異をとなえん |

アメリカ企業の何が間違っているのか?

2009.09.19 Sat

05:42:44

アメリカ企業の経営方法、
新興諸国に工場を持っていって、アメリカ本国の従業員の首を切る方法には、
大いに問題がある。
私には最終的にアメリカ自体の力を削いでいくと思う。

経済学的には、ある意味正しい。
コストの高い従業員を切って、コストの安い従業員を雇う。
企業の利益は増大する。
首を切られた従業員も、生きていくのだから、どこか他で仕事を見つけるはずだ。
前いた仕事よりは安いかもしれないが、新興諸国での賃金よりは高い。
もし安くなるのならば、前いた仕事でも賃金を下げられたはずだからだ。
アメリカ自体の利益は増加する。
労働者の賃金が減った分は企業の利益が上昇することによって補われる。

この経営が正しかったことは、世界の成長率がずっと高かったことに現れている。
中国に進出した企業によって、中国は高度成長を達成した。
中国の労働者の所得が顕著に改善したことは、中国の人口が世界一であることを考えれば、
間違いなく世界全体としての格差を縮小していったことだろう。

しかし、アメリカの労働者たちはどうだろうか。
労働者の賃金は企業が生産を新興国に移すことによって、
新興国の労働者の賃金に近づいていく。
つまり、
アメリカ国内では経営者と労働者の間の格差が開くことにつながるのではないだろうか。
今までは、この問題を住宅と株式の価格上昇によって、ごまかしてきた。
労働者は資産の価格が上昇することで、賃金の下落に耐えることができる。
けれども、資産価値の上昇という魔法が解けてしまえば、
労働者の所得は増えなくなってしまう。
それは結局、アメリカ自体の成長の低下を招くだろう。

それでは、アメリカ企業は工場を新興国に移すべきではなかったのだろうか。
いや、そう主張したいわけではない。
アメリカ企業の労働者をもっと活用して、その優位を利用しなくてはならないのだ。

先進国の労働者が新興国の労働者に比べて有利な点は、
他の何よりも所得の高い人たちに近いことにある。
距離が近い意味もあるし、精神的に近い意味もある。
科学技術や経営などの点で、先進国は新興国を圧倒しているが、
それらによって先進国と新興国の所得格差が生まれる。
それら優れた人たちをサポートする仕事は、先進国の労働者にしかできない。
アメリカ人の食事を作ることは、中国人にできないし、
アメリカ人の楽しませることは、その文化を知らない中国人には難しい。
企業の経営と関係なく、
そのような点でアメリカ人の労働者は中国人の労働者より高くなっているはずだ。
しかし、それでは十分ではない。
先進国の労働者が新興国の労働者に比べて、
はっきりと生産性に差をつけるような方法で企業を経営する必要があるのだ。

先進国の労働者が新興国の労働者に生産性に差をつけるはっきりとした方法は、
チームとして働くことだ。
実際の仕事は、本当の意味で利益を上げている仕事ばかりではない。
製造業については詳しくは知らないが、
ソフトウェア産業だとプログラムを書くだけではなく、
他の細かい仕事が山のようにある。
仕様を確定するための顧客との折衝、
チームで作業を分担するためのコミュニケーション、そしてそれに付随する雑用だ。
コミュニケーション作業は本当にありとあらゆる細かい雑用を生み出していく。
会議一つをするにしたって、
会議室を取らなくてはいけないし、会議時間を調整しなくてはいけない。
遠くの人と打ち合わせをするならば、移動することも必要だ。
ある意味誰でもできるような仕事だが、それでもやらなくてはならない仕事である。
これらの仕事を円滑に実行することは、チームの生産性に大いに影響を与える。
そういう意味でチームがまとまっていくことは重要なのだ。

このようなチームは簡単には作ることはできない。
簡単に交換可能な労働者では対応することができない。
チームは長年組み、気心をわかりあうことによって、しっくりと動いていく。
先進国の労働者が新興国の労働者に優る部分はここにある。

だから、アメリカの企業がチームとしての労働者を拒否し、
交換可能な労働者としてしか存在価値を認めないとすれば、
それは自分たちの生産性の優位を自ら否定するものだ。
アメリカ企業の経営の問題点はここにある。
日本企業の場合、共同体としての企業を意識することによって、
チームとしての生産性を維持しようと頑張っていると思う。
最終的には、それが生産性の上昇を生み出す。

現在日本においても、同一労働同一賃金と同じ仕事をしているならば、
正規労働者も非正規労働者も同じ賃金を貰えるようにすべきだという意見が多くある。
私には疑問である。
今の時代に同一などという労働が本当にあるのか。
それは常に微妙に異った労働ではないのか。

人に仕事をさせるのは難しい。
そこまでの段取りをすることこそ、最大の仕事なのだ。
正規労働者だったら、ある程度無理がきく。
コミュニケーションの不十分な点を、なんとかカバーしてくれる。
その点で非正規労働者とは全然違う。
それが賃金の格差を生み出している。

企業のリストラなどによる、業態の変換も同じことだ。
一つのチームとして楽しく仕事ができれば、生産性はずっと高い。
気心の知れた仲間ならば、コミュニケーションはうまくいく。
よく知らない人たちの間に入った時、心細くなるのは普通のことではないか。
その結果の気後れなどが、仕事をうまく進ませないのだ。
企業から簡単に首を切られれば、人は新しい仕事に適応するのが簡単ではない。
チームとして一緒に変わっていくことで、生産性を高く保つことが可能になる。

アメリカ企業が簡単に労働者の首を切り、
交換可能な部分しか価値を認めないとしたら、
結局現在の時代の人間の付加価値の多くの部分を捨て去っていることだ。
それは最終的にアメリカ自体の没落を招く。

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