異をとなえん |

菅総理の退陣表明? - 政治家が旗を掲げるということ

2011.06.03 Fri

02:47:55

不信任案は鳩山前総理の腰砕けで否決される。
ちまたで言われるように、最後に会った菅さんに影響されて意見が変わったわけだ。
私から見ると、菅総理の退陣表明はあいまいでいかようにも解釈できる物だ。
菅総理の一時しのぎの言い逃れに過ぎない。
それをあっさり信じてしまう鳩山さんが甘いのか、それとも総理ともあろうものが一時しのぎをすると断じてしまう私の考えが黒いのか。
まあ、すぐに結果は出るだろう。

それにしても菅総理の言葉は軽い。
海水注入の言った言わない問題を始めとして、実にくだらないことで争っている。
有権者から見たら、本当に政治家が言ったか言わないかはどうでもよくて、言ったようなイメージを与えているならば、それは言ったも同然なのである。
政治家はそういう職業であって、聞いた人が自分の言った言葉をどうとらえるか判断して発言しなければならない。
あいまいな発言は意味がない。
自分の目指す政策があり、その政策を実現するために活動している以上、政策を支持している人に言葉を届ける必要がある。
そうすることで人が集まってくるのだ。
あいまいな発言をしていれば、有権者は支持していいのか混乱してしまう。

菅総理の今回の退陣表明もあいまいすぎて困る。
菅総理からしてみれば、うまくごまかしたとでも思っているのかもしれない。
しかし、菅総理を支持している少数派(と言っても国民の20%以上いる)から見れば政権運営をあきらめたかと失望してしまう。
そうすると、菅総理以外で自分の支持する政策を実現してくれる政治家に期待を寄せていくだろう。
浜岡原発の停止を支持している国民はかなりいるはずだ。
菅総理個人を支持するかどうかは別として、政策だけだったら、国民の多数派でもおかしくない。
そういう人たちから見れば退陣表明は裏切り行為のはずだ。

選挙に受かるために政治家はとにかく何らかの旗を掲げて、国民に訴えていく必要がある。
旗がなければ国民は聞いてもくれない。
菅総理だって、地盤もなく戦ってきたのだから、そういうことは百も承知のはずだ。
それなのに、このあいまいさは、どういうことだろう。

結局の所、菅総理がずっと掲げていた旗は反自民、政権交代それだけだったのかもしれない。
この旗は自民党が政権を持っていた時代は、それなりの意義を持っていた。
けれども、民主党が政権を持ってしまったならば、何の役にも立たない旗だ。
新しい旗を掲げていかねばならないのだが、既に菅総理の心には何も残っていない。
そう見える。
今回の退陣表明も、残っていないからあいまいなままだ。

昔のことを持ち出すのは気がひけるのだが、小泉元総理はそこらへんが実にわかりやすかった。
郵政民営化を旗印に掲げて、自分の政権のときは、それに向かって真っ直ぐに突き進んでいた。
そして郵政民営化に一定のめどがついた時点で、辞職した。
辞職のいさぎよさを小泉美学と取らえている人も多かったようだが、私は違うと思う。
郵政民営化に全力を注いだからこそ、目標達成のあかつきにやる気を失ったのだ。

菅総理のあきらめの悪さはたいしたものだ。
でも、そのあきらめが単なる政権欲から来るものだったら国民は支持しないだろう。
菅総理の一定のめどが、復興基本法の成立と二次補正予算だったら、実の所争う余地がないように思う。
ほとんどの政治家は反対していない。
だったらとっとと済ませて終わって欲しいものだ。

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