異をとなえん |

全体最適を当然と考えている人はいるのか?

2009.04.17 Fri

03:04:42

全体最適 vs. オレ様最適 - Chikirinの日記

上記のブログを読んだ。
全体最適と個別最適の問題は、私の頭に引っかかっている基本テーマだ。
まとめようと思っているのだが、なかなか難しい。
ちょうど、同じテーマを扱っているので一言述べてみる。

実の所、ちょっと驚いている。
私は、人はオレ様最適で考えているのが、当然だと思っていた。
逆に全体最適で考えるのが普通だ、という話には意表をつかれた。
まったく、人間の考えていることは、いかに違うことか。

感心しても仕方がないから、とりあえず、全体最適で考えている理屈に反論しておこう。

Chikirinさんは、人が全体最適で考えることを当然としている理由として、
次の三つをあげている。


(1)全体最適で考えるのが合理的であると教育&訓練されている。
(2)正義や価値観問題としての“全体最適エライ論”が存在する。
(3)“全体最適=自分最適”の人と、“全体最適=オレは損する側”の人がいる。


(1)では会社を例にあげているのだが、この場合オレ様最適と全体最適は普通一致する。
社員は会社全体の利益を上げることによって評価され、給料を支払われる。
会社全体の利益が上がらなければ、給料は上がらない。
目標が定まった組織では、その目標への進捗を基準にして、報酬が支払われる。
各個人のオレ様最適はその報酬をできるだけ、増やすことだから、
全体最適とオレ様最適が一致するのは当然である。

でも、本質的にはオレ様最適だと思う。
偽装食品問題などは、そのいい例だろう。
食品を偽装して販売していたメーカーが、問題を認識した場合、
ほとんど公開した方がいいに決まっている。
偽装が発覚して、マスコミに批判されてからでは、傷が深くなる。
偽装食品問題でマスコミの報道が過熱した時に、
新たに発覚したメーカーになぜ手を打たなかったのか、疑問に思ったものだ。

理由は簡単だ。
偽装を行なった人間にとっては、会社全体の利益より自分の利益の方が大事なのだ。
問題が発覚すれば、マスコミにかぎつけられようが、会社が自発的に発表しようが、
どちらでも実行者には致命的だ。
だから、会社全体の利益がどうなろうとも、自発的に問題を公表することはない。

(2)の例も人が全体最適を当然として考えている理由にはならないと思う。
むしろ、人がオレ様最適を当然としている理由だろrう。
オレ様最適で考えている人に犠牲になってもらう説得のために、
「全体最適エライ論」が使われる。
全体最適を考えるのを当然としたら、わざわざ偉くする必要はない。

(3)の例も、人が全体最適で考えていない証拠になる。
"全体最適=自分最適"の人は、結局自分最適で考えていることになる。
"全体最適=オレは損する側"の人も、全体最適で考えてはいない。

人が常に全体最適で考えているように見えるのは、
ほとんどの場合全体しか見えてないからだ。
物事を理解しようとする時、人はできるだけ単純なモデルで理解しようとする。
日米の外交交渉を理解しようとしたら、日本米国をそれぞれ一枚岩とする。
日本を全体としてとらえているよりも、それを各部分に分解する知識に欠けているだけだ。
交渉の結果によって、微妙に損得が変わる人たちの事が頭に浮ばない。
遠くの出来事は、鳥瞰的にしか認識できないのと同じことだ。

まあ、ここまでだとつまらない話に思う。
重要なのは、オレ様最適ばかりで考えていても、
世の中の大抵な事は全体最適と一致することだ。
そして、国家の安全保障のようにオレ様最適でうまくいかない場合を考察してみたい。

この項続く。

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