異をとなえん |

重商主義は「トンでも論」か?

2011.09.22 Thu

22:07:37

重商主義は「トンでも論」という意見の記事を読んで反論してみた。

<日本経済新聞の暴走その3>

引用開始

我々の豊かさは「貿易黒字」にはありません。「GDP(GNI)」にある
引用終了

この考えには基本的に賛成だが、経常収支が赤字であることはGDPに大きな影響を及ぼす可能性がある。
それを考慮すると、重商主義は「トンでも論」というより、ほとんどの場合正しい。
ここでの重商主義は、経常収支の赤字があまり続きすぎるのは良くないという考え方である。

記事の中に欧米の経常収支赤字国、イギリス、イタリア、オーストラリア、フランス、ポルトガル、スペインと並べて、「これらの国は、大変なことになっているのでしょうか。」と聞いている部分がある。
少なくともポルトガルは大変なことになっているし、イタリア、スペインも大変になりつつある。
フランスもかなり怪しい。

これらの国は国債の返済が可能かで危機が叫ばれている。
経常収支赤字国なのでその金を国内から調達できないからだ。
国債がデフォルトするかどうかは別にしても、国債の金利は上昇し、緊縮財政政策を余儀なくされようとしている。
他の国に比べて金利が上昇するというのは、その国民にとっては支払いが増えるということだ。
緊縮財政政策も、いつやろうが同じということはない。
前の経常収支が赤字のときに緊縮していれば、少くとも世界の景気が好況のときに実行できた。
そうすれば、ずっと楽に実行できたはずだ。
そういう意味で経常収支赤字を放置していたことは、国民にとっての実害になっている。

もう少し厳密に考えてみる。
発展段階の違う国が世界にいろいろあるとする。
そうすると、発展の遅れた国は進んだ国に追いつこうと努力する。
そういう場合、教育やインフラや企業に投資をする必要がある。
遅れているということは金がないことだから、普通進んだ国から金を借りてこなくてはならない。
その場合、資本収支は赤字になるが、貿易収支を黒字にして借金を返していくわけだ。
でも地味に借金を返していくより、借金を増やしてもいいから、その分投資して稼ぎを多くして返済した方がいいと考える国も多いわけだ。
実際借金を返すというのは、自国の消費や投資を減らす行為だからGDPの成長には悪影響を及ぼす。
けれども、これは経済がうまくいっている場合だ。
往々にして危機が到来し、借金の返済を急に迫られることがありうるのだ。
その場合、債務国は困ってしまう。
ものすごく悪い条件で債務の繰延べを頼むしかなくなってしまう。
本来なら到底承知できないような不利な条件での借金を飲まされてしまうのが、経常収支が赤字であり、債務国である、最大の危険だ。

典型的なケースが1997年ごろのアジアの経済危機だ。
タイ、インドネシア、韓国のように経常収支を赤字にして、経済成長のために全速で走っていた国は投機資本による攻撃に弱かった。
資本が急に逃げ出すと短期の資金繰りがつかなくなり、結局IMFによる救済に持ち込まれた。
その時はGDP自身も急減したし、借金の返済のために自国の株式を安い価格で売らざるをえなかった。
経常収支赤字国であり、債務国であることが、非常に不利な状況におちいった例である。

もちろん例外的な国もある。
たとえばオーストラリアは独立以来一度も経常黒字になったことがないらしい。
正確かどうか知らないが、さもありなんと思う。
オーストラリアには膨大な資源があるので、借金がその資源に見合っているならば問題はない。
外国のオーストラリアに貸している金が、鉱物会社の株に化けているならば、急に返却しろなどと迫られることもなく、まったく問題はなくなる。
問題は資源みたいに確実なものがなくて、借金を繰り越さなくてはいけない国の場合だ。
そういう場合は、危機のことを考えて、事前に経済成長を犠牲にしても、経常収支が黒字になるように調整する必要がある。
日本の高度成長のときがいい例だ。
経常収支が赤字になれば、引き締めを行なって、景気を冷やしたわけだ。
つまり、経常収支が赤字にならないように、経済を運営していく重商主義だ。

世界全体で考えると、経常収支の黒字国がいれば、経常収支の赤字国がいなくてはならない。
その場合、危機のときの危険性を考えると、経常収支の赤字国は少くとも純債権国であった方がいい。
債権国であれば、借金の返済を急激に求められることもないだろう。
アダム・スミスが自由貿易主義をとなえたときは、イギリスの勃興期であった。
確認していないけど、純債権国のときだろう。
この場合経常収支の赤字にとらわれず、世界全体の経済を発展させるために、経済成長優先の政策をとった方がいい。
でも、他の国は借金返済を重視しなくてはいけないから、重商主義的な政策をとることもいたしかたがない。

実際、当時はデフォルトすればそれでいいわけではなかった。
デフォルトすれば国自体が飲み込まれる危険性がたぶんにあった。
重商主義に傾くのも当然だろう。

さらに昔の場合はもう一つ違ってくる。
国民全体の効用の総和が国にとっての効用になるか違ってくるのだ。
つまり為替レートを固定にして、それで経常収支が赤字にならないようにすればいいわけではない。
どういうことかというと、車を購入しようとしたとき、輸入車の方が性能もいいし価格も安いので、国産車より輸入車を購入した方が国民全体の効用が増す。
けれども、これは戦争を意識していない。
戦争の指揮官として考えたとき、輸入車より国産車の方が良かったというケースはある。
国民一人一人が戦争を意識できないので、ある程度規制をする必要がある。

