると思う。
もっとも最近の日本はバブルにほど遠いのだから、モノ作りの稼ぎも金融取引の稼ぎも同じように尊い。

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物を右から左へ動かすような仕事
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お金があることとないこと

2011.06.25 Sat

05:53:02

お金がある人とない人では使い方が全然違う。
お金がある人は余裕を持った使い方ができる。
まとめて買えば割引をしてくれる商品で、本当に必要なものなら今必要がなくとも買う。
それに対してお金がない人は悲しい。
日々使える金に制限があるから、一個あたりの費用よりも総額を重視して買物をしなくてはならない。
長期を見れば損なことでも、仕方がない。
割引率よりも、絶対額なのだ。

投資も同じだ。
お金があれば余裕を持って投資することができる。
将来性のあるハイリスクハイリターンの株や商品を買うことができる。
危険は分散投資をすることで軽減すればいい。
余裕があるので、長期間投資が戻らない状態にも耐えられる。

お金に余裕がないと、そうはいかない。
分散投資をしようにも、総額に余裕がないので投資対象を絞らざるを得ない。
長期間資本を寝かすのも非常につらい。
いつ借金の返済を迫られるかわからないからだ。
だから、どうしてもリスクの少ない、リターンの小さい投資をすることになる。

バブル崩壊後の日本は典型的なお金のない国だった。
ある意味不思議である。
その頃すでに世界一の純債権国で、世界中に資産を持っていたからだ。
けれどもバブル崩壊によって、日本国内の資産価格が暴落し続けたために、企業も人もずっと貧しくなり続けた。
その結果資産を寝かしておくことができなくなり、大量に売却を続けた。
バブル前に高値づかみをしている資産だったので、損をして売るしかなかった。
リスクのある資産を売り払い、日本の銀行が投資するのは、いつでも換金できる日本国債だったり、アメリカ国債になった。

ITバブルが崩壊し、911のワールドトレードセンターの攻撃以後、ブッシュ政権は金融緩和政策と軍事増強政策を取り、景気刺激を続けた。
日本はアメリカ国債を大量に購入した。
アメリカ国債を買うことによる利益はたかが知れていた。

参照:このままでは日本沈没

引用開始

 実際、1990〜2010年の期間で10年物の日本国債と米国債を比較すると、金利は米国債が平均して2.84%高い。ところがこの期間にドル相場は円に対して年率平均で2.80%下落している。金利格差は為替相場の変化でぴったりと帳消しになっている。
引用終了

日本国債を購入するのとほとんど同じだ。
それでも、リスクをできるだけ抑え、なおかつある程度の利益を上げる投資対象はそれしかなかった。
企業はリスクのある投資をするより前に、もっとも確実な投資、すなわち借金の返済をし続けた。

そして、ようやく借金の苦しみからの解放が見えてきた。
企業は少なくともキャッシュリッチになり、積極的に投資する体制をととのえつつある。

実際、日本企業の海外への投資は増えつつある。
M&Aも増えている。
武田薬品のスイス「ナイコメッド」社の買収金額は1.1兆円で日本の歴代三位だ。
武田薬品は半分を自己資金で、半分は借入金でまかなう予定だ。
それだけのリスクに耐えられると判断したわけだ。
普通ならば、アメリカ国債を買うよりもずっと有利な投資になるだろう。
銀行や証券会社も武田薬品に資金を供給することで、国債なんかよりもずっと有利な投資ができることになる。

バブル崩壊後の資産価格の下落で、企業も人も資産をすべて現金かそれとほとんど変わらない金融商品に変えてきた。
資産価格の下落もストップしたように見える。
とは言っても、金融危機の大暴落で、さらなる下落はあった。
今後の状況もはっきりとは見えない。
けれども、ほとんどの資産を現金に変更した以上、もうあまり怖くはない。
自分たちの得意な場所で戦えるならば、リスクを持った投資をすることができる。
外国への日本の投資が増えているのは、それが理由だ。

バブル崩壊以後、ずっとお金がなかった日本もようやくお金がたまってきた。
リスクのある投資ができるようになった。
投資が成功すれば、資産が増えてゆく。
企業がもうかって、日本の会社の価格を上げてゆけば、日本株を持っている人もお金持ちになる。
お金持ちはたくさん消費をする。
日本国内でお金が回るようになり、景気はよくなる。

バブル崩壊後の不況はあまりにも長くて、夜明けがこないかのように思える。
けれども、企業が投資を開始しているのは、明らかに状況が好転している証拠だ。
夜明けは近い。

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日本の好景気の条件 - 為替レートはどう決まるのか?(その10)
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日本の好景気の条件 - 為替レートはどう決まるのか?(その10)

2011.06.22 Wed

03:45:55

「為替レートはどう決まるのか?」というのは、金利差によって為替レートが決まる理論から、私の理解できることを書いてきた。
書きたいことはだいたい書いてしまったので、最後に日本が好景気になる条件について考えてみたい。
その他にもいろいろ考えついたことはあるけれど、それはまた別の話とする。

日本の好景気というのは、デフレが終了してインフレになり、アメリカの債券金利を日本の債券金利が上回るような状態になることだ。
デフレが終了してインフレになるというのは、大体納得できるだろうが、アメリカの債券金利を日本の債券金利が上回る条件はどうしてつくのだろうか。
これはアメリカの景気に関係なく日本の景気が良くなって欲しいからだ。
2002年ごろから始まった好景気はアメリカの景気に引っ張られていた。
アメリカ経済の景気がいいことで、金利差が生まれ円安となり、輸出を増やすことができた。
同じく景気がいいことで、アメリカでは消費が活発に行なわれ、その市場に輸出することで、日本は多くの企業が利益を上げることができた。
アメリカ経済に依存した好景気のため、リーマンショックに始まる金融危機で輸出が急激に減少することで終了した。
これは悲しいので、できればアメリカの景気に関係なく、日本の景気が良くなって欲しい。
そこで、アメリカの債券金利を日本の債券金利が上回る条件をつけた。
現実的な未来を考えても、アメリカ経済が日本の失われた十年を繰り返すならば、アメリカの債券金利はしだいに下がっていく。
この金利を上回れないとしたら、日本の景気は悪いままだ。
アメリカが失われた十年を繰り返している間、日本の景気も悪いままでは悲しすぎる。
つまり、アメリカの景気が悪いままでも、日本の景気が持ち直す条件として、日本の債券金利がアメリカの債券金利を上回るがあるのだ。

さて、日本の債券金利がアメリカの債券金利を上回るとはどういうことだろうか。
今までの債券の金利差によって、為替レートが決まるという理論に従えば、アメリカから日本に資金が流れ、貿易財の購買力平価以上に円高になるということだ。
アメリカが日本に対して経常収支が黒字になることもあるかもしれない。
この場合所得収支が黒字になる可能性は少ないから(アメリカが日本に対して純債務を持つには時間がかかるから)、貿易サービス収支が黒字になるという条件だ。

これらの実現は大変である。
貿易財の購買力平価はいまだいたい65円ぐらいだった。
この条件を上回る円高ということは1ドル60円などという話だ。
こんなに円高になったら、日本の輸出額も大幅に減少するだろう。
今の1ドル80円の円高でも自動車の国内生産はムリだという話が出てくる。
それを大幅に上回るレートなのだから、自動車の輸出は0でも不思議はない。
他にも輸出額は減るだろうから、アメリカとの貿易収支が赤字になっても当然のこととなる。

問題はこの場合の日本内部での雇用状況だ。
今でさえ需給ギャップがあって、完全雇用状態にはほど遠い。
それなのに、輸出用の自動車生産すら日本から失われたら、失業率は今より高くても不思議はない。
これは日本の好景気を達成できる条件としては矛盾する。
つまり日本には好景気はありえないという話になってしまう。

