異をとなえん |

続:日本を楽観する理由 - ガラパゴス化は必然である(その5)

2010.12.15 Wed

04:23:18

昨日の記事の続きで、私が日本の将来を楽観している理由の二つ目を書く。
しかし、その前に昨日の記事の補足をしておきたい。
サムスンと日本の家電の収益力の話だ。

** サムスンの収益力の高さの理由

昨日の記事で、日本の企業はがんばっていると述べたが、サムスンの利益とは離されている。
なぜサムスンは日本メーカーの利益を上回るのかによると、サムスンは日本の電機メーカー合計の利益を上回っている。

引用開始

サムスンの2009年12月期の売上高は、10兆9000億円、本業の儲けを示す営業利益は8736億円だ。

一方、ソニー、パナソニック、日立製作所や東芝、シャープなど、電機大手9社の営業利益の合計は、6400億円(10年3月期見通し)。日本の電機大手が束になっても、サムスン1社の営業利益に届かないのである。
引用終了

サムスンと日本の電機メーカーの収益力の差の理由は二つある。

一つは、1997年のアジア通貨危機によって、韓国の市場に寡占が生じたことである。
アジア通貨危機は韓国の多くの企業を危機に追いやった。
韓国政府は企業の生存のために、複数の会社を合併させた。
その結果、市場に寡占が生じることになった。
典型的なのは、自動車と家電だろう。
自動車は現代自動車グループによる一社独占に近くなったし、家電はサムスンとLG二社による寡占となった。
市場の競争状態が制限されれば、企業は容易に利益を出すことができるようになる。
原価に利益を載せればいいだけだ。
それだと、需要が供給を下回るならば、合理化によって生産を制限すればいい。

通貨危機が収まると、自動車と家電は韓国にとって、ちょうどいい市場となった。
韓国の平均所得が自動車と家電の需要が急激に伸びる状態に位置しているため、生産が伸び利益が大幅に出た。
それは、世界市場においても、変わらない。
ちょっと前、日本企業が自動車と家電の市場において世界で無敵であったように、韓国の平均所得がちょうど世界の市場に対してベストポジションにあるのだ。

もちろん、世界市場では寡占によって優位に立つことはできない。
現代自動車やサムスンが世界市場で急激に伸びていることは、経営も優れていることを示している。
サムスンが強固な経営基盤を持つことによって、大胆な設備投資が可能になったことは事実だろうが、その自分が持つ長所を十分に経営に生かしきっていると言えるだろう。

もう一つの理由は言うまでもなく、円高ウォン安だ。
リーマン危機をはさんで、1円が8ウォンから16ウォンまではね上がった。
突発的なものとは言え、サムスンの経営がずいぶん楽になったのは言うまでもない。
今は1円が13.6ウォンぐらいになっているが、それでもリーマンショック前に比べると円高だ。

サムスンが黒字で、日本の電機メーカーが赤字のままだったら、いかにサムスンが経営環境で有利であっても、お話にならない。
けれども、サムスンが大きな黒字で、日本の電機メーカーが小さな黒字だったら、サムスンの経営環境が有利だからと弁解しても許されるのではないだろうか。
円高は経常収支の黒字が続く限り止まらない可能性が強い。
円高だから競争に負けると泣き言を言っても始まらない。
円高でも利益が出せるように企業を変化させなくてはいけないのだ。
国が違えば経営環境は違う。
日本はサムスンと利益を比べることなく、黒字を維持し続けることに重点をおけばいいのだ。
昨日の補足として、サムスンと日本の電機メーカーの収益力の差は経営環境の差にあるのだから、そのまま比べても意味がないことを述べた。

** 世界の新しい流れ

それでは、もう一つの日本に楽観する理由を説明したい。
アメリカはガラパゴス化して、世界の他の国に伝播する新需要を作れなくなっている。
そこで、アメリカに代わって新需要を生みだすことができる国こそが、世界経済のリーダーシップを取る国だと考えている。
そうすると、世界で新しい流れを引き起こしている候補が一番多いのは日本に思えるのだ。
「ジャパンクール」という言葉が最近広まっている。
日本のマンガアニメゲームなどが、世界中に人気という話だ。
はまっているのは一部の人間だけという批判もあるし、ゲーム産業自体は欧米の方が既に発展しているという批判もある。
それらの批判もあるけれど、私には新しい何かが日本から世界に広がっていることを重視したい。
あるいは、日本以外で世界に生まれている新しい文化ってあるのだろうか。
私には見えないのだ。

ハリウッドの映画産業は少し陰りも見えるが、隆盛だと言っていいだろう。
3Dアニメーションは大ヒットしている。
でも、新しい何かというと疑問なのだ。
普通の人々が続々と参加している運動になっていない。

韓流は世界の新しい文化の流れなのだろうか。
私にはわからない。
あんまり見てもいないので、ぱっと見た限りでは普通の歌手グループに見えた。

日本で少女時代やKARAと対応するのは、AKB48だろうか。
AKB48もおにゃん子クラブや「モーニング娘。」とあまり変わらないように見えるが、少くとも生み出し方は新しい。
秋葉原に専用劇場を作って、そこで芝居、歌、踊りをさせて売り出すのは新しい方法である。
CDがネットを通じたコピーによって売りにくくなっている時代に、生のふれ合いを売りにするのは、一つの革新だ。
世界で人気がでるかはわからないが、秋葉原で専用劇場を持つというコンセプトの原点を守れば、生き残るビジネス、つまり新しい文化の原点になれると思う。

韓流にそういう新しい何かがあるのか。
アメリカエンターテインメントビジネスのアジア版というだけでは、世界に潮流を引き起こすのは難しい。

その他、私に思いつくのは、iPhoneやfacebookぐらいか。
詳しいことは知らないのだが、まだ箱にとどまっている感じがする。
その中に入れる物が重要なのだが、そういう段階ではない。
電子書籍なども同じことだ。
それによって、新しいコンテンツが生まれれば、凄いのだけれど、そうでない段階では代替需要に過ぎない。

つまり、私の言う新需要とは、人々を引き摺りこんでいくようなものであり、中核の人々の熱狂が必要となるようなものだ。
そうでなければ、新しい時代を切り開いていくことはできない。

日本で生み出されているvocaloidやMMDは、いい悪いは別にして、明らかに新しい文化であることがわかる。
新しいからといって、次の時代の潮流になるかどうかはわからない。
けれども、そういう物を生み出していく力が、今の日本にはあるように思われる。
生み出していく力というのは、仕事が忙しくないので、余ったエネルギーを暇潰しに投じることができる、そういうことを意味している。
実際、投入されている熱量は半端じゃない。
そして、音楽、イラスト、アニメなどを知っている人間が大量にサポートしていることが凄いのだ。
それは他の国ではできない。
日本に楽観している理由で日本企業はがんばっていると述べた。
企業だけじゃない、日本人だってがんばっているのだ。

アメリカでも英語で唄うvocaloidは販売されている。
でも、それほど流行ってはいない。
むしろ、日本語で唄う初音ミクの人気が出ている。
vocaloidうんぬんよりも、投入されている熱量が世界を動かしていることになる。

日本に楽観している理由をくだくだ述べてきたが、結局私は初音ミクが好きだから日本に楽観しているのだ。
つまり、「初音ミクさんマジ天使」ってことだ。

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