異をとなえん |

「国鉄最後のダイヤ改正」感想

2008.12.19 Fri

03:50:08

進士友貞(しんじともさだ)著「国鉄最後のダイヤ改正 JRスタートへのドキュメント」を読む。

国鉄が分割民営化される直前、ダイヤ改正に責任を持った当時の列車課長が、
タイトル通り国鉄最後のダイヤ改正の実態について語っている。
それと同時に、国鉄が分割民営化された当時の状況を描く話になっている。

いい所と悪い所がある本だった。
全体として読む価値がある本なので、まず悪い所から記述していく。

悪い所というが、物足りない部分は、
国鉄分割民営化の権力闘争的な部分を全部落としているところだ。
ダイヤ改正の部分に話をしぼっているからだろうが、微妙にわかりにくい。
たとえば、作者は経営計画室計画主幹から、
運転局列車課長にダイヤ改正の前に変わっているのだが、
変わった時点をはっきり記述していない。
時系列に沿って書かれていない部分があるので、いつのまにか変わっている感じがする。
その結果、列車課長の職務が見えなくなっている。

また、作者は民営化と同時にJR東海の取締役鉄道事業部運輸部長になっているのだが、
本文にその説明がない。
最後の著者紹介に載っているだけだ。
少くとも、民営化後のJRグループとしてのダイヤ改正に、
作者がどういう立場で関わっているのか明記すべきではなかったろうか。

全体として、国鉄全体の職務の構造や範囲、そういう大ざっぱな説明がないので、
指揮命令系統が見えない。
読んでいると、普通の階層に沿った指示命令ではなくて、
分割民営化を指導していったメンバーが勝手に動いている。
そんな印象を受ける。
作者は権力闘争的な部分を落とすために、わざとそう書いているのだろうが、
膜がかかったような印象だ。

それは、ほとんど実名のドキュメントなのだが、
一部仮名を使っていると述べていることからもわかる。
読んでいるかぎりでは、実名でまずそうな人はいない。
それでも仮名を使っているのは、隠された部分で遠慮があるのだろう。

不満な所は述べたので、後はいいところだ。
分割民営化によって、少しずつ会社が変わっていくところが面白い。
ダイヤの改正が、今後の会社の未来に直結することがわかり、段々と欲が出てくる。
自分の会社になる路線に新規の車両を入れようと努力する。
そんな描写が面白い。

また、ダイヤの調整についての民営化のJRグループでの協定の話が出てくる。
本の最初で、そのためにヨーロッパの状況を視察に行っているのだが、
鉄道という線路のつながっている会社を分割するのは大変だ。
ただ、同じことが国鉄と私鉄にも言えたのではなかろうか。
新幹線のダイヤをいじれば、それに連動して、
乗り換えなどのために、他の列車のダイヤも動く。
国鉄内部でその調整が大変な話が出てくるが、
私鉄も国鉄の駅に連結してる路線はあるはずだ。
しかし、私鉄に対する配慮というか、最終的には乗客に対する配慮はない。
逆に言うと、鉄道会社というのあ、ほとんと他の会社の線なんか気にしないのだろう。

さらに、ダイヤ改正によって、実質的な分割民営化が既に始まっていることがわかる。
新幹線の速度を初めてアップし、普通電車を一割近く増発する。
なぜ、民営化を前提にしなければできなったのか、
その点について作者は理由を述べないが、気になるところだった。

他にも、なんていうか些細な話が面白い。
山陽新幹線はJR西の路線になったが、指令センターは東海道新幹線と一緒で東京にある。
そのため、そこで働いている人は同じ部屋にいるけど別会社になっている。
だから、名古屋出身でJR東海に入りたがったけれど、職務の関係でJR西に回り、
定年後は名古屋に戻りたかったのに、
危く大阪の関連会社に回されそうになった人の話がある。
結局、名古屋に職を見つけたらしいが、そういう話が面白い。
高校のバレー部から陳情を受ける話もいい。

