異をとなえん |

平和国家には尺度がない - 世界は日本化へ向かう(その3)

2009.05.12 Tue

02:06:06

それでは、戦争を前提にした国家とそうでない国家の違いを、
具体的に考えてみよう。
その前に戦争を前提にした国家とそうでない国家というのは、
長いので特別に用語を与えておく。
戦争を前提にした国家のモデル名は戦争国家とする。
戦争を前提にしない国家のモデル名は平和国家とする。
戦争国家の具体例は日本以外のすべての国であり、
平和国家の具体例は日本である。
日本もずっと平和国家であったのではなく、
ペリーの来日から第二次世界大戦までは戦争国家であった。
定義としては、こんなものでいいだろう。

人間にとって生存し続け、子孫を残していくのは、
生命としての至上命題である。
人類も初期には食べることで精一杯であった。
それが穀物を栽培することで、飢餓から解放され、
その結果として人間同士の争いが生まれることになった。
争いは国家を生み、戦争と名を変えた。
戦争は生命の危機に直結し、何がなんでも勝たねばならない重大事となる。

戦争国家では、ありとあらゆることを戦争の観点から考える。
隣国との関係についても、相手の国力が自国を上回れば、
必然的に自国に対し侵略してくると考える。
ここで言う国力は戦争の時に自国の力を示す指数だ。
国力が高ければ、戦争の時に勝つ確率が高くなる。
そして、この考え方は近年まで間違いなく正しかった。
今でもこの考えが正しいと思っている人は多いと思う。
私はこの考え方は、核による平和によって否定されたと思っているが、
それについては後の話だ。

隣国の国力が自国を上回れば戦争が起こる以上、
平和を守り自国の安全を守るならば、
国力を隣国に負けないように増強しなければならない。
その結果、戦略という概念が生まれる。
平和時においても国力を増強するために、各種措置を取る必要が出てくる。
あるいは隣国の国力を削ぐために、いろいろな手段を取る。
つまり、国力を増大させることは良いことだし、
逆に国力を減少させることは悪いことになる。
国家の中に一つの尺度ができるわけだ。

この尺度はいろいろな形で現れ国家を縛る。
たとえば、儒教なんかもその現れだろう。
儒教は国家を強くしたとあまり思えないけど、
それでも国を守るための一つの尺度だったのだ。

平和国家の場合を考えてみよう。
この場合、尺度はない。
何をしても基本的には中立になる。
犯罪行為のように共同体の安全を脅かすようなものは別だが、
そうでなければお咎めはない。
この場合大事なのは、行為に対して善悪の判断をしないのではなく、
良し悪し自体がないのだ。

日本の平安時代の頃の歴史の本を読むど、
政治家たちはある意味何もしていない。
中公文庫の「日本の歴史5王朝の貴族」を見ると、
平安時代の政治の様子がわかる。
はっきり言って遊び暮しているように見える。
やっていることは神社仏閣への寄進や神道や宮廷のための儀式だけだ。
日本の政治の昔の言葉がまつりごとと言うように、
祭をすること自体が政治なのだ。
安全保障のための他国との関わりがなければ、
政治なんてある意味必要ないことの現れになる。
源氏物語のように、色恋沙汰に明け暮れてもかまわないわけだ。

これが戦争国家の場合は違う。
色恋なんで、評価対象でない。
戦争において役に立たないからだ。
源氏物語にしても、平安時代に日本が亡ばされたならば、
当時の貴族は堕落しきり、国政をおっぽらかして遊んでいた、
その例としか上がらないだろう。

戦争国家には尺度があって、平和国家には尺度がない。
戦争国家の文化には、
戦争の時の鋭気を養うために必要だからという理由付けが、
深くこびりついている。

自分たちが好きだから、それをするというわけにはいかない。
現代では、個人としてはかなり自由になっている。
自由奔放に文化を楽しんでいる。
しかし、社会として自制が働く。
その文化は、戦時において役に立つのかという尺度がどうしても入る。
無意識の内に、それが反映されていく。

最近ネットを通じて海外での日本文化の受容について、
いろいろな言説を読む機会が多くなった。
その中で、こんな変なことをするのは日本人しかない、
というような意見が目につく。
日本はキリスト教文明とは違った文化を持っているから、
そういう意見が多いと今までは理解してきた。
しかし、最近違う感じを持っている。
今まで、述べてきたように、戦争国家の国々には、
自発的に良し悪しの判断をしてしまうために、
本当に自由な発想でできないのではないだろうか。

本当に自由な発想は平和国家にしかできないと言うのは言い過ぎだろう。
本当に自由な発想は人間にはできない。
しかし、戦争に捕われた発想から抜け出すには平和国家しかできない。
そう感じる。

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