異をとなえん |

日本を楽観する理由 - ガラパゴス化は必然である(その4)

2010.12.14 Tue

04:19:12

私はどちらかと言うと、日本に対して楽観的である。
しかし、twitterやらネットの情報を見てみると、日本の将来に対して悲観的に見ている意見が多い気がする。
現実との接点を持たない私には、具体的に反論することができない。
日本の未来はそんなに暗いのかな、と暗い気持ちになってしまう。
けれども、その理屈には納得できない部分が多い。
その理由を説明したい。

** 日本企業はがんばっている

日曜日の日経に日本企業の存在感がなくなっているという記事が載っていた。

参照:新興国でお株を奪った韓国勢

引用開始

従業員も厳格な成果主義で厳しく評価されるようになった。企業の行き過ぎた合理主義で自殺が増えたとの批判が高まるほどだ。そこから生まれた活力が、世界市場での地位を一気に高めた。

では、なぜ手負いの韓国企業が死にものぐるいで変身していることに日本人はきづかなかったのか...

講演会で開かれるたびに安積教授はこう応える。「傲慢さからだ。韓国企業などに負けるわけはないと、日本人は思い込んでいた」

韓国企業に牙城を崩された久しい。なぜ日本企業は対応できなかったのか。

「経営者が現場を歩かず、負けていることさえ自覚していない。日本人とだけゴルフをやってワインを飲んで終りという、まだ日本が独り勝ちしていた頃のノリの『海外視察』も多い」。日本では工場だけでなく、情報の空洞化も進んでいる。
引用終了

韓国のサムスンに対して日本の電機メーカーが世界市場で破れているという話だ。
しかし、日本の企業が傲慢だったからという意見には納得できない。
「艱難汝を玉にす」という言葉がある。
バブル崩壊以後、日本のほとんどの企業は苦難の連続だった。
満足に利益を出すことができず、ずっと低成長を続けた。
リストラを行ない、希望退職等の措置を取らざるを得なかった。

私は評論としての立場で日本を見ている。
日本は良くなるとか、悪くなるとか、大した根拠もなく述べている。
けれども、個々の企業は違う。
ずっと苦難の状況にある企業が傲慢であったことなどありえるだろうか。
自分たちの今までやってきた方法を根本的に見直しているのは当然だと思わないだろうか。
政治家や経済評論家の言うことなど、現場の企業にとっては所詮、上の方のたわごとに過ぎない。
馬耳東風と聞き飛ばしているのが関の山だ。
けれども、実際の会社の売上高が減少し、個々の従業員の所得が減少し始めれば、それは大事件になる。
必死になって対策を考えなければいけない。
そういう状態を10年近く過ごしてきた。
2002年ごろ上向きになったが、リーマンショックでまた大きく落ち込んだ。
傲慢であったなどと言うのは、何年前のことだろうと思うのだ。
バブルの頃は傲慢であったかもしれない。
でも、今は絶対に傲慢でない。

報道やらルポルタージュを見ても日本企業はがんばっているように見える。
外野の人間から見れば甘く、韓国企業の米国流の合理化に比べれば、ぬるま湯として受け取られている気がする。
それでも、内部の人間にとっては自分たちが生き延びるために必死であるはずだ。

傲慢ではない、がんばっている、と私が思っていても、それは主観的な見方であり、多くの人には、日本企業の経営者は無能であると映るのかもしれない。
しかし、今年2010年企業の収益力は回復している。
今年最高益の企業が上場企業の1割近くあるらしい。
未来に対する信用が今一つなので、株価は伸びていないが、全企業で見ても、日本企業にとってもっとも良かった2007年の収益にかなり近づいている。
電機メーカーも、ほとんど全て黒字だ。
日立製作所もようやく黒字を出せるようになった。
努力は間違いなく実を結びつつあり、結果を出しているのだ。

サムスンに負けているという意見はありそうだが、サムスンにある市場で負けること自体は問題ではない。
企業は生き延びていくためには利益を出し続けなければならない。
だから、サムスンにある市場で負けても、別の市場で利益を上げればそれでいいのだ。
家電市場では確かに日本の電機メーカーは世界で勝ちにくくなっている気がする。
ガラパゴス化は必然であるで述べたように、日本の慢性的な経常黒字体質は輸出企業を苦しくしている。
本当に強力な商品力を持っている企業しか生き残れない。
家電メーカーは同じような機能の商品だと、価格勝負になって、日本メーカーは韓国には勝ちにくい。
どうしても賃金の差が出てくる。
日本メーカーは開発、生産も海外に移転して、競争力の維持を図るみたいだが、それはある意味別の話になる。
日本人にとっては、日本での経済活動の方が大事ということだ。

サムスンに負けたことを、ごまかしているような話になってしまったが、経済活動は基本的にみんなが勝てるゲームなのだ。
サムスンが勝ち、日本企業が勝つことも十分できる。
アメリカの企業が日本企業に家電市場などで負けても、別の市場で創り出すことによって、1990年代以降の繁栄を生み出した。
それと同じことが日本にもできるはずだ。

そういうわけで、日本に楽観している理由は日本企業ががんばっているからだ。
がんばればなんとかなる、経済はそういう風にできている。
もう一つ日本に楽観する理由があったのだが、それは明日書く。

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