最後に自分の住んでいる会社のアパート名が、
「JR東日本社員アパート」に変わっているというのはしゃれた終わり方だった。

鉄道に興味がある人なら読んで悪くない本だ。

最後に目次は以下の通り。

はじめに
第1章 「日本はヨーロッパ大陸か」
一、国際列車、国境駅の実情調査
二、路線分割案の検討
三、国鉄独自案作成チームの発足
四、現実に直面した分割の道すじ
第2章 国鉄最後のダイヤ改正
一、明日が見えるダイヤの作成
二、ダイヤ改正の構想と実際
三、初めての新幹線スピードアップ
四、ダイヤ改正 産みの苦しみ
五、最後のタイヤ改正の基本原則
六、姿が見えた新会社のダイヤ
七、最後のダイヤ改正会議
八、混乱の中で実施したダイヤ改正
第3章 ダイヤ改正から新会社スタートまで
一、分割民営より先行した指令権の分割
二、輸送に関する会社間協定等の作成
三、日常の運行管理業務にも必要な会社間協定
第4章 新会社最初のダイヤ改正
一、分割民営化後のダイヤ改正はどうなる
二、最初のダイヤ改正がまとまる
おわりに
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なぜマスコミは悲観的報道をするのか?

2008.12.18 Thu

00:03:25

嫌韓感情はどこから来るのか?
のコメントに関連して、マスコミが悲観的報道をする理由について、考察してみた。

日本のマスコミは悲観的報道をしがちなイメージがある。
現在も未曾有の危機とか、再度失われた十年とか、煽っているように見える。
第一次石油ショックの時は、まだ子供だったが、世界が滅亡するような雰囲気があった。
海外のマスコミは韓国のことしか詳しくわからないが、
韓国の新聞の日本語版を毎日読んでいるかぎりでは、あまり悲観的なイメージない。
どちらかというと、楽観的過ぎて、逆にそれでいいかと心配になる。
現在の韓国の通貨危機といってもいい現象も、
新聞はあまり気にしていないように見える。

なぜ、日本のマスコミは悲観的で、韓国のマスコミは楽観的なのだろうか。
一つには、本当に状況が悲惨な場合、悲観的報道をするとパニックを起こしかねないことがある。
現在の韓国の場合、マスコミが悲観的報道をすると、国民がウォン売りに走りかねない。
これでは、報道自体が通貨危機を起こしかねないから、できるだけ楽観的報道をする。
日本の場合は、逆に状況がそれよりましだがら、
悲観的報道をしてもパニックは起こらない。
だから、悲観的報道ができる。
ただ、これだけでは中立的報道ができない理由にはならない。
私には、中立から悲観側に振れたバイアスが、
日本のマスコミにはかかっているように見える。
日本人が悲観的報道を好んでいるとしか思えない。

それでは、日本人はなぜ悲観的報道を好むのだろうか。
特になんのアイディアもなかったが、下記の2ちゃんねるのコメントを読んでひらめいた。


873 NAME: 企業家◆SeGVen2zoA DATE: 2008/12/17(水) 10:03:33 ID:30EiOfoF
ただ誤解してもらいたくないのでは、上でのたまに出るように「日本と
比べてどうだ」なんて観点から述べているものではない事です。
正直日韓の経済を比較するなんて全く意味ないです。規模も質も雲泥の差です。
国家財政、家計が共に負債を抱え、国内に蓄積されたアセットのない韓国は
「浮き草」みたいな存在で、圧倒的な個人、法人資産を持つ日本とは
比較する意味がない。あくまでもこの国は「短期」で物事見て対応
するしかないのです。


つまり、日本人は資産を持っているから、それを失うのが怖いので、
悲観的報道が気になり、引き寄せられる。
内容自体はそれほど重要ではない。
馬鹿げた内容なら、一笑に付し、安心する。
本当らしくあれば、より調べてなんとかしようとする。

それに対して韓国人はあまり資産がない。
少くとも、マスコミが対象とする国民の多くはそうだ。
資産を失ってしまう恐怖は大きくないので、
悲観的報道には興味がない。
むしろ、変化によって、未来が明るくなり希望を抱く。
革命でも起これば、借金が全部チャラになるのではないかという感情だ。

一般化すると、
国民の多くが資産を持っているとマスコミは悲観的になり、
資産がないと楽観的になる。
急にひねり出した考えだが、けっこう合っている気がしてきた。

アメリカのマスコミの状況はよくわからないのだが、
どちらかというと楽観的に見える。
アメリカは資産をたくさん持っているはずだから、
私の仮説では悲観的でないとおかしい。
しかし、アメリカは所得格差が大きく、中産階級はかなり貧しくなっている。
家屋という資産があっても、
この金融危機でトータルではマイナスになっているのかもしれない。
それが楽観的報道を好ませている。
オバマ次期大統領が、Changeを選挙キャンペーンの言葉にしたように、
つまりは、貧乏人は変化に対して肯定的なのだ。

そんな風に考えると、マスコミの報道が悲観的なのは、
まだ、落ちる余地がある、余裕があることなのだから、
歓迎すべきことだ。
そう思うと、マスコミの悲観的な報道を読むたびに安心できる。
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「日本力」感想

2008.12.15 Mon

02:00:42

伊藤洋一著「日本力 アジアを引っぱる経済・欧米が憧れる文化!」(講談社+α文庫)を読む。
出た当時にも、ざっと目を通したのだが、図書館に入っていたので借りてきた。

日本も、まだまだ捨てたものではないという本。
金融危機によって景気後退しつつある状況では、実感は乏しくなっている。
私は作者も含めた日本肯定論者の話に影響を受けているので、
再読すると、特にうならされたような部分はなかった。
むしろ、データに基づいた実証論が少く、主観が多いので、説得力に欠ける。
私のブログの話みたいだ。
ただ、実際に現地に行って取材をしているのだから、主観でもそれなりの価値はある。

改めて読んだ中では、
なぜ日本文化は世界に広まっているのかという疑問が心に響いた。
作者は次の四つの理由を挙げている。


1.cawaii(kawaii)が国際語に近づいていることでもわかるように、日本人の持つやや独特な「かわいさ」中心の美意識が、世界的な支持を受けはじめた
2.世界経済の中心が欧米からアジアに移る中で、アジアの中心国としての日本の文化への関心が高まった。八〇年代に見られたような日本の経済的脅威の減退も好感された
3.日本が生み出す製品に込められた美意識(仕上げの良さ、環境保護などの考え方など)に対する支持が広まっている
4.宗教的縛りがなく、発想が自由で、無機質ながらいやらしさがなく、誰でもが入り込みやすい
(p282)


なんか納得がいかない理由である。
1と3と4の、日本の特徴(かわいさ、美意識、宗教的縛りのなさ等)が受けているというのは、
もっともらしいけど、これ自体はかなり前からの現象だ。
今現在世界で受けている理由でなければ、理由になってない。
また、2の経済の中心がアジアになっているからというけれど、
勃興しつつある中国に魅かれるならばわかるが、
経済成長がほとんど止まっている日本に魅かれる理由にはならない。
そんなわけで納得できない。

私の考えた、日本文化が世界に広まっている理由は次だ。
バブル当時、日本人の一人当たりGDPは世界一に近づいていた。
バブル崩壊後の1995年の円高の時は世界第二位で、世界一になったことはないけれど、
その時の世界一はリヒテンシュタインみたいな小国だったから、
実質的には日本は世界一だった。
その後、円安になった結果、一人当りGDPは転落していったけれど、
レベルとしては世界一のままだ。

バブルがはじけて経済が停滞していった結果、
日本は成長することを模索して、
あらゆる点で新しい商品を開発していかねばならなくなった。
世界一のレベルの国が、さらに新しいものを生み出そうとしているのだから、
そこが世界の最先端になる。
世界の最先端で生み出されたものが、
他の国にとって魅力あるものになることは不思議ではない。

