異をとなえん |

今年は去年よりいい年

2011.01.13 Thu

17:10:00

新年になって、全然調子が上がらない。
文章が出てこない。
頭が回らなくなってしまった。
理由は寒いからだと考えている。
寒いと頭や体が動きたがらない。
だから、アイディアが出てこない。

寒さ自体は毎年続いてることだ。
それが今年になってから、特に意識されたのは、去年調子が良くて、それが妨げられたからだ。
今までいい加減にやっていたから気づかなかったことが、ある程度のスピードで活動することによって気づくようになる。
これは一つの進歩なのではないだろうか。

今年と言うか、特に元日がえらく寒かった。
あれで、いきなり習慣が壊れた。
だからと言って、いつまでも正月ボケしているわけにはいかないので、なんとか習慣を取り戻していきたい。
そのために元日に書き始め、新年のあいさつにちょうといいと思った記事を完成させる。

twitterを見ていたら、大晦日に「@PEANUTSbot: ANYONE WHO THINKS NEXT YEAR IS GOING TO BE BETTER THAN THIS YEAR IS CRAZY! - Lucy」という言葉が目に入って文句を言いたくなってしまった。
「今年より来年がいい年になるなんて考えている奴は狂っている」という意味だろうが、それは絶対に間違っている。
なぜならば人間は成長し続ける動物だからだ。
過去からの知識を蓄え、それを未来に伝えることによって、社会は必ずよくなり、結果として人間の生活は向上していく。

** どんな馬鹿でも上達する

どんな馬鹿でも、同じことを何度も繰り返せば上達していく。

私みたいに料理が下手な人間でも、自炊を何度も続けていけば、料理の腕も上達する。
包丁の使い方でも、何百回と切ってもいれば速く切れるようになる。
単純な体を使った技術は訓練を続ければうまくなる。

また、前はうまい料理というものが、よくわからなかった。
二つの同じ料理を食べ比べてもよくわからない。
それが、なんとなく、前作った料理より、今回作ったほうがおいしい、などとわかる。
味噌汁は火を止めて直ぐより、少しさましてからの方がおいしい。
本当に正しいのか、よくわからないけれど、そんな風に感じる。
でも、そうやった感覚が積み重なれば、少しずつ何かが変わっていく。
良し悪しがわかれば、進歩するのは難しくない。
前はどういう過程でおいしくなるのか、見当もつかなかった料理の味も、何百回も作っていれば、もしかしたらと仮説を思いつくようになる。
何も考えずに料理を作っていた人間でも、成長するのだ。
普通の人間が同じことを繰り返していけば、成長しないわけがない。

** 社会は成長する

年を取ったらという意見はあるだろう。
体力が一番重要な物はずっと若くに限界が来る。
オリンピック競技の選手のピークは20代がほとんどだ。
それ以上年を取ると衰えてしまう。
しかし、単純な体力勝負ではなく、ある程度技能が必要な場合は、ずっと年齢が上でも伸びてゆく。

頭は体に比べてずっと衰えるのが遅い。
ボケさえ来なければ、ずっと伸びているように思う。
過去の知識を蓄えることによって、それを応用していけるからだ。
人間が成長し続ける生き物である以上、明日が昨日より悪いわけがない。

もちろん、人間はどうしようもなく老いてしまう場合もあるし、最終的には死んでしまう。
けれども、人はそれらの智恵を後世に伝えることができる。
そうすれば、個人としては成長できなくなっても、社会全体としては成長を続けることができるのだ。

日本の伝統技術のテレビ番組を見ると、一見簡単そうなことでも、それなりの知識と技術が必要であり、それが先人の努力の結晶であることがわかってくる。
日本の木造建築は耐震技術のかたまりであり、地震で壊れない工夫がある。
古代の人はなんでこんな技術が持っているのかと驚異の念を感じるはずだ。
でも、それはある意味、古代の人を馬鹿にしている意見だ。
日本では地震に備えていない建築は壊れてしまう。
だから、昔の人は一生懸命工夫していくしかない。
基準が明白な以上、少しずつ知識は増えていく。
その知識が伝承されていくから、技術は着実に進歩していくのだ。
進み続ければ、その歩みが遅くとも、後世の我々を驚かすほどになる。
社会は絶対に成長していくのだ。

** ブログを書く意味

私はあまり進歩していない、ダメ人間だが、去年は文章を書くのが少し上達した気になった。
ある程度、連続して文章を書き続けることもできるようになった。
そんな感覚がある。

もっとも、今年いきなり書けなくなってしまうことを思えば、自分の物にしたとは言えないかもしれない。
それでも自分が成長したと思えれば、その感覚に向かって条件を工夫していくことができる。
その工夫を積み重ねれば、本当に必要なことがわかってくるはずだ。
冒頭に出した寒いというのは、私の考えた一つの仮説でしかない。
ただ、条件を変化させていくことによって、少しずつその感覚に近づいていけると思う。

そして、自分の智恵を後世に伝え続ければ社会も成長していく。
私のブログを読む読者は少いけれど、それでも少しずつ伸び続けている。
それだけで未来に希望を抱くことができる。
今年は去年よりいい年だ。

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