異をとなえん |

武士の窮乏化とグローバリゼーション

2010.01.15 Fri

17:08:56

歴史の教科書の江戸時代の部分を読むと、「貨幣経済の普及につれて、武士の窮乏化が進んだ。」なんて記述が見られる。
私は高校生の頃、あまり納得できなかった。
貨幣経済の普及というのは、いろいろな贅沢品を貨幣で買うことができるようになったと理解していたと思うが、自分の収入に見合わない商品を買って貧乏になるというのは自業自得だと考えていたものだ。
商人たちが贅沢な暮しをしていたって、それは自分たちの生活とは直接関係がない。
見栄を張って身分不相応な暮らしをしたら、破滅するのは当然だ。
だから、幕府が贅沢禁止令を出すのは、武士が商人たちに見栄を張ろうとするのを止めるためだと考えていた。
せせこましい政策に見える。
けれども、経済学的に考えると、「貨幣経済の普及につれて、武士の窮乏化が進んだ。」という表現の意味がわかるようになった。
あるいは、もっとわかりやすく説明できようになった。
その話をしてみたい。

江戸時代、「日本文化の原型」の紹介でも述べていたように、生産性が大幅に改善されて人々は豊かになっていった。
それなのに、武士は貧しくなっていったし、東北では大飢饉も起こっている。
それはなぜなのだろうか。

武士が貧しくなっていったのは、収入が増えなかったからだ。
武士の収入は年貢だが、江戸時代の最初の頃は米の半分を徴収するのが普通だったらしい。
「五公五民」と呼ばれるものだ。
しかし、それでは豊作不作によって収入が上下することになる。
それは不便だし、何よりも米の生産量の調査の手間が大きい。
年ごとに一定の量の米を収める方法に変えれば、量が一定になって処理しやすくなる。
取り分もその時点で六四とかならば、武士にとっては得だ。
農民も生産量が前と変わらなければ、不利なだけだが生産量が増えれば有利になる。
年貢の量が一定ならば、それ以上に取れた分については全部自分の収入になるからだ。
だから、その方がシステムとしては、うまく出来ていて、次第に年貢を収める方法はそちらに移行していった。

生産量が増えれば増えるほど、農民の生活は豊かになるので、いろいろと工夫して米の生産量はどんどん増えていく。
国民全体が消費できる量を越えるほどまでに増えていったのだ。
問題なのは、米価が下がってきたことだった。
社会全体としては、生産量が増えること自体はいいことだ。
価格が下がれば、その分消費量は増えていく。
たとえば米の場合だったら価格が安くなることで、米が食べられる人は増えただろうし、米を原料とする清酒の生産量も増えていった。
それでも消費できないならば、生産量を一定に抑える力が働き、労働力が別の分野に向かうことになる。
江戸時代だと、そのような労働者は江戸や大阪に働きに行くようになり、新しい需要を生産する方面に向かうことになった。
農家の次男や三男が江戸に丁稚奉公に行って働くという話だ。
経済が成長すれば、余剰労働力は別の生産を始めるので、段々と生活は良くなっていく。
農民、職人、商人の生活は良くなっていったわけだ。

しかし、そうならない人たちもいる。
武士がその筆頭となる。
武士はその収入を米に換算される年貢として受け取っている。
昔は米だけでなく、他の農作物や労働力自体も提供され、それだけで生活を賄っていった。
豊かになるにつれて、支配している農村だけでは必要となる商品が足りないので、他の地域と商品を交換することによって、生活するようになる。
他の地域と商品を交換するには、共通の通貨があった方がいい。
その結果、年貢の徴収を米だけに絞り、その米を売却して、他の必要となる商品を手に入れる方が合理的となった。
つまり、貨幣経済の普及というわけだ。

この状況で米価が下がれば武士の総体としての収入は減ってしまう。
上に述べたように、受け取る米の量は一定になっているのだから、これ自体で生活が苦しくなる。
もう一つの問題は、米価が下がると同時に、他の価格が上がることだ。
米価が下がっているのは米の収穫量が増えていることだから、一人当りで見ると米生産は増加しているわけだ。
この時代は米自体が通貨みたいなものだから、現代で言う一人当り国民総生産が増えているのと同じことになる。
そして、一人当り国民総生産が増えているということは、個人の給料が増えていることであり、そのため他の商品の価格は上がっていく。
この場合、他の商品というのは生産性の上昇がないにも関わらず、需要が変わらない商品ということだ。
具体的に言うとサービス業である。
農業工業の生産物が大量生産によって、大幅に価格が下落するのに比べると、サービス業は生産性がなかなか上がらない。
そして、需要も大きくは変わりにくい。
もちろん、生産性も需要も変わりにくいだけで、長期間だと変動するのだが、ここでは固定として考えておく。
そうすると、労働者の賃金が上昇すると、それに連れてサービス業の価格も上昇することになる。
サービス業は卸売小売業を含んでいるのだから、つまり全ての商品の価格が上がるということだ。
日本の高度成長時代に賃金が急上昇しているから、諸物価が急騰していたようにだ。

ここで江戸時代の武士の話に戻る。
今言ったように、江戸時代は生産性の上昇によって、賃金は上昇していたと思われる。
そうすると、武士の収入は米価の下落によって減少し、支出は賃金の上昇による諸物価の高騰によって上昇していくことになる。
窮乏化するのは当然だろう。
もちろん、武士が収入源たる米だけで暮すならば、支出は増えないが実際には米だけで暮すわけにはいかない。
衣食住の衣と住は金を払っていくしかない。
食だって米だけで暮せる人はいない。
おかずだって必要だ。
そんな訳で武士たちは貧しくなっていった。
ここで重要なのは、武士の生活が相対的に窮乏するのではなく、絶対的に窮乏することだ。

それでは、これを改善するにはどうしたらいいのだろうか。
一番に思いつくのは、収入を増やすことだ。
けれども、これは簡単には行かない。
収入を増やすのは年貢を増やすことだけれど、当たり前だが農民は反対する。
何らかの得がなければ、はいそうですかと納得するわけがない。
実際、徳川吉宗は年貢を増やそうと税率を上げたために、膨大な一揆を招いた。
当たり前だが、武士が年貢を徴収する最大の理由は、国の安全を保障してきたことだ。
戦国時代、日本中が乱れた当時は、武士たちが必要であり、農民たちもそれを究極には納得してきた。
だから、年貢を取られても我慢したのだ。
しかし、江戸時代は日本にずっと平和が続いた時代だ。
誰からも攻められる危険性が身近にないのに、安全保障の費用を上げようとしても納得してくれるわけがないのだ。
そのため、年貢を増やすという方法はうまくいかない。

そうすると、武士の窮乏化を解消するには、米価の維持を図るとか、米以外の商品の値上がりを抑えるとかいう方向になる。
しかし、米価の維持は難しい。
吉宗は米将軍と言われるようにいろいろと対策をほどこしたみたいだが、市場で取引されるものは生産量が増えれが価格は下落するに決まっている。
それでも価格を止めようとするには、農民に作らないようにさせるしかないが、そんなものを聞くわけがない。
市場においては、価格が商品の生産費用を上回っているならば、その農民たちは作り続けるに決まっている。
生産を止めるには強制するしかないが、それは収入を減らすのだから、結局は一揆の道だ。
現代日本みたいに減反する人には補助金を出すなどと言うのは、そもそも政府の収入が農村からの収穫に頼っていないから可能なのであって、農村からの収入に頼っている幕府にそんなことができるわけがない。
よって、米価は下がり、武士の収入は下がったままである。
しかし、理屈から言って、あまりにも米の値段が下がれば、作っている農民にとっても得はなくなる。
消費できる以上に作っても仕方がない。
そこで、生産費用が米の価格を上回る農民は生産を減らし、米価はある程度で落着くことになる。
豊作不作による変動はあるけれど、無視できる程度だ。
東北の飢饉とかいう話もあるけれど、これは別の話なので後で説明する。

武士は年貢による収入が大幅に低下するが、ある程度の所で落ち着いた。
このままなら、なんとかなるかも知れないが、そうはうまくいかない。
米以外の商品の価格は上昇するからだ。
正確には労働の賃金の上昇をそのまま反映するしかない商品だ。
普通の労働者の場合は経済が成長することによって、賃金が上昇するから物価が上昇しても困らない。
けれども、武士は収入が増えようがない職業なのだ。
困窮するのも当然ということになる。
仕方がないので、ドラマに出てくるのような傘張りのような内職をして、なんとか暮していくしかなくなる。

そうすると、武士の窮乏化は当然だが、彼らは社会の上層階級であり、他の方策を探すことになる。
その一つが贅沢禁止令だ。
今言ったように、物価が上昇する原因は賃金の上昇であり、賃金が上昇するのは生産性が上昇しているからだ。
だったら、物価の上昇を止めるには生産性の上昇を止める、つまり生産量を増やさないようにすることだ。
つまり贅沢を止めることだ。
贅沢禁止令は儒教から出てくる政策で、単なるねたみだと思っていた。
けれども理屈はあるわけだ。
贅沢禁止令によって需要が増えなければ、生産が増えない。
農村から出たきた人たちも、仕事がなければ失業状態で賃金は上がらない。
物価も上がらないことになる。

しかし、誰が考えてもこれは無理な政策だ。
より良い生活を求める人々の欲求を止めることはできないし、そもそも贅沢品を作っていて失業した人たちの暮らしはどうするかという話もある。
贅沢禁止令をかいくぐる方法は、いろいろあるし、第一武士自体だって贅沢はしたいのだ。
そういうわけで、結局なし崩しになって、武士の窮乏化は続くことになる。

これをどう改善するかは明白で、武士の仕事が治安保障で、実際治安に問題がないならば、武士という数を減らすのが一番になる。
でも階級として武士から落ちるのは難しい。
困ったなという所で、明治維新を迎えるわけだ。

武士の窮乏化自体はある意味自業自得なのだが、悲惨な所もある。
東北の大飢饉はその表れだった。

** 東北の大飢饉

天明の大飢饉は田沼時代に起こった飢饉だが、東北を中心に多数の餓死者が出たと伝えられている。
江戸時代、生産性が上昇していたならば、なぜこのような飢饉が起こったのだろうか。
もちろん、天候自体の問題はある。
江戸時代は寒くなっていったと言われるから、米の不作も止むを得ないかもしれない。
けれども、日本全体として長期に見れば生産量は増加していたと思うので、それは本質的な理由にはならない。

本質的な理由は成長そのものにある。
私は米の生産量が江戸時代飛躍的に伸びたと考えている。
大量の米が大阪で売られ、それが江戸に出荷されていた。
米相場が成立し、米価に一喜一憂する人々も多くなった。
米の大量生産で米価が下がれば、農民の収入は減る。
量をより多く作ることで、米価の下落による収入の低下を防げるところはいい。
そうでない所、生産性があまり上がらないので量自体は同じくらいしか作れない所は、米価の下落の影響をもろに受ける。
たぶん、東北の農村がそれにあてはまったのだ。
本来というか、普通に考えれば、別の仕事を探すのが一番いい解決方法だ。
けれども、東北の農家はそう簡単にはいかない。
まず、年貢は米で収める必要がある。
武士は米で収入を確保している以上、農民に米作りを放棄されたら、即困ってしまう。
だから、何がなんでも農民を土地に縛りつけて、稲作をさせる必要がある。
けれども、農民はそれでは収入が減っていくので、段々と貧しくなってしまう。
貯蓄も段々と減っていくだろう。
その状況で不作が起これば、他の所から米を買うこともできない。
飢饉が発生することになる。

その地に留まって、米以外の農作物を作るとか、特産品を作るとかするのはどうだろうか。
これは、東北の藩の藩政改革で実行したことでもある。
でも、稲作自体で労働時間を多く取られていたら、転換も難しい。
他の農作物も寒冷化が進むような状況では難しいし、手工業のような事も生産地や消費地からは遠く離れている。
その時代の生産地は京都や大阪を中心とした近畿だろうし、消費地では江戸だろう。
技術を習得したいといっても、この時代の遠距離はそれ自体伝播が困難な話になる。
結局、人が移動していくのが一番いいのだが、武士が許さない。
その結果、飢饉による強制的な人口減少による解決が実行される。
成長による格差の発生の悲劇だ。

** 成長のメカニズム

経済が成長するというのは、次の二つの仕組みが動いていることだ。
一つは、生産性を向上させた部門の人々の収入が増えるので新しい需要を生み出すこと。
もう一つは、生産性を向上させた部門で余った人々が、新需要のための労働者に配置変換されること。
これ自体が格差だといっていい。
生産性が向上している部門から追い出される人々は、今までの技能がふいになるのだから、簡単には承知しない。
ギリギリまでがんばる可能性が強い。
それはどんどんと貧乏になっていく過程だ。
どん底まで落ちると仕方がなく、新しい世界を求めていく。
新需要を作り出している部門は、新たな希少価値を生み出している部門なのだから、一番儲かる所だ。
そこへ転職しようとするのだから、格差は際立つことになる。

そして、そもそも転職できるかどうかわからない。
新しい需要は新しい技能を求める。
マッチングすることもあるし、マッチングしないこともある。
そうすると、マッチングしない人は今までの職業の中で下層の仕事に転ずるしかない。
それは辛い話だ。
格差社会という話になる。

成長のメカニズムは現在にも働いているし、その中で人々は生きている。
グローバリゼーションと呼ばれる現象もその一部だ。
武士の窮乏化とグローバリゼーションによる格差の問題とが、本質的に同じ話だということを書こうとしたのだが、そこまでたどりつかなかった。
その説明をこの次にしたい。

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