異をとなえん |

「文は人なり」と思う

2009.04.23 Thu

01:06:39

はあ、またなんか書けなくなってしまった。
グダグダである。
しかたがないので日記でも書こう。

昨日はプリウスについて書きたかったのだ。
3代目プリウスは来月発売予定のトヨタのハイブリッド車だが、
その受注は2万台を越え、好調さが話題になっている。
このプリウスとからめて、ハイブリッドシステムの将来性、
日本の景気回復などを書くつもりだったのだが、
なんかまとまらなくなって放棄した。
頭の中で考えすぎて、どうも風呂敷を広げすぎてしまうらしい。
それで収拾がつかなくなり、あきらめる。
なんかそんなことが多い。
文章を書く難しさを痛感する。

「800字を書く力」という本を最近読んだ。
文章を書こうと思っている人間にはお勧めな本だ。
目から鱗の指摘もあり、推薦文を書きたいのだが、
どうも力が入ってしまって、書けない。
自意識過剰になってしまうらしい。
この本の中にも、自分を捨てて、最初の一文を書く勇気が大切だと書いてある。
でも、その勇気が難しい。
どうしても、いろいろなことを考えてしまう。

なんとなく、少し話がまとまってきた。
文章を書く勇気、最初の一文を書く勇気が、
どうしたら身につけられるかという話になってきた。
でも、勇気なんか必要ないとも言える。
公表するのは勇気がいるかもしれないけど、
書くだけだったら勇気なんていらない。
まず、どうでも言いから一文を書き、文章を書いてしまう。
それから、自分にとって公表したくない部分は、
削除し変更してしまえばいいのだ。

最初の一文の書き出しは確かに迷う。
自己愛とかいうよりも、後をどうしたら繋げられるかか難しい。
適当でない一文を書くとすぐ止まってしまう気がする。

文章を書くのはやはり難しく、そう易しいものではないということだ。
けれども、練習によって向上する。
私もブログを書きはじめてもう二年経つが、
文章自体は随分うまくなったと思っている。
ぎこちない部分が抜けてきたつもりだ。
それでも、より上を目指そうと思えば、難しい。
そういうものなのだと思う。

定期的にこんな文章を書いている気がするが、所詮は自分の人間としての器だ。
読んでいる人から見れば、
つまらんことを長々しく書いているだけだと思っても、
書いている方は受け入れるしかない。
この文章に自分が現れているわけだ。
所詮自分は簡単には変われない。
自分が成長していなければ、文章が成長するわけがない。
文章だけとりつくろっても、ボロが出るだけだ。
今日はそれを受け入れて、また明日を期そう。

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