異をとなえん |

初音ミクは今世紀最大のスター

2010.08.19 Thu

03:19:51

どうも考えがまとまらない。
なぜ日本がデフレから抜け出せないのか、というテーマで文章を書きたいのだが、頭がごちゃごちゃしてくる。
書かないことには文章ができないことはわかっているのだが、それでも進まない。
仕方がないので、前書いた文章を使えないかとメモをさらってみる。
5/19に初音ミクのことを書いたメモを見つけたのだが、公開していなかった。
どうもほめかたが気に入らなくて断念したみたいだ。

けれども、最近外国人が初音ミクのことを偉くほめていた。

参照:【2ch】コピペ情報局 : 初音ミクは次世代の世界的スーパースター。

外国人の言うビートルズを越えるスターというほめかたはかなり強いが、9・11を越える現象としてとらえている私のほめかたもかなりのものである。
先にほめてたのは自分だと思っていたが、公開していなかったのに気づいて大急ぎでリリースしておこう。
でも、9・11を越える現象というのはコメントで使っていたので、それは先取りしていた。

そう言えば、初音ミクについて語りたかったことがある。
前のコメントで、と言ってもずいぶん前だが、それについて答えている内に、初音ミクの誕生は、今世紀に入って最大の事件と評価していたことに気づいて、自分でも驚いた。
9・11に匹敵する現象として、初音ミクを私はとらえていた。
実際今でもそう思っている。
過大評価かも知れないが、なぜそう思うかについて少し語っておきたくもある。
初音ミクはボーカロイド自体よりも影響力が大きい。
ボーカロイドは新しい楽器に過ぎない。
初音ミクはその楽器の中で一番古いというわけでもない。
ボーカロイド2と呼ばれる、ボーカロイドが新しく進化した中での最初に過ぎない。
けれども、その発売がボーカロイドの流行をもたらした。

初音ミクによって、素人による音楽作成の機運が一層高まっていった。
初音ミクの最大のインパクトはプロだけによる娯楽の提供ではなく、アマも参加した娯楽の提供ということだ。
初音ミクはその現象の象徴となっている。
MikuMikuDanceはその現象の明らかな変化の一つだ。
MMDは単なる3Dアニメツールに過ぎなくとも、その普及は巨大なアマによる作品作成機関を生み出した。
ニコニコ動画での隆盛はその一端を示している。

ニコニコ動画での人気作品は御三家と言われて、ボーカロイド、アイドルマスター、東方プロジェクトの三つから成っている。
アイドルマスターはバンダイナムコのゲームから来ている。
ゲーム中でのPVを発表し始めてから、それに数々の加工を施していくことで、発展している。
一方東方プロジェクトは同人シューティングゲームが始まりだが、それを元にした二次創作作品が大量に発表されることで、発展している。
この二つもアマによる新しい創作の流れの現象の一端となっている。
その二つはMMDを通じてボーカロイドと一本化し、一つの流れになろうとしている。
初音ミク、MMD、つまりアマによる創作活動というわけだ。

なんか、これだけでは初音ミクを9・11に匹敵するほどの現象として評価している理由に弱いな。
9・11に匹敵するほどの現象としているのは、アマによる創作活動が今後の大きな流れとして考えているからだ。
人間の生産能力の拡大は、衣食住といった人間の通常の欲望を、少数の人間が働くことによって満たすことを可能にした。
他の人間は衣食住のような単純明解な目標ではなく、もっと特別なことをして生きていくしかない。
それは文化と呼ばれる、極めて評価のしにくい世界になっていく。
コミケの発展は、その人類の進化の一つの過程だ。

ちょっと話が変わるが、「パラダイス鎖国」の中で日本ではアメリカのような普通の人々の結び付きが弱いという指摘があった。
けれども、マンガなどの同人誌活動はむしろ逆ではないかと感じる。
コミケが50万人近くの人数を集めているのは、アメリカよりも日本の方が普通の人々の結び付きが強くなっていることではないだろうか。

話を戻す。
アマによる創作活動の展開は、今いったようにほとんどの人間が創作活動をすることで働いていく産業の変化の始まりだ。
たぶん、何らかの方法で現在アマである人間たちも、このことで食っていけるようになると私は信じている。
その仕組みがどうなるかわからないが、需要が存在し、供給があるならば、それを満たすシステムは必ずできるはずだ。
そのような産業システムへの変換の先駆けが初音ミク現象なのだ。

初音ミクは、そしてボーカロイドは着実に世界に広がりつつある。
日本語の歌という、世界の普及では負担になりそうなハンディを物ともせず普及しつつあるのだ。
サイトのVocaloidSubFanがその一端を示している。
日本人から見ると少し不思議だ。
日本語の歌を外国人が喜んで聞くというのは、なぜなのだろかと思う。
日本人でも外国語の歌を聞いて喜んでいる以上、不思議がないと言えばないのだけど、やっぱり不思議な気がする。
単に響きとかだけで、ボーカロイドの歌を喜んで聞くだけでなく、それを翻訳することで、意味を理解して聞き始めている人たちも多い。
そして、原語のまま歌おうとしている。

日本人もロックやジャズに魅せられて原語のまま歌っているのだから、それと同じ現象なわけだ。
けれども、それは世界的にも初音ミクが広がっていく現象の一つに見える。
そして、「歌ってみる」はニコニコ動画における、分野の一つであるように、アマによる創作活動の一端だ。
ここでも、初音ミクはアマによる創作活動の象徴として、世界に広がっている。

以上のことから、私は初音ミク現象を世界史上の事件として評価している。

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