以上を考えると、純債権国か資源のように確実に換金可能な資産を持っている国でなければ、重商主義はあっている。
だから、貿易収支赤字、経常収支赤字を忌避するのは日本にとって当然だった。
ただ、日本はいまや世界一の金持ち国となった。
日本が貿易収支赤字を出さなければ、世界経済は回っていかない状況になりつつある。
日本が重商主義にこだわり続けるのはよくないが、しかし「トンでも論」というのは言い過ぎだ。

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コメント

274

 早速取り上げてもらってありがとうございます。

>重商主義は「トンでも論」というより、ほとんどの場合正しい。

 本文中で解説したように、重商主義=海外資産積み上げ至上主義のことです。どんんなに海外資産を積み上げても、国内には回りません。

 そもそも、GDPの1〜2%に過ぎない貿易黒字(赤字)について、ああだこうだ、「大切だ」と言っているのが、枝葉末節論です。こんなものどうでもいいのです。

 貿易黒字は意図的にどうこうするものではなく、ISバランスから、必然的に決まってくるものです。過剰貯蓄なので黒字、投資超過なので赤字というだけです。

 これを「伸ばさなければ、重要視しなければ」というのが、重商主義なので、「トンデモ論」なのです。

 貿易黒字は「ゼロ」で構わないし、「赤字」でも構いません。要は「GDP+IM」の大きさです。 これがその国の国民が消費できる財・サービスの総量です。

>記事の中に欧米の経常収支赤字国、イギリス、イタリア、オーストラリア、フランス、ポルトガル、スペインと並べて、「これらの国は、大変なことになっているのでしょうか。」と聞いている部分がある。
少なくともポルトガルは大変なことになっているし、イタリア、スペインも大変になりつつある。
フランスもかなり怪しい。

 単純に世界の半分は、「赤字」半分は「黒字」です。

 といっても、実際は米国の赤字が巨大すぎて、ほとんど一カ国で吸収していると言っていい状態なのですが。

 スペイン・イタリア・ポルトガルが大変になりつつあるのは、「資本」問題です。要するに、カネを海外から借りようが、国内でまかなおうが、「資本=信用のこと」ですから、信用がなくなれば、カネは逃げます。

 ギリシャも含め、これらの国が問題を抱えつつあるのは、固定相場制(ユーロ)だからです。

 例のトリレンマ論です。この3つは同時に達成できません。

^拌悒譟璽箸琉堕(固定相場)
⊆由な資本移動
6睛酸策の独立

 ユーロ圏は、を放棄し、.罅璽躙把蠅鉢∋駛椣榮阿亮由化を選択しました。

 本来であれば、危機なら、,鮗里(固定相場をあきらめる)、を回復し、金融緩和をすれば、その国のレートは減価し(例えばギリシャのドラクマが1/10になる=債務も1/10になる)で、解決です。
 減価するので、輸出力は回復してきます。


>日本の高度成長のときがいい例だ。
経常収支が赤字になれば、引き締めを行なって、景気を冷やしたわけだ。
つまり、経常収支が赤字にならないように、経済を運営していく重商主義だ。

>典型的なケースが1997年ごろのアジアの経済危機だ。
タイ、インドネシア、韓国のように経常収支を赤字にして、経済成長のために全速で走っていた国は投機資本による攻撃に弱かった。
資本が急に逃げ出すと短期の資金繰りがつかなくなり、結局IMFによる救済に持ち込まれた。

 上記2例も「固定相場制」だから、そうならざるを得ないというだけのことです。変動相場制なら、上記のようにはなりません。
現在の中国は△鮴限し、´を達成しています。

「デフォルト 債務不履行 アジア金融危機」は、「固定相場」だから、起きるのです。

 ギリシャ問題も、「固定相場」のマイナス面が、リーマン・ショック後、噴出したものです。リーマン・ショック前の「いけいけどんどん」時代であれば、どんなにめちゃくちゃな経済運営(GDPの40%相当が地下経済、国民の1/3が公務員、年金が分厚く早期退職者ばかり)でも、問題は表面化しなかったのですが、資金繰りが詰まると、一気に問題が表面化するというものです。

>以上を考えると、純債権国か資源のように確実に換金可能な資産を持っている国でなければ、重商主義はあっている。

 純資産は、「‖亞飴饂此櫚外国がその国に持つ資産」を引いたものです。純負債赤字国(アメリカやイギリス)でも、 祗△箸いΔ世韻如↓,鮖たないわけではありませんし、そもそも巨額な,鮖っています。

 しかも、純資産増(減)は、GDPの1%〜2%程度の話です。それより、98%の国内消費+投資が重要なのは言うまでもありません。


 しかも、この‖亞飴饂困蓮¬戮韻覦戮謀蟷颪靴秦躋曚任△蝓◆崑澆靴燭ら引き上げる」という債権ではありません。日本の海外投資(海外の土地・建物・工場・株・債券)は、日本国内より利益が上がるので、投資したもので、「将来売る」ために投資したものではありません(まあ、債券は別かも知れませんが、本来は配当ねらいです)。

 この程度の話である、海外資産を云々することが、「トンデモ論」なのです。

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417 続:重商主義は「トンでも論」か?

前回の記事に菅原さんからコメントをいただきました。 反論が長くなりそうなので記事にしています。 >が頭につく行は菅原さんからのコメントです。 >>が頭につく行は菅原さんが引用した私の記事です。 > 早速取り上げてもらってありがとうございます。 こちらこそ、ありがとうございます。 トラックバックで反論などを書いても、あまり意見をもらえないので、真面目な反論をいただけ