異をとなえん |

変革期のリーダーシップ

2009.09.11 Fri

03:38:18

昨日、一昨日と鳩山次期首相のリーダーシップに疑問を呈してきた。
そして、鳩山政権は長くないという結論に至った。
そうすると、変革期の望ましいリーダーシップが問題になる。
それについて考えてみた。

変革期のリーダーシップは平時よりもずっと困難だ。
いや、平時の指導者には、ある意味リーダーシップは必要ない。
先例に則って指示を与えていけば、それで事足りる。
先例通りではうまくいかないからこそ、変革期なのだ。

日本における変革期というと、明治維新が挙げられる。
未来をほとんど見通せない大混乱の中、
指導者たちはどうリーダーシップは発揮し国を率いていったのだろうか。

まず、彼らは何の権威の裏打ちもなかった。
天皇という権威が、一応の裏打ちではあったが、幼少ではあり、
特にこれといった指示が出せるわけでもない。
政府から少し離れれば、民間は服してくれる。
でも、政府の内情を知っている人間たちは、簡単に従う気にはなれない。
さらに、政府内部の秩序を決定するシステムはない。
誰が上司になり、誰が部下になるのか。
一番上が決まれば、順番に決まっていくとは言えるが、
一番上をどうやって決めるのか。
天皇は幼少で指定できない。
結局、発足時は三条実美という今までの流れからの、
指導者をおきそのまま動いていく。
ただ、三条実美はそれほどリーダーシップを振るう人ではなく、
結局、その下をどうするかという問題はそのまま続いていく。

戦後の政府は、混乱期とはいえずっとましだ。
選挙によって、勝った方が首相になり、権威となる。
政府内では首相の指示に従う。
首相がリーダーシップを発揮するかという問題はあるが、
権威は疑うべくもない。
リーダーシップを振るえない、無能の政治家は選挙で降ろされていく。

それに対して明治維新の時の指導者たちは違う。
彼らは最初薩摩長州の藩に基いて、中央政府を組織した。
しかし、古い藩制度が改革の邪魔であることを悟ると、藩制度を否定し、
独自の制度を打ち立てようとする。
けれども、藩制度を否定すれば、
彼らが中央の指導者であることの根拠を失なう。
ほんの少し前には、藩の中の下級武士でしかなかった彼らの指示に、
どうして服さなくてはならないのか、

彼ら中央政府が権威を持っていた最大の理由は、
たぶん誰も変わりうる人がいなかったからだ。
外国との交渉を通じて解決すべき問題は山積している。
その中で個々の問題を解決する能力を持っている人間は、
それだけで力を振るうことができた。
誰もやる人がいないのだから、それを認めるしかない。

小さい問題はそうやって解決もできる。
しかし、大きな問題、
全体としての整合性を必要とする問題はそういうわけにはいかない。
政府全体での意思を決定する必要がある。
そのためには指導者を決定しなければならない。

最初から述べているように、指導者を決定するシステムはない。
それでは、どう決めたかというと、
未来に対する道しるべを指し示すことによって、
自然と指導者になるべき人が決まったのだと思う。
明治維新の時の指導者と言うと、大久保利通が第一に挙げられるだろうが、
彼は未来への構想を持ち、
それを中央政府内部の人間たちに信じさせる力を備えていた。
だから、指導者として力を振るえたのだ。
もちろん、構想自体を自分が考え出す必要はない。
アイディアを他人から借りて、それを自分が納得し、信じればそれで良い。
そして、その信念を他者にも吹きこみ説得することができれば、
指導者として活躍できることになる。

指導者として認められても、それで終わりではない。
変革時には新しい問題は次々に湧き上がってくる。
その問題に対し、
最初に打ち出した未来への構想に沿って解決することによって、
指導者は自分の信念の正しさを確認し、従う人々は支持を新たにする。
逆に、正しく問題を解決できなければ、
そもそも自分のやり方が正しかったかの迷いを指導者は持つだろうし、
従う人々も疑念を持つことになる。
つまり、時間が経つにつれて、指導力は強化される場合もあるし、
強化されない場合もある。

問題は強化されない場合だ。
個々の問題をうまく解決できないことによって、未来への構想に疑念が生じ、
指導力が揺らいでくる。
現実と未来構想の差がたいしたものではなく、
指導者の信念が揺るがない場合は、普通はそのまま動いていく。
信念を持っている指導者には人々はついていくものだ。
ただ、現実と構想の差があまりにも大きくなれば問題になる。
指導者が信念を持って指示を下せるのは、
未来への構想が正しいと自分で信じている場合だから、
それがうまく行かないことで信念が揺らいでくる。
指導者が信念を失なえば、その時点で降ろされてしまうだろう。
指導者が信念を持っていたとしても、
現実と構想との齟齬があまりにも大きくなれば、
支持者が離反し指導者として失格となる。

明治維新の時の指導者は西欧にならうことによって成功した。
今回の民主党政権はどうだろうか。
かなり大きな改革が必要だと思うが、
鳩山次期首相にはその改革の確固たるイメージを持っているように見えない。
信念がない指導者は人々から足元を見られ、畏敬されることがない。
再三述べているが、鳩山政権は長くないと思う。

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