異をとなえん |

「中国化」しつつある日本?

2012.02.04 Sat

20:50:36

2月1日、朝日新聞に日本が「中国化」しつつあると主張する與那覇氏のインタビューが載っていた。
「中国化」というのは、経済の自由化と政治の集権化が同時に起こる現象というのが定義だ。
中国では宋の時代、中国ではまさにその中国化が起こり、皇帝独裁と経済の繁栄が起こった。
そして、現在世界全体が「中国化」しつつあるというのが、與那覇氏の主張だ。

前に「中国化する日本」という本をざっと読んでみたが、私にはその説がよくわからなかった。

気味悪いというか、納得できないのだけれど、なにがおかしいかよくわからず、どう反論していいかわからない。
なぜ気味悪かったのか、その理由がわかったので書いてみる。

そもそも、中国の宋の変化は政治の集権化と経済の自由化が同時に進んだ変化だったと思わない。
宋の歴史にくわしいわけではないので、個々の変化が本当にあったかどうかも実証できないが、もしあったのだとすれば、まず政治の集権化があったのだと推測する。

中国では宋の時代以後、皇帝独裁が強力に進んだ。
最大の理由は遊牧民族の力が強大になり、中国への侵攻が激しさを増したことにある。
中国は防衛力を強化するために皇帝に権力を集中して対応した。

その前の時代はどう対応していたのだろうか。
まだ、遊牧民族の攻撃力が弱かったので、城の中にある都市が個別に対応できたのではないだろうか。
都市の支配者たちが貴族として君臨し、その連合体として中国という国ができていた。
そう考えると、宋の時代の変化が納得できる。

宋の時代以後は、元と清は征服王朝であり、支配の体制を固めるためにも権力を集中させた。
明は宋と同じく、遊牧民族の侵攻から自分たちを守るために、皇帝に権力が集中した。

経済の自由化はその後に来る。
貴族たちが権力構造を握っているときには、自分たちの利益を守るために経済をコントロールしていた。
皇帝独裁が達成されると、皇帝は個々の都市の権力者たちには興味がない。
全体としての利益が優先され、都市内部の利権はどうでもいいわけだ。
だから、都市から上がる利益を最大にするために、経済の自由化をすすめた。
基本的に経済の成長を図るには自由化した方がいいし、仕事を減らすには規制をなくした方がいい。

以上が宋の時代の「中国化」という現象に対する私の解釈である。
中国の内部事情に詳しくないにもかかわらず、いい加減にでっち上げた説なので、どのくらい正当性があるのかはわからない。
ただ、一応モデルにはなっていると思う。
「中国化」という現象が起こった理由を示したわけだ。

與那覇氏の主張が納得できないのは、「中国化」という現象が起こった理由を全然説明していないことだ。
なんとなく似ている現象があるから、同じことが起こると推測しているに過ぎない。
まず、モデルを作って現象が起こるメカニズムを説明しなくてはならない。
だから、日本の歴史の解釈も未来の予測も信用できなくなる。

日本は明治維新の時代、「中国化」したという。
これはわかる。
欧米諸国からの植民地化の脅威が日本の政治権力の統一を導き、結果軍事力の強化が進められた。
軍事力を強化するために、経済を自由化していった。
経済を自由化することが経済の成長のためにもっともいいからだ。
政府がこれに気づいたのは、直接軍需産業を育成する方法を実行したけれども失敗したからだ。
ただ、完全な経済の自由化というより、軍需産業をできるだけ強化するような規制はかけていった。
そういう意味で、「中国化」とは微妙にずれる。

宋の時代も、「中国化」が国家防衛のためとするならば、軍需産業の強化という規制はあったと思う。
それがあったか、ないかは、よくわからないが、なかったとすれば、当時軍需産業などがほとんとなかったためだろう。
あるいは、金さえ集められれば、その金で傭兵を幾らでも雇えると考えていたせいかもしれない。

戦後の日本は、国家の安全保障上の脅威はほとんどなくなった。
そのため、権力の集中化はとくに起こっていない。
経済については、全体の利益のために自由化は促進され、権力構造はできるだけ守るために農業みたいな部門は保護のための規制対象になっていった。
民主主義国家らしく、全体の利益と権力構造からの規制要請のバランスを取って、一方に傾くことなく政策が実行されている。
小泉元首相や橋本大阪市長は全体の利益を優先すべきという流れが一時的に強まった証しにすぎない。
実際、経済が不況だったときは全体の利益のために小泉改革支持の流れがあったのに、景気が少し良くなると格差反対の名目で反対意見が強くなった。
権力の集中化も、規制緩和を実行するためのリーダーシップのために一時的に起こっただけだ。

つまり、現在日本の「中国化」という現象と宋の時代の「中国化」という現象は、部分的に似ていたとしても本質的には全然別の現象だとしか思えない。
それを一緒のくくりで話そうとするのは間違っている。

今の中国についてもそうだ。
中国共産党が政権を取った後、共産主義という世界を敵に回す思想によって、世界から自国を防衛する必要にかられた。
包囲されているという恐怖が毛沢東への権力集中を正当化した。
しかし、毛沢東は経済の成長に失敗した。
後継者となったとう小兵は経済を成長させるために、「白猫黒猫論」を主張し経済の自由化を進めて、経済を成長させていった。
「中国化」という概念がまさに当てはまったと思う。

けれども、それ以後の中国の事情はどうだろう。
ソ連の崩壊や経済の自由化によって、中国は共産主義の旗をほとんど降ろしつつある。
共産主義によって世界を支配しようという夢はなくなったのではないだろうか。
また、中国自身の力が増大したことによって、安全保障の脅威を感じなくなりつつある。
つまり、中国には権力を集中させるメカニズムが働かなくなっている。

実際今の中国は共産党がようやく社会を抑えているだけに過ぎない。
支配しているというより、中国という馬に落とされないようにしがみついているだけだ。
中国国民も経済の自由が保障されているとう理屈のもと好き勝手なことをやっている。
有害な重金属廃棄物が入った塩を食用に売るなどというのは、自由にやれるわけがない。
それでも、実行されるのは、強制的な抑止が聞いていないからだ。

中国は人々が勝手に行動して膨らみつつある風船みたいなものだ。
共産党はとにかく抑えこんでいるので風船は形を保っていられる。
だから、風船が膨らんでも、縮んでも、形は壊れる。
経済が順調に成長できなければ、中国は共産党支配のままではいられないだろう。

結局、「中国化」のメカニズムをきちんと説明しなければ、説得力はない。
その意見が正しいかどうかは、その後の問題だろう。

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