では、アメリカ文化の広まる力が弱くなっているのはなぜだろう。
アメリカは実質的に世界一の国だった。
石油危機後の停滞時、アメリカは経済を復活するために非常に努力をした。
その結果が、レーガンの時代であり、
インターネットを始めとした新しい文化を生み出していった。
それが世界に広まっていった。
そして、アメリカもバブルの時代にはいっていった。
バブルは見かけの富が増えることで、
価格に見合った価値のない商品が次々に買われていった。
その為、本当の意味での新しい商品開発はなくなっていった。
それが、アメリカ文化の浸透が弱まっている理由だ。

日本が世界の最先端にあるというのは、
海外に行く日本人が減ったことや、
海外への留学生が減ったことからも伺える。
日本人の海外から学ぶ意欲が弱まっているという意見も多いが、
私には海外よりも日本の魅力が増したからだと考えている。

ともすると、こういう話には日本民族独特の特徴とかが挙げられるのだが、
私はそういう話は好きではない。
基本的に、民族の特徴というものは信じない。
もちろん、民族の特徴はある時点ではあるが、
それは時代とともに移り変わっていくものだからだ。
現在、日本が魅力ある存在になっているのは、
日本がトップランナーとして走っているからだ。
日本がバブルに最初に突入し、世界がようやくそれに追いついてきた。
世界は今後自信喪失の時代に入っていく。
日本はトップランナーとして、世界をリードしていきたいものだ。

最後に目次を付記しておく。

文庫版まえがき グローバライゼションを企業、街、個人が活用する時代
まえがき 美しい製品を作り出す国の将来

第1章 勝ちパターンに入った日本
第2章 中国が抱える大弱点
第3章 中国の創造力の真実
第4章 いびつな韓国経済
第5章 「祭りなき国」の反乱
第6章 神格化されたインドの実像
第7章 世界を席巻する文化と経済
第8章 くたばれ悲観論

あとがき 溢れんばかりの創造性に恵まれた民族
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東京の普通の外国人

2008.12.11 Thu

02:45:59

東京対談
というページを
ナームカーングボン・サアードの部屋
経由で見つける。
外国人の評判が気になって仕方がない日本人の特性としてリンクしてみる。
ただ、面白いかどうかは微妙。
幾つか読んだが、総じて普通だ。
どういう人のインタビューか気になったのだが、
サイトの運営者も含めてよくわからなかった。
私も自分のブログがどういうものか、もう少し説明をした方がいいので、
人のことを言えないが。
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外国人の「私の見た日本」コラム

2008.09.12 Fri

04:01:07

2ちゃんねる経由で
京都国際文化協会エッセーコンテスト≪私の見た日本≫
を読む。

どの作品もどちらかと言うと読みづらくて、
外国人が自国語でない文章を書く苦難を感じる。
同時に自分だったら、こう書くというイメージが浮かんで、
逆の意味で参考になった。

個々の作品では、一番気持ちのいい作品として、
2006年の「日本のお風呂と私」
を挙げておく。
お風呂が気にいったという素朴な話だけど、
日本人としてはイギリスの風呂があまり好きでなくなった
書き手の気分がよくわかる。
最後のしめがうまくて気にいってしまった。

あまり、気持ちのいい作品ではないが、
次の二つは書き手の感情を感じる事ができた。
そういう意味ではうまい作品と言える。

2003年の「友情という保険」

2007年の「私は内部に入っても大丈夫?」

異国へ行けば、多くの人間が疎外感を感じる。
二人の意見は感情論に見えるが、被害感情を抱きがちなのは仕方がない。
日本人としては、
外国から差別する国として見られがちなのを理解して行動したい。
全ての外国人の見方が日本差別の国ではないだろうが、
その考えは連綿としてある。
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日本がスイーツ天国な理由

2008.07.18 Fri

20:09:04

NHKの衛星番組「COOL JAPAN」でスイーツ特集をやっていた。
日本はスイーツがいろいろあって、味もいい、日本はクールだという番組だ。

荒俣宏が、なぜ日本はスイーツ天国かという説明をしていた。
日本は封建社会が長く続いたが、
封建時代の戦争の特徴は相手を最後まで滅ぼさない事だったので、
各地方が主体を持った単位として残っていった。
だから、各地方が共存していくために微妙に違った物が作られ、
いろいろな菓子があるというような説だった。

疑問だ。
ヨーロッパも封建社会が長く続いたのではという疑問もあるけれど、
民族や国民性の違いなどと言うことに簡単に結びつける発想が嫌いなのだ。
普遍的で単純な回答を、まず探さなければならない。

真似される文明 - 「日本文明・世界最強の秘密」感想(その2)
で下記に書いたように、日本の特殊性よりも、
大都市の人口の大きさが多様性を生み出している説の方が、
ずっと簡単で納得しやすい。


また、日本では高品質の商品が多いと言われている。
その理由は、次のようなものだろう。
大量に人口が集中しているから、その部分で非常に多様な商品が売れる。
その中には高価だが高品質な商品が含まれる。
消費者はいろいろな商品を使うことによって、品質の目利きができるようになり、
価格に見合った品質の商品を買っていくことになる。
品質の評価も人様々だから、結果として幅広い商品が売れていく。

大きな都市がなければ、小さな市場では価格が一番の要因になって、
高品質の商品が売れにくい。
高品質の商品がなければ、そもそも高品質の商品を欲しがる消費者が生まれない。
この悪循環によって、いつまでも安くて低品質の商品しか売れない。
低価格が売り物のウォルマートが、
アメリカで最大の都市であるニューヨークに店を持っていない理由だ。


実際、個々の商品はともかくとして、
デパートB1の各スイーツ店が多いのは明らかに大都市の特色だ。
地方ではあんな風になってないだろう。

東京や大阪は、人口が多く所得が高い都市であるけれど、
欧米にもニューヨークやロンドンのように人口がかなり多くて所得も高い都市がある。
これらの都市ならば、豊富なスイーツが発展する可能性もあるのではないか。
だが、これは難しい。
単に人口が大きいだけではダメで、できるだけ一点に集中する必要がある。
核融合みたいに、圧縮され集積度の限界を超えるまで反応は始まらないのだ。

ニューヨークでもスイーツ好きな人間はいるだろうし、人口としては十分ある。
ただ、店があっても簡単に行くことができない。
通勤途中に気軽に立寄れる日本と違う。
特別にスイーツが欲しくて集まる客だけでは、どうしても売り上げが落ちてしまう。
そして、スイーツは見ること、食べることによって、
欲望が膨らんでいく商品だ。
アクセスする機会が少なければ、欲望も減退していく。
これらが、スイーツ天国になっていない理由だ。

日本では鉄道のターミナル駅近辺にあるデパ地下には膨大な人間が集まってくる。
これが日本をスイーツ天国にしている最大の理由だろう。
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技術革新度が最も高い国

2008.06.16 Mon

03:54:22

技術革新度が最も高い国に日本、エコノミスト誌の調査結果(EIU)


[2007/05/18]
世界で最も技術革新度の高い国に日本が選ばれた。2位はスイス、3位は米国と続く。


技術革新度の高いという意味が不明なのだが、
2位がスイスということは総量的な意味ではないのだろう。
よく考えてみたが、やはり意味不明だ。

日本が一番ということで記事にしてみたが、
喜んでいいのか、わるいのか、よくわからん。

前に
日本の科学技術は進歩しているのだろうか?
で、日本の科学技術の発表が最近凄いので記事にした、その表れのような気もする。

もっとも、中日新聞の記事によると、

中日新聞:日本の科学力は? 技術・研究を国際比較:科学(CHUNICHI Web)


「全体として日本の技術や研究開発水準は高いが、停滞や下降傾向にあるものがかなりあるのが気になる」


らしいので、今が頂点なのかもしれない。

日本は凄い的な記事を、リンクするつもりなのだが、
どうもピリッとしない感じになってしまった。
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