異をとなえん |

続:世界経済に関するスケッチ

2011.02.05 Sat

04:10:50

「世界経済に関するスケッチ」という題で、世界経済の今後を少し考えてみた。
単に頭に浮んだことをそのまま書いているので、結論も何もない出来だったが、どうも思考が先に進まなかった。
それでも考えてみたいので、また同じことをやってみる。

前回でもっとも書きたかったのは資源制約の場合の富の不均衡であったが、話はそこまでいかなかった。
今回はそこに焦点をあてて考えてみたい。

新興国の成長によって、資源の制約が経済成長の大きな足枷になりつつある。
2008年の時の商品相場の高騰は、金余りによる資金が商品相場に流れ込んだことによって起こったと言われた。
今回は新興国の成長そのものが実需を生み出しているので、簡単には収まらないと予測されている。
本当がどうかはわからないが、新興国の成長が続けば、需要が大きくなるのは当然だし、そうすれば実需による商品高騰も必然だろう。
これを前提にして、話をすすめてみよう。

資源の需要が限界を越えたことによって、資源価格が高騰する。
そうすると、富の配分が変更される。
最終製品の受取は、最終的に労働、自然資源、資本の三つの生産要素に分配される。
自然資源の価格が上昇するということは、鉱山などの持主の取り分が大きくなることであり、労働、資本の持主の取り分が減るということだ。
労働と資本の分配の取り分の変更がどうなるかは問題なのだが、とりあえず資本の取り分は変わらないで考えてみる。
そうすると、資源の取り分が上昇することは、労働の取り分が減少するのと同義になる。

今回の経済成長の源泉は新興国において、一人一人の生活が向上していること、それ自体にある。
だから、トータルで見た場合、労働者の取り分の比率が減少したとしても、生活それ自体は向上している。
しかし、それは十分成長しているだけの国だ。
中国みたいに高い比率で成長し、賃金が上昇し始めているならば、生活は変わらないかもしれない。
しかし、それほど高い成長を達成していない国では、労働の取り分が減少すれば、労働者の生活水準自体が低下する。
はっきりと断定はできないが、今回のエジプトはその例かもしれない。

資源の持主は大きく儲かり、労働者はあまり変わらないか、あるいは生活水準が低下する。
そうすると全体としての消費はどうなるか。
労働者の消費はあまり変わらないとすると、消費=生産だから経済の成長は資源の持主の消費が決定することになる。
儲かっているんだから、基本消費は増えるだろう。
しかし、資源制約は存在するのだから、どこかで成長はストップする。
これは総体としての労働者の生活水準が止まったところだ。
働いても全然生活水準が上昇しなければ、労働者は労働の拒否を開始する。
もちろん、個々の国で限界に突き当たる時期は別々だ。
エジプトが今だとしても、他の国は違うのかもしれない。
エジプトみたいに騒乱を起こし、成長自体が停止すれば、他の国は資源の制約がゆるむ可能性もあるが、その場合はさらに成長することによって、結局余裕が食い潰してしまう。
つまり、他の国も段々と成長を停止するだろう。

新興国ではインフレ気味だ。
成長を停止するならば、インフレの中、労働者の賃金上昇が追いつかない形で発生する。
急激なインフレは不満を誘いやすいし、生活水準が低い国では生死に関係してくる。
そういう弱い国では騒乱も起こりやすくなる。
経済を引き締め、成長を止め、インフレを止めたとしても、世界で成長をし続ける国があれば、輸入価格を通して生活水準の低下が発生する。
それはやはり社会の混乱を招くだろう。
結局、資源制約が簡単に解決できないならば、どこかの時点で経済は急激に成長を止め、屈折せざるを得ないのではないだろうか。

なんか、つまらない結論になってしまった。
もう少し面白い話にならないかと思ったのだが、難しい。
屈折点の時期とか、あるいは屈折点の時の経済の規模とかが推測できないと、空理空論でしかないが、そこまで思索が及ばない。
もう少し考えてみよう。

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURLはこちら