異をとなえん |

ケータイのガラパゴス化は日本語の特異性が原因?

2009.06.19 Fri

03:20:37

私は日本の特異性は次の3点だと思っている。
一、平和国家であること
一、異民族に征服されたことがない階級がない社会
一、表音文字と表意文字を組み合わせた文字表記体系

世界のほとんどの国が、多くの基準の組み合わせによってしか、
その国の独自性がないのに対して、
三つもの基準で独自であるという日本はやはり変わっている国だ。
たとえば、アメリカならば、英語圏、キリスト教文化圏、共和制などが、
その国の独自性だろう。
ただ、これだとカナダやオーストラリアと区別ができない。
実際、アメリカ人とカナダ人の区別は簡単にできないと思う。
アメリカは世界一の軍事大国とか、
世界最古の民主主義国家とかを入れて個性を出すのだろうが、
それらが具体的にどんな個性になるのか難しい。
また、本質的な違いを問うならば、
英語とスペイン語が違うというのはどういう意味を持つのかとか、
キリスト教とイスラム教の違いはどうかとか、問う必要があるけれど、
そこまでいくと分類も難しいし、たぶん何かはあるのだですませるしかない。

そうすると、三つもの本質的な違いを持つ日本というのは、個性だけはある。
本質から派生する日本語圏とか、神道とかも差異に加えたらきりがない。
ただ、この差異も私は少しずつ減少していくと考えている。
一番目の平和国家というのは、「世界は日本化へ向かう」で主張しているように、
他の国も段々そうなってくる。
二番目の階級がない社会というのも、建前では世界の他の国もそうなっているはずだし、
現実も少しずつ移行しているように見える。
そうすると、日本の特異性として、ずっと残ると思われるのが、
三番目の表音表意文字を併用した表記体系だ。

よほどのことが起こらない限り、これは変わらない。
実際あり得るとしたら、世界の他の国が日本を支配して強制的に変更させるくらいだ。

こんなことを考えたのは、下記のケータイの記事を読んだからだ。

フルタッチ携帯になじめない日本ユーザーの「ガラパゴス」現象


 しかし、日本ではユーザー側がフルタッチパネルの機器を敬遠する傾向が強く(iPhoneユーザーの一部を除く)、日本で製品を投入するからにはどうしてもテンキーも載せざるを得ない状況にある。

 日本ではメールの利用が多いだけに、「文字入力はテンキー」という使い方が求められる。世界がフルタッチパネル化の流れを加速していくなか、日本メーカーはテンキーを併用するユーザーインターフェースの呪縛から逃れられないのだ。ユーザーの利便性を考えれば、テンキーは必須ともいえる仕様になっている。

 昨今、日本の携帯業界は「ガラパゴス」と言われているが、技術やサービスの面ではガラパゴスではないだろう。むしろ、日本が世界をリードしている状況であり、確実に世界が日本を追いかけている。

 しかし、ユーザーの「使い方」においてはガラパゴスになってしまっているのかもしれない。10年以上もテンキーでメールを打ち続けてきたことで、日本人は「テンキーで文字を打つ」という独自の進化を遂げ、逆に世界のトレンドであるタッチパネルに適応できなくなってしまったのだ。

 メール文化によって生態系が世界とは異なってしまったのかもしれない。日本でフルタッチパネルのケータイが一般に広く受け入れられる日は来るのだろうか。


日本ではメール文化が特異だから、
フルタッチパネルのケータイを使わない結論になっている。
日本の「ケータイメール」好きは特異例!? アジアの若者たちの携帯電話利用傾向をグラフ化してみる
を見てみると、確かに日本はケータイメールを他の国に比べて使っている。
しかし、他の国もテキストメッセージは使っている。
そうすると、ケータイメールとテキストメッセージの違いはなんなのだろうか。
私はどちらも使ったことがないので、その差異が具体的には、わからないが、
メールもテキストメッセージも、テキストを送信しているだけと思えば、
本質に変わりはないはずだ。

しかし、フルタッチパネルを日本のユーザーが拒否していることや、
携帯電話で見る日韓文化考
で見るように、電話として使う方が海外では多いと思えば、
やはりテキストを送信する需要自体が日本では他の国より大きいのだと思う。
フルタッチパネルは、
少量ならともかく大量のテキストを打込もうとしたら全然向いてないように見える。

それでは、なぜ日本でメール文化が普及したのか。
それは、表音表意文字を併用した表記体系の読みやすさが、
日本に大量の字を読む文化を育んだからだ。
読みやすければ需要も増え、その結果供給も増える。
そういう循環が生まれているのだと思う。

表音文字の文章というのは、読みにくい。
私が英語ネイティブでないから、読みにくいのではないかと疑うけれども、
「欧米のブログが盛んに見えないのは不思議ではない」
で分析したように、英語圏の人々もあまり文章を読むのは好きでないように思う。

日本語の文章が読み易いとするのならば、それは競争の上では有利な条件だ。
電波かも知れないが、日本という国は日本語の優位性で、
今後も世界の中で優位を保つ、
つまり一人当りGNPで上位を占めることが可能ではないかと期待している。
そして、日本の携帯電話がメール伝達の手段としてのケータイに発展し、
世界の携帯電話が会話の手段としての携帯電話に留まり続けるのならば、
二つの商品は相容れようがない。
ガラパゴスとか言うより、
別の商品だと言っていいのではないだろうか。

おまけ
この記事を書くために、「日本 ケータイ メール文化」で検索して面白いと思った記事。
本文とは関係ないが、リンクだけしておく。

iPhone 3Gは本当の黒船!世界のケータイ文化を日本に連れてくる【世界のモバイル】
デジタルペンその2 〜日本の携帯電話〜
携帯電話の使われ方:世界と異質な文化 [ブログ時評70]
2005年02月05日(土) グローバルマーケットと日本マーケットの乖離 〜携帯電話編

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURLはこちら

228 言語カテゴリーの新設

言語についての話を最近続けて書いたので、興味が増してきた。 記事もけっこうあるので、、カテゴリーとして言語を作り下記の記事を移動した。 世界で一番優れた数の表現を持った言語は日本語 「日本語がブログの使用言語で最も使われている」って、本当? 英文は読みづらい 中...

325 言語に優劣はある

言語に優劣はないという意見を見かけることがある。 しかし、私には言語に優劣がないという理屈はおかしく感じられる。 コンピューター言語では、アセンブラで書くのと、Rubyで書くのとでは生産性に多大の違いが出る。 自然言語においても、情報伝達の効率や処理に、言語の違い...