簡単に考えるとそうなってしまうのだが、好景気を実現するには他の部分を変化させても達成できるかもしれない。
それを二つ考えてみた。
一つは円高で輸出用の自動車生産がなくなったとしても、それを上回るほどの需要が国内に生じていることだ。
たとえば、輸出用の自動車生産を国内需要分に変更できればいい。
ムリと思うかもしれないが、バブルのときは日本国内でたくさんの自動車が売れた。
それが再現できれば、好景気と円高を両立できる。
ただ、なんとなく無理っぽい。
バブルの再現は不可能だ。
けれども全く関係のない新製品を生み出せれば、状況は変わる。

もう一つは、円高自体を阻止することで、現在ある輸出用の国内生産をなんとか維持する方法だ。
債券金利が日本の方が高いならば、資金はアメリカから日本に流れる。
そうなれば円高だけど、債券金利に着目して流れる資金はリスクを取れない弱い資金だ。
日本からアメリカにリスクを取った資金が直接投資として流れ、アメリカから日本に流れる資金の金額を上回れば円高にならずにすむ。
金融危機前のアメリカでは、日本や中国から資金がアメリカ国債目当てに流れてきた。
アメリカの民間資本は世界に直接に投資され、アメリカは債務超過国であるにもかかわらず、所得収支が黒字の国を実現していた。
これと同じことを日本も実行すればいい。

現在日本企業による世界の企業へのM&Aをけっこう行なわれている。
武田薬品のスイスの薬品会社の買収は目新らしい。
日本企業はバブルの傷も癒えて、キャッシュリッチなのだから、M&Aは十分可能だ。
他にも、アジアの需要を満たすための設備投資を日本ではなくアジアで果敢に行なっている。
アジアのインフラ投資をサポートするための貸し出しも盛んになりつつある。
そんなこんなを考えると、円高を起こさないだけの投資が日本から世界に流れても全然おかしくない。

円高にならない状態で、最終的に日本内部で新需要が生じれば、日本の景気はよくなり、日本の債券利回りがアメリカを上回っても全然おかしくない状況ができると思う。
日本で新たな需要が生まれなければ、日本の景気は良くならないと主張してきた。
その考えに変わりはないけれど、それと同時に日本からの長期投資と輸出の維持も重要というのが、新たに追加する主張だ。

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購買力平価について - 為替レートはどう決まるのか?(その2)
量的緩和政策とQE2について - 為替レートはどう決まるのか?(その3)
均衡を生み出すメカニズム - 為替レートはどう決まるのか?(その4)
国債購入政策の功罪 - 為替レートはどう決まるのか?(その5)
続:国債購入政策の功罪 - 為替レートはどう決まるのか?(その6)
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円安介入はなぜ効かないのか? - 為替レートはどう決まるのか?(その9)
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自国通貨安は得か損か?

2011.06.21 Tue

04:20:50

円安が得か損かを、また考えている。
韓国はウォン安によって、日本に対して競争の上で優位に立ち、世界の市場で勝ちまくっているという話を聞くと、本当かと思う。
でも、どう考えても納得できない。

どうも、通貨という基本の価値の評価軸がずれることがわかりにくくなる原因だ。
たとえば、ドルと円で考えて、円が1ドル100円から200円の円安になったとする。
当然輸出産業は好景気になり、雇用も増えていく。
自国通貨建てで考えると、なんか全てうまくいっているような気がする。
でも、ドル建てで賃金を考えると、1万ドルを貰っていた人は5千ドルに下がったわけだ。
これで経済が活況だから、得しているといっても納得できない。
単純に考えれば労働者の賃金は大幅に下がったのだから。
結局通貨安政策というのは賃金の下方硬直性を、うまくごまかしているだけの気がする。

だめだ。
全然考えがまとまらない。
また、いつか挑戦する。
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