異をとなえん |

江戸時代は平和国家の完成形である - 世界は日本化へ向かう(その4)

2009.05.13 Wed

01:16:16

前回に引き続き、平和国家の特質について考察してみる。
特に文化的方面を考えたい。

平和国家の完成形は日本の江戸時代である。
外敵の脅威がない、江戸時代は戦争の事を全く考えなかったといっていい。
国内の治安状態も良かったので、非常にゆるい時代だったのだ。
江戸時代の前の戦国時代が、国としての最低限の形式は残っていたが、
実質は内乱状態にあったのと対照的である。

戦いが日常茶飯事になっていた社会では、死が身近にあるだけに、
物凄く荒れた感じが漂う。
「日本近世の起源」感想で言及したように、
非常に悲惨な状態なのだ。
戦いあっている時代そのものでは、文化と呼べるようなものは成り立たない。
戦乱の間の束の間の平和な時に、文化活動が生まれる。
安土桃山文化などが、その典型だ。
徳川幕府が成立して、江戸時代が始まったが、
その初期は戦争国家の文化的特質が強く出てくる。
儒教や禅といった、戦争における心構えとしての文化が公式教義になっていく。

ただ、江戸時代を通じて、この教義が力を持ったかというとそうではない。
質実剛健を尊んだ武士の文化は急速にゆるんでいき、
春風駘蕩たる社会が形成されていった。
歌舞伎・浮世絵といった文化が栄えたのだ。
その他に園芸植物の栽培といった地味な文化もある。
万年青などの趣味が盛んになり、身の回りに植物を育てる文化が広まっていく。
染井吉野もこの頃、品種改良によって生まれた。
江戸は巨大な田園都市の様相をていしていく。
錦鯉という、手間暇をかけて品種改良する鑑賞動物も生まれる。
一言で言えば、大衆文化が生まれたのだ。
平和国家だからこそ、大衆文化が生まれたと言っていい。

大衆文化と言えばアメリカである。
そして、アメリカも南北戦争以後、第二次世界大戦までは、
平和国家に近かったと言っていい。
外敵からの脅威はなく、経済の成長率は高かった。
米西戦争や第一次世界大戦はあっても、戦争を最優先にする社会ではなかった。
その中で、自動車産業やハリウッド映画産業などの大衆文化が花開いたのは偶然ではない。

それに対して、ヨーロッパでは戦争の危機がつきまとい、
戦争国家のままでいざるをえなかった。
文化も指導者層による文化が中心であって、大衆にまで及んでいない。

平和国家でなければ大衆文化は生まれない、とまでは言えないが、
平和国家であることは幅広い文化を生み出す基礎ではないだろうか。
そして、ある意味これは衆愚制に近いのだ。
野放図な文化の繁栄は、歴史上多くの場合、他の国家の侵略によって滅んできた。
中国の宋などがその典型としてあげられる。
平和国家と言うほどでもなく、一時的な平和状態の中で、少し気が緩んだとしても、
国が亡びてしまえば、後世からは衆愚だと批判される。
だから、戦争国家では平和国家の形は批判されるのだ。

明治維新後、日本が江戸時代に否定的になったのは当然とも言える。
戦争国家としては、平和国家は望ましくないのだ。
江戸時代が堕落した社会として否定的にとらえられたのは、その影響にみえる。
逆に、現在江戸時代が再評価されているのは、
戦争国家を否定し平和国家になりつつある日本には、
江戸時代が一つの理想形として受けとめられるようになったからと思える。

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