異をとなえん |

コメントは賛否の意思を明確に

2010.01.21 Thu

16:48:20

「初音ミクと外国人コレクション」
へのコメントへの回答ですが、長くなったのと一般的な文章コミュニケーションの問題を含んでいるので記事としました。

Cicadoideaさん、コメントありがとうございます。
管理人のみへのコメントとなっていますが、公開を前提としている文章に見えるので投稿ミスだろうと判断して公開します。

下記がCicadoideaさんのコメントです。

引用開始

はじめまして。Cicadoideaと申します。
で、この話なんですが、日本には昔から映像(絵画)の文化が有ったと思います。
これ、映画の話になって議論の場になっちゃうんで、あまりいいたくはないんですけど。
結論で言えば、日本人は古くから有る映画を捨て、ハリウッドテレビに移行していったんだと思います。
これが顕著にわかるのは、1985年あたりからだと記憶してます。
このコメは私がイチイチレスしないので、反論有る方は気長に待ってください。
引用終了

私がブログに書いた記事では、欧米人が日本人の作った欧米を舞台にしたCMを見たら、
日本人がタイ人や台湾人の作った日本を舞台にしたCMを見るような違和感を感じるのかが、一つの疑問でした。
たぶん、Cicadoideaさんのコメントは違和感を感じないと言う意見だと判断しました。
その理由は日本には映像の文化があったからだと思うのですが、実は意味がよくわかりません。
日本人は映画や絵画を作った経験があるから、微妙な映像の差異を判断できるという意味でしょうか?

次の「日本人は古くから有る映画を捨て、ハリウッドテレビに移行」という部分は全然出てくる意味がわかりません。
「日本には昔から映像(絵画)の文化が有った」という意見と、どうつながるのでしょうか?
映画もテレビも映像の話だから、この文脈で出てくる場合は何も変化がないという事実だと思います。

そんなわけで、Cicadoideaさんの意見は私にはほとんどわかりません。
文章でのコミュニケーションはなかなか難しいと本当に感じます。
私も自分の記事を読み直してみると、何を言わんとしているのか判断しにくい文章が多いと常に感じます。
たぶん、多くの人もそんな風に感じている気がします。
そんな時、この部分は何を言っているのかわからないとかいうコメントをしてくれたらと思います。
全部わからないという意見は勘弁してください。

文章のコミュニケーションの難しさは、全体としての意見の賛否がよくわからないことです。
普通の会話の場合、全身の表現を使ってなんとなく賛成か反対かの意思がわかります。
文章の場合はどうもそれが明確でなくて、理解するのが難しいです。
2ちゃんねるのコメントがそれなりに理解しやすいのは、
あるコメントに対する賛成反対の判断が明確に示されていることが多いからでしょう。
賛成するか、反対するかが明確に示されないと、受け取る方ではどう判断していいか本当に困ります。

ちょっと話がずれますが、現在放映しているアニメ「天体戦士サンレッド」の中に出てくるヘルウルフというキャラクターは「おまえ ころちゅ(殺す)」と、「おまえ ちゅき(好き)」という、二つの言葉しかしゃべりません。
表情は全然変わらないキャラクターなので、受け手はそれだけではコミュニケーション困難です。
しかし、実際には言葉として賛否の意思が明確にわかるので、それなりにコミュニケーションできます。
賛成反対、あるいは肯定否定の意思が明確に示されれば、意見を聞きたがっている方としては十分有り難いわけです。

逆に言うと、書く方もあいまいな書き方は避けなくてはなりません。
前の記事はそう言う意味で落第です。
自分の意見はこうだと言うのが明確でないと、コメントをつける方も賛否の示しようがありません。
遅ればせながら書いておくと、前の記事では、欧米人が日本人の作った欧米を舞台にしたCMを見たら、
日本人がタイ人や台湾人の作った日本を舞台にしたCMを見るような違和感は感じないだろうと言うのが私の予想です。
タイトルに「コメントは賛否の意思を明確に」としたのだから、そのようなコメントをつけられるような文章を書かなくてはいけません。

Cicadoideaさんのコメントをネタにしてコメントについての要望を書いてみました。
Cicadoideaさんのコメント自体は元の文章が明確でないのだから、賛否をつけられるわけがありません。
それなのに賛否を明確にしてくれという要望の記事に使って申し訳ありません。

私はできるだけ主張が明確の文章を書きたいと考えています。
ですから、コメントもまず賛成か反対かの意見を最初に書いて欲しいです。
コメントだけではなく、文章によるコミュニケーションでは意見の明確さが一番重要だと感じます。
もっとも、理屈だけの文章ではなく、感情を主体にするような文章はまた少し違うのかもしれません。
私はそこらへんの理解が不十分な気はしますが、理屈を主とする文章が多いと思うので勘弁願います。

それでは。

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURLはこちら