異をとなえん |

「素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦~」感想

2010.01.23 Sat

03:49:06

少し前にNHKスペシャルで「魔性の難問〜リーマン予想・天才たちの闘い〜」という番組を放送していた。
その番組を見て、リーマン予想とは何ぞやと思って、読んだ本がこの本だ。



テレビでは最初ゼータ関数が無限和で表わされているのだが、途中で何の説明もなく黒板で無限積に変更されていた。
疑問符が頭の中で激しく発生するのだが、その疑問に答えてくれる。

本自体は、偶数章が歴史、奇数章が数学という、構成になっている。
私は偶数章を飛ばして奇数章だけ何回も繰り返して読んでいた。
難しく半分も理解したとは到底言えない。
けれども、「ゼータ関数の自明でない零点は、全て実数1/2の直線上に存在する」という、全然意味がわからなかったリーマン予想の意味だけは明確にわかるようになった。

本の中での驚きは二つあった。
一つは、素数計数関数の計算式が既に存在していることだ。
100万にまで素数が幾つあるかと言うのは、素数を数える必要がなく、ゼータ関数の零点を含んだ計算式を使えば求めることができる。
素数の個数という計算で求められると全然思えないような物が、実際に計算できるというのは神秘的である。
解析的数論という数学の一つの分野が生まれるのも当然に思える。

もっとも計算量が減るのかどうかは、よくわからなかった。
100万までの素数の個数を正確に求めるには、100万までの素数を数えるのと同じくらいの計算量分だけゼータ関数の零点を求める必要がありそうな気もする。
ゼータ関数の零点は無限にあるので、計算は無限に続く。
しかし、答えの素数の個数は整数なので、ある程度まで計算すると整数値が定まる。
もっとも計算自体には別に意味がないのかも知れない。
素数の問題がゼータ関数と結びつく所が重要なのだろう。

もう一つの驚きは素数計数関数と対数積分の大小関係が、とてつもない数の大きさで逆転することだった。
当時の数学者も驚いたらしいが、私にも驚きである。
数なんて大きくなっても、たいして変わらないと思っていた所にとんだ不意打ちだ。
とてつもなく大きい数では、本当にとてつもない事が起こっているのだ。
世の中はあなどれない。

リーマン予想自体の美しさはよくわからない。
なんとなく感じたのは特に直線上に並ぶ理由がないように見えることだ。
だからこそ、美しいのかもしれない。
そして、成り立たない可能性もあるというのが凄い。
今のコンピュータでは到底計算できない彼方に変なことが起こっている。
そこでリーマン予想が成り立たない世界があったとしたら、それは丸いと思っている地球が平面だとわかる瞬間かもしれない。

本を読んで思うのは数学教育の疑問だ。
数学はかくも美しいのに、なぜ数学の授業は個別の問題を一つ一つやらせるのだろうか。
数学は難問の解決を目指して発展してきたのだから、難問の提示があり、それを解決するための技として数学を教えていけば、ずっと興味深く勉強できたのにと、今になって思う。
複素平面はついに学校では学ばなかったけれど、三角関数なんて複素数と組み合わさなければ魅力が半減してしまうのではないだろうか。
なんか一番おいしい所を食べそこなった気がする。

NHKスペシャルを見てリーマン予想に興味を持ったのだが、チンプンカンプンだった人には絶対のお勧めである。
高校レベルの人でも、なんとなくは理解できる。
フェルマーの最終定理の本が全然わからないままだったのとは対照的だ。
図書館に本を既に返してしまったので、感想を記事にするのをやめようかと思った。
けれども、その魅力をどうしても語りたくなってしまった。
数学は素敵だ。
全然わからなくても心魅かれる。

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