異をとなえん |

製造業から金融業に変換という主張は正しいか?

2012.02.15 Wed

20:45:48

野口悠紀雄氏は製造業主体の経済を金融業中心の経済に変更せよと主張している。
製造業中心の経済からサービス業中心の経済への変更は正しいと思うのだが、金融業中心というのは納得し難い。

基本的に金融業で多くの利益を上げるのは難しい。
金融業はお金を集めて、それを貸して儲ける産業だ。
けれども、調達金利にしても、運用金利にしても、市場が存在するのだから、そこから大きくは変われない。
そうすると、あまり儲かるはずがない産業となる。

まあ、それでもある程度は確実に儲かるのだけれど、それは金融業がきちんと動いていないと経済全体がダメになってしまうので、政府が規制して、保護しているからだ。

それでは、利益を大きく上げるとしたら、どうすればいいのか。
一番大きく稼ぐにはリスクを取って、危ない企業に投資するわけだ。
新規産業の株式公開による利益を目指すなどが、その典型的な例となる。
ただ、これは金融業の利益かというとおかしい。

新規企業の株式に投資するのは、ほとんど新産業の経営をしているに等しい。
それは金融業の利益というより、新産業の利益なのだ。
新しい企業を起すのは金融業とはいえないだろう。
それでも、業態が金融業に属しているのだから、金融業の利益だと主張もできるだろう。
ただその場合、新産業にも利益が流れこんでいるから、金融業の利益は他の企業に比べて突出しないはずだ。

でもバブルのとき、金融業の利益は拡大していく。
本質的な理由は資産価格が高騰していくと、金融業の取引対象となる資産は価格が常に高騰していくからだ。
資産はつまり金融業にとっての在庫なのだから、取り扱っている商品の評価益が上がることで利益は膨らんでいく。

2000年代、アメリカやイギリスの金融業が栄えたのは、バブルであったことが最大の理由だろう。
つまり本質的な繁栄ではないのだから、日本がそれに追随できなくとも仕方がない。

バブルであったとしても、アメリカ、イギリスは繁栄していた。
日本はそのおこぼれを貰えないのかという意見もあるだろう。
でも、それは難しい。
アメリカがバブルを生み出し、それはイギリスが拡散していた。
アメリカはバブルの中心だから繁栄し、イギリスはEUや中東の金融をアメリカとつなげることによって繁栄したのだ。
それができたのは、アメリカと言語をともにした深い絆であり、かっての世界帝国としての経験によるネットワークだろう。

日本は言語を別にしていることもあって、そのネットワークの中に入れなかった。
だから、日本では金融業は発展していなかった。

バブルのとき、日本でも世界各国への輸出が盛んになり景気は良かった。
金融業ではおこぼれは回ってこなかったが、世界全体が繁栄することによって、おこぼれは回ってきたのだ。
そう考えると、野口氏が言うように、製造業は円安バブルによる一時的な利益による繁栄だったという主張が正しいとしても、金融業に変化しておくのが正しいとはいえないはずだ。
金融業に転換し利益を出したところで、それはバブルによる一時的繁栄でしかなかったからだ。

製造業中心の経済がサービス業中心の経済に変換すべきという意見は正しいとしても、そのサービス業は金融業ではないと思っている。

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