異をとなえん |

アフリカの国々はなぜ発展しなかったのか - 武士の窮乏化とグローバリゼーション(その2)

2010.03.09 Tue

04:58:38

武士の窮乏化とグローバリゼーション」では、大雑把に言うと次のようなことを主張した。

経済成長とは、生産性の向上している部門から人々が流出し新しく生まれる産業に移動していくことだ。
生産性の向上している部門では、成長の不均衡によって必然的に格差が生まれる。
生産性が大きく向上している所は豊かになるけれど、生産性があまり向上しなければ停滞したままだ。
その部門の需要が飽和状態になれば、生産性が向上して、始めて今までの生活が維持できるようになる。
生産性が向上しなければ、生活水準自体が低下し始めて、最終的にはその部門から追い出されていく。
けれども、流出した人々が新しい産業に移動して、新しい需要を満たしていくことで経済は成長していく。

今回の記事では、国際貿易がある場合の経済成長について考えてみる。
そして、アフリカの国々がなぜ発展しなかったかの理由について意見を述べてみたい。

** 比較優位説

国際貿易があろうとなかろうと、経済成長が生産性の上昇している部門から人が移動していくことで起こることには変わりない。
成長するためには生産性の上昇が必要であり、どんな需要でも必ず飽和する以上人が部門を動いて移動することも当然である。
GNPが伸びても、一人当りのGNPが全然伸びないケースは本質とあまり変わりがないので無視しておく。
移動の自由が保障されている国家の中では、労働者の賃金は平準化していく。
それに対して、国家が存在している社会では、国家間の人に移動は簡単にはできない。
制度的な理由もあるし、言語や文化的に移動できない理由もある。
その結果、国ごとに生産性の格差が生まれる。
もちろん、生産性に最初から格差があるのが歴史的経緯だが、たとえ生産性が同じだったとしても、段々とずれていくことになる。

生産性に差があり、A国がB国に対して全ての面で生産性が上であっても、貿易することで相互に利益が得られるのが比較優位説である。
Wikipediaの比較優位を読むと、なぜ利益を得られるかは次のように書いてある。

引用開始

* 大国:ワイン1単位あたり労働者2人、または毛織物1単位あたり労働者6人で生産できる。
* 小国:ワイン1単位あたり労働者4人、または毛織物1単位あたり労働者8人で生産できる。

と仮定する。

この時、小国はどちらの商品においても1単位当たりの生産に多くの労働者を必要とするので大国より生産性が低い。逆に言えば大国は小国よりどちらも生産性が高いと言え、これを絶対優位と呼ぶ。この時点では一見すると小国の商品はどちらも大国に対して競争力を持たないように見える。しかし、比較優位の考えを持ち込むと小国はワイン生産において競争力を持っている。

このときの1単位当たりの機会費用は、

* 大国;ワイン1単位:毛織物1単位=1:3
* 小国;ワイン1単位:毛織物1単位=1:2

大国の市場での毛織物1単位の価格はワイン1単位の3倍で、小国では2倍だと分かる。すなわち、二国間での交換レートは、毛織物1単位に対し、ワイン2単位から3単位の間にあることになる。

また、生産費比率を見た時に、小国の方が毛織物を割安に作れる。これを比較優位と呼ぶ(逆に大国は毛織物生産において割高になり、これを比較劣位と呼ぶ)。小国は大国より毛織物の生産において機会費用が大国より低いので、毛織物を相対的に効率良く生産できるといえる。

次に関税がないこと(=自由貿易)を想定する。

現在、小国には200人の労働者がおり、100人がワインを、100人が毛織物を生産しているとする。生産状態は、ワイン:25,毛織物:12.5であり、これが現在の小国で消費できる商品数の限界である。

ここで小国が比較優位な毛織物産業に特化(200人全員が毛織物生産を行う)する。生産状態は、ワイン:0,毛織物:25となる。そして小国は増産した分の毛織物12.5単位を大国へ輸出し、ワインを輸入する。上述の交換レートを仮に毛織物1単位=ワイン2.6単位とすると、小国は32.5単位のワインを輸入でき、ワイン:32.5,毛織物:12.5と、特化する前に比べ毛織物の量は変わらず、7.5単位多いワインを手にすることができる。

同様に大国も600人労働者がいると仮定し、300人がワインを、300人が毛織物を生産しているとする。生産状態は、ワイン:150,毛織物:50である。ここでワインに特化し、375人がワインを、225人が毛織物を生産することとする。生産状態は、ワイン:187.5,毛織物:37.5となる。ここで先ほどの貿易を行うと、ワイン:155,毛織物:50となり、特化する前に比べ毛織物の量は変わらず5単位多いワインを手にすることができる。

ゆえに貿易を行えば両国に利益が生じる。
引用終了

比較優位説は静的に見れば、どう考えても成り立っている。
動的に見ても、つまり経済成長の前提で見ても、その一瞬一瞬を取れば成り立っているのだろうが、何に特化すべきかは、その国にとって大きな問題になる。
生産性の上昇しやすい先端産業に特化するのが有利だと考えやすいが、そうではない。
生産性の上昇する部門こそもっとも格差の拡大が激しいということは、国際貿易についても成り立つ。
その事を説明しよう。

たとえば、上記の例で大国の毛織物の生産性が1単位あたり労働者5人で生産できるに改善されたとしよう。
毛織物が生産性の上昇が高い部門であり、そして生産性の改善が大国に集中した例になる。
このときの1単位当たりの機会費用は、
* 大国;ワイン1単位:毛織物1単位=1:2.5
に変更され、二国間での交換レートは、毛織物1単位に対し、ワイン2単位から2.5単位の間に変更される。

最初の交換レートは毛織物1単位=ワイン2.6単位だったが、このレートでの交換はできない。
その結果、毛織物1単位=ワイン2.4単位の交換に変更されたとしよう。
そうすると、小国は毛織物12.5単位を大国に輸出して、ワイン12.5*2.4=30.0単位を輸入することになる。

貿易が両者にとって得であることは依然変わっていない。
小国は貿易をしない状態よりワイン5.0単位多く手にしている。
しかし、最初に貿易した時から手に入るワインの量は2.5単位減っている。
小国自体の生産性には何ら変わりがないのに貧しくなっているのだ。

** アフリカが発展しない理由

戦後の発展途上国の状況はまさにこのようなものだった。
最近話題になったアフリカの国々はなぜ発展しなかったかという最大の理由がこれだ。
第二次世界大戦前、植民地は農業中心のモノカルチャー型の産業構造を持っていた。
それが植民地から最大の利益を生む方法として、宗主国が押しつけたのだ。
そのような構造は、たぶん双方にとって利益を生んだことだろう。
比較優位説の教えるところだ。
そうしなければ、戦前植民地が発展していなかったことは間違いない。
だが、その構造は戦後大きな問題を起こした。

第二次世界大戦後農業は猛烈に生産性が向上していった。
アメリカは農業人口が総人口の40%ぐらいから5%以下に減少している。
生産物の量はあまり変わらないか、あるいは増えていると思うので、生産性は急激に上がったはずだ。
原因は機械化の進展、品種改良の効果、肥料の適切な供給などが上げられる。
緑の革命と呼ばれた、アジアでの耕地面積当たりの収穫量の増加も著しい。
明らかに戦後、農業の生産性は飛躍的に上昇したのだ。
また、ゴムや綿花、ジュートなどは、化学産業の発展によって代替品が生まれた。
合成ゴムやナイロンなどの合成繊維である。
こちらの生産性の向上も著しかった。

上で述べたように、生産性が激しく上昇している部門で生産性が伸びなければ絶対的にも貧しくなる。
農業の生産性の改善が急激に続き、なおかつ需要が飽和するならば、生産性の改善が遅い所は窮乏化する。
アフリカを中心とする発展途上国がその対象だった。
植民地時代、生産性の向上を動かすメカニズムは宗主国が担っていた。
独立後、その部分はほとんど失われたように思える。
生産性が上昇しなければ大きな問題ではなくとも、生産性が上昇し続ける時代においてはそれが致命傷になる。
その結果、アフリカ諸国は貧困にあえぐ事となった。

どうしたら良かったかは難しい。
農業にこだわらず工業化を進めるというのは、実際には困難だ。
農業に特化したのはそれなりの事情があったからで、その比較優位な産業を放棄して、新しい部門に移動して成果を上げるには、長い時間がかかる。
特に輸入代替を進めるために、保護政策を取れば生産性の向上はあまり期待できない。
インドやラテンアメリカの工業化が簡単に進まず、成長率が低かったのはそれが理由だ。

では、どうしようもないかと言うとそうでもない。
一番望ましい方法は農業の生産性を向上させることだ。
農業の負け組になるのではなく、勝ち組になればモノカルチャーの国でも成長は期待できる。
実際、ニュージーランドのような農業を中心とした国々でも、先進国並のGNPを維持している。
ニュージーランドは牧畜を中心に特化して生産性を上げ、国際競争に打ち勝ってきた。
だから、先進国としての地位を維持できた。
旧ローデシア、現在ジンバブエは、植民地に残った白人を中心として大規模農園で成長することができた。

しかし、発展途上国でそのメカニズムを発展させることは難しかった。
研究、教育、訓練あらゆる点で遅れていたと思うし、そもそも生産性を向上しなくては生き残れない事を理解できていたかも疑わしい。
結局、段々と生活水準を下げてゆくことで耐えていくしかなかった。

以上が私の考えるアフリカの発展しなかった理由である。
そして、ラテンアメリカや南アジアなどの農業主体の発展途上国の多くが発展できなかった理由でもある。
それらの国も先進国の農業の生産性の発展スピードに追い付けなかったのだ。

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277 アフリカの国々はなぜ発展しなかったのか(補足) - 武士の窮乏化とグローバリゼーション(その3)

前回の話でちょっと言い残したことがあったので、補足しておく。 アフリカの発展しない理由の中で、世界の農業の生産性が急激に向上した事が、アフリカが発展しない理由だと述べた。 けれども、これはアフリカの人々が全然努力しなかったと言っている訳ではない。 アフリカの人々は...