異をとなえん |

「坂本竜馬と明治維新」感想

2009.03.13 Fri

21:49:48

マリアス・ジャンセン著「坂本竜馬と明治維新」を読む。
現代は「SAKAMOTO RYOMA AND THE MEIJI RESTORATION」。
前に誉められていた文章を見たので、それに影響されて読んでみた。
一読した限りでは、普通のことが書いてある。
「竜馬がゆく」とは違うとあったと思うのだが、たいして変わらない気がする。
もっとも、「竜馬がゆく」を読んだのは、もう30年近く前だから、
記憶が薄れているのかもしれない。
原著は1961年出版だから、50年近く前の本だ。
その時は新鮮だったのかも知れないが、その後広く行き渡って、
今は当然と受けとめている気もする。

階級的利害という言葉が出てきて、この頃の歴史学が、あるいは今も、
マルクス主義的な構造に支配されていることを示している。
階級というのが、ある意味歴史を動かす大きな力だということは、
私も否定しないが、もう一つの大きな力というより、
私には決定的に重要と思える力は、外敵との戦いだ。
明治維新を動かす力を、階級やらなんやらに求めるよりも、
日本という国を守るためにどうすればいいかと、
みんなが考えた結果だと思う方がずっとわかりやすい。

この本は坂本竜馬をモデルにして、その時代の揺れ動いた人間を描いている。
坂本竜馬はペリーの黒船に衝撃を受けて、とにかく国を守るために動いた。
幕府は開国に動いたけれど、それは欧米の力に流されただけで、
展望があってしたわけではない。
それが、国民の恐怖心を煽り、開国したことでの景気の悪化や、伝染病の渡来が、
武士の多くを攘夷を導いていった。
やってみなければわからないことは、この世にたくさんある。
実際に欧米と戦ってみなければ、攘夷は達成できないことがわからなかった。
どうやれば、攘夷を達成できるかを考えた時、国を富まし、
軍備を整えるしかないという結論に達っした。
富国強兵をどう達成できるかを考えたとき、幕府はそれに対応できなくなっていた。
古いシステムが要望を反映できないのだ。
坂本竜馬は、攘夷、開国、富国強兵、倒幕の変化の典型だった。

この本では、明治新政府あるいは薩長藩閥政府が自由民権運動を弾圧したという、
歴史観を受け継いでいる。
けれども、それは本当だろうか。
明治新政府は、それほどはっきりした権力構造を持っていただろうか。
そもそも、明治新政府は薩摩藩と長州藩によって作られた。
だが、新政府は混乱の中、改革を実行していくためには、
藩という存在が邪魔だと思いはじめる。
その結果、版籍奉還、廃藩置県と実行されるわけだが、重要なのは、
その時点で新政府の薩長出身者は後ろ盾を失うことになる。
彼らの権威は幼年の天皇によっているが、ほぼ全てを改革していく結果、
伝統としての力を失っていく。
天皇は幼年で意思決定はままならない。
では、どうやって国の意思決定ができるのか。
それは、ある意味日本らしく空気だろう。
民主的な多数決に近い。
もちろん、政府上層部だけの話だ。
その中で、とにかく問題を解決できるかどうかで、力を振るえるかどうか決まってくる。
そんな風に考えてくると、明治新政府というのは、権力というより、
外国の事情を知っている人間たちによる問題解決の組織だった。

幕末維新の時代は人がやたら死んだ。
死んだ後、その意志を継ぐ人がいなければ、世の中は変わる。
井伊直弼が死んだ後、その意志を継ぐ人はいなかった。
後継者は命をかけて、その路線を守ろうとしなかった。
世の中が変わる時はそんなだと思う。
逆に言えば、その意志を継ぐ人がいれば、人が一人二人死んだからといって、
世の中は変わらない。

こんなことを本を読みながら考えた。

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURLはこちら