異をとなえん |

中国の公害は解決不能か?

2010.12.07 Tue

01:21:06

中国の公害が気になる。
今まで、中国の公害は高度成長を開始した国での一時的な問題だと考えてきたのだが、そうではないのかもしれない。
公害は非民主主義国における本質的な現象のように思えてきた。

中国では環境汚染が大問題になっている。
毒々しい色をした河川、化学工場におけるたび重なる事故、砂漠化が進行しつつある北京、干上がる黄河など、検索すると問題となる現象にことかかない。
中国政府はそれらを規制しているみたいだが、それを無視して汚染物質を垂れ流している工場は無数にあるように見える。
中国政府は、なぜそれらの汚染を止めることができないのだろうか。

たとえば、最近中国政府はレアアースの輸出規制を発表した。
レアアースの採掘の際の環境汚染の対応のためだ。
しかし、どうもうまくいっていないようにみえる。

レアアースに手を焼く中国を読むと、レアアースの鉱山では、環境規制を無視して生産を強行している。
輸出規制によって価格が高騰しているからだ。

引用開始

 レアアースの現場を統率する政策執行能力を欠いたまま、中央政府は輸出制限を発表してしまった。これにより価格が高騰し、違法採掘や違法生産が雨後のタケノコのように出現する事態を招いた。そして、乱れた業界秩序を回復するために、中央政府は取り締まりの号令を発するものの、地方当局にはその能力がない。これが中国のレアアースを巡る実態である。中国政府のグリップが効くのは大手国有企業と正規の貿易事業者くらいのものだ。
引用終了

外部から見ている限りでは、中国の環境汚染は全体の利益自体を減らす段階に見える。
日本の高度成長期にも公害は発生した。
水俣病を始めとする悲惨な事例がそこらじゅうで起こっていた。
この原因は、そのころの煙突から出る煙が成長の証しとして捉えられていたことから、公害という概念自体がそれほど理解されていなかったからだ。
公害が各所で発生していることが明らかになり、それが国全体の問題であることが理解されるにつれて、環境規制を強くかけるようになった。
現在ではほぼ解決されたといっていいだろう。

しかし、中国では公害という概念がまだ普及していないのだろうか。
日本の悲惨な事例は中国でも知れ渡っていると思うのだが、それを止める力が働いていない。
いや政府はそれを止めようとしても、止められないでいるのかもしれない。

ソ連や東ドイツなどの旧共産圏諸国の公害もひどかった。
中国の公害も惨くなりつつある。
つまり、非民主主義国においては、環境規制を実行することができないのではないだろうか。

公害は非民主主義国においては、本質的に解決できない問題ということだ。
政府は見かけの環境規制を出すことはできる。
しかし、その実行を担保するためには末端の組織が環境規制に忠実に従わなければならない。
汚染物質を排出する企業と規制する組織が結託すれば、規制などないも当然となる。
共産圏の国々では住民の利益を代表する機関がない。
どんなに声をあげても弾圧されるだけだ。

通常の民主主義国の場合には、規制を無視し汚染物質を垂れ流すような企業があったとしても、住民はそれを発見し、文句を言い出す。
住民は自分たちの体に被害が及ぶ場合、それを見つけることに必死になるから、企業がごまかそうとしても、ごまかしきれるものではない。
けれども、中国みたいに一部の利益が全体の利益より優先される社会では、住民の文句が無視されてしまう。
共産党の支配は上から下まで一本の線で行なわれている。
地域のボス、つまり共産党の書記と呼ばれる人間たちが、環境汚染をしている企業と手を結ぶと、地域の人間がどんなに声をあげようとも、どこにも届かない。
裁判所も共産党の支配が入っている以上訴えても無視される。
マスコミはある程度の興味は持っているようだ。
けれども、地方のマスコミはその地方の共産党の管理下にある。
報道が停止されれば、それで終わりだ。
ネットを使った国民全体への訴えも、うまくはいかない。
環境規制は一応きちっとした調査がいる。
規制する組織が、汚染物質の排出量が規制値以下だと声明すれば、それ以上の力にはならない。

誰の目にも被害が明らかになったとしても、因果関係さえはっきりしなければ企業は平気で無視できる。
水俣病も因果関係がはっきりしていない状態では、疑いはあっても企業の行動を止めることはできなかった。

全体としての利益は明らかに減少しているとしても、少数者が利益を上げることができ、それらが権力を持っている状態ならば、全体の利益などは簡単に無視されてしまう。
これは非民主主義国の構造的問題ではないだろうか。
当然のことながら、長期的には成長自体を止めてゆくようになる。
労働に対して効用が下回り始めるからだ。

中国の高度成長は共産党の支配を正当化した。
しかし、環境汚染は成長のありがた味を大幅に減殺しつつある。
日本では、公害が発生したことによって、成長自体に大きな懐疑が生まれた。
中国では、その時の日本以上に環境汚染が広まりつつあるのに、あえて無視しているのではないだろうか。

中国共産党の支配は依然として強固なように見える。
理念としての民主化運動は共産党には怖くない。
共産党は成長という果実を国民に提示できる。
けれども、公害によって多くの人死にが出るような状態になり、それを止めることができない場合、共産党は成長への貢献を誇ることができるだろうか。
国民は公害によって死にたくないと思って、蜂起しかねない。
そうなれば、共産党の支配自体が崩壊するかもしれない。

中国における共産党の支配は一見すると、うまくいっている。
非民主主義国でも経済成長は可能だ、と世界に受け止められているようだ。
けれども、公害を止めることができないのは、非民主主義国の本質的な欠陥ではないだろうか。

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