異をとなえん |

日本の生産性が低い訳

2010.03.17 Wed

04:26:10

日本の生産性はG7の中では最下位をずっと走っている。
その理由を考えてみたが、仕事を分け合っているからではないだろうか。
先進国の貿易財の生産性がほぼ同じだとしたら、ある比率の人間が物作りに励むと、残りの人々はサービス業に従事することになる。
日米欧の三地域でその役割が微妙に違う。

日本では残りの人間をサービス業で全員働かそうとする。
だから、失業率が低く、その代わり一人当りの生産性は低くなる。
けれどもサービスとしての生産を国民は享受できる。
安全とか、気配りとか、そういうものだ。
サービス業自体は不安定なので、それに従事する人の失業の危険もあるし、残業も多くなりがちである。
サービスなんてものは捉え所がない。
そこで競争が激しければ、労働時間を多くして対応しがちとなる。
生産性も低くなる。

アメリカは競争が激しいので、サービス業の人たちも必死に働いている。
しかし、サービスの質の需要が少ない。
移民国家で気配りとかを理解できない。
移民国家なので英語をきちんと使えない人も多い。
高い品質は説明されないと理解できないだろうけど、その説明がわからない。
どうしても価格のみで判断してしまう。
結果日本だと吸収できる労働力が吸収できなくなる。
高い失業率が当たり前になる。
その代わり、その分だけ労働人口が減るので、生産性は高くなる。

ヨーロッパは日米とも違う。
日米は基本的に競争国家で失業すると生活が厳しくなる。
それに対して、ヨーロッパは福祉が充実していて、失業してもなんとか食えるようになっている。
そのため働かない人がけっこう多くなる。
アメリカと同じように、労働人口が減るので、生産性は高くなる。
ただ、アメリカと違って、制度的に競争を弱めているので、どうしてもサービスの質は低くなって、その分国民の利便性は低下する。
アメリカの場合は競争自体はあるのだから、高品質のサービスを享受したい人間はそれを手に入れているはずだ。

つまり、私が述べてきたのは、各国の国民総生産は貿易財の生産性で決まるということだ。
貿易財の生産性が同じだとすると、物的生産に従事する労働者の比率は同じになる。
たとえば、先進国では一人が十人分の物的生産をできるとしよう。
そうすると、ある国が10%以上の人間を物的生産に割り当てると、生産物はその国で必要な量を超えてしまう。
輸出をするしかないが、他の国も均衡しているからムリヤリ増やすことはできない。
ムリヤリ増やしても、その場合は輸出が多くなり、普通は為替相場が通貨高に向かい競争力が減退して輸出ができなくなる。
結局、だいたい貿易財の生産性に合わせた比率しか働くことができない。
もちろん、現実的には第一次産業、第二次産業の労働者の比率はかなり先進国でも違う。
ただ、この場合統計上の問題も大きい。
第二次産業に働いていると言っても、単純な労働者ではなくサービス的な仕事についている人も多い。
逆に第三次産業と言っても、世界で売れているソフトウェアなどは貿易財だから、むしろサービス業でないと言える。

なぜ日本の生産性がG7の中で最下位なのかを考えているうちに、こんな理論を考えついてしまった。
大雑把すぎて穴がありそうな気もするけれど、当たっている気もする。

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