異をとなえん |

「日本近世の起源」感想

2009.01.17 Sat

19:15:21

渡辺京二著「日本近世の起源 戦国乱世から徳川の平和(パックス・トクガワーナ)へ」を読む。
「逝きし世の面影」で俗にいうネット右翼の間で名高い作者の本だ。
洋泉社MC新書として、復刊された本を読んでいる。
「逝きし世の面影」の直接の続編として、平和な江戸時代がなぜ成立したかを、
中世の時代がどんなものであったかを描くことで、教えてくれる。

ぱらぱらっとめくっただけでは、引用の多い散慢な本かとも思えるが、
最初からきちんと読んでいくと、
明確な意思に基づいた、はっきりとした主張のある著作ということがわかる。

まず、読んで衝撃を受ける。
戦国時代はNHKの大河ドラマが牧歌的に描いているような世界ではない。
血腥い凄惨な世界だ。
大量の死にあふれ、戦争に負けた側の民が外国に奴隷として売られる、
貧困がそこらじゅうで目につく、
そういう悲惨な社会の様相を説得力を持って描いていく。

そして、なぜ、そのような社会が生まれたかを明らかにする。
自由がないのではなく、自由がとてつもなく溢れた社会としての中世だ。
ありとあらゆることが、当事者の責任に委ねられていく。
鎌倉時代の裁判が現代のアメリカの裁判に似た、当事者主義に立ち、
判決は真実を明らかにすることではなく、
当事者の間の法廷での戦いの勝敗を判断するものに過ぎない。
しかし、鎌倉時代の裁判はアメリカの裁判とは違う。
刑の執行すら当事者たちに委ねられている。
双方で土地を争った場合、ある方に土地の正統な権利があると認められたからといって、
裁判所がそれを守ってくれるわけではない。
その土地を守るのも、取り返すのも、当事者自身で行なわなくてはならないのだ。
ここまで、行ってしまうと裁判の意味がない。
当初意味を持っていたと思われるのは、
判決の正当性によって当事者が従っていたからだろう。
時代が下るにつれ、簡単にいうことを聞かなくなってくる。
争いが増加していく。
鎌倉幕府は私戦を何度か禁止するが、止めることができない。
裁判の判決を保障しないのだから、当然ともいえる。

室町時代に突入して、
この正義を自分たちで実現する、あるいは実現するしかない社会は極まっていく。
正義の執行者は、とめどもなく解体されていき、村のレベルに落ちていく。
村々は自分たちの山や川を守るために武力に訴えざるをえない。
妥協や取引をすることができない。
どのような契約も、それを保障するものがなく、結局は実力行使に走ることになる。

そのような、権力の解体が行き詰まった地点として戦国時代がある。
しかし、それは同時に新しい世界の発端ともなる。
その当時の人々は、悲惨な生活の中で、平和を心の底から求めていった。
そして、領主にそのことを要求していく。
結果として、領主は領域の平和を守れるからこそ、領主であり、
そうでなければ替えられるべきだという思想が生まれる。
その思想は領主にも農民にも浸透し、徳川の平和として結実する。

以上が私の読みとった本書のメインテーマであり、
私は心から納得してしまった。
本書の最後の方、九章の結びの言葉は感動的である。


領主は領国のうちに平和を実現すべき責任があるという、一五世紀に生まれた政治思想が、一六世紀にはひろく地下衆に浸透し、戦国大名の国家理念となって、ついに秀吉の統一国家を実現し、徳川の平和として現実に実を結んだのは、村々や町々に築きあげられた共同という社会的基礎があってこそだった。徳川の平和とは村々や町々に充ち溢れた豊かな生命の光であり、そのことは徳川の世が深まるにつれて明らかとなったのである。
(P303)


このメインテーマを中心として、作者の思想的な部分もところどころある。
たぶんに江戸時代の平和を愛する作者は、
それを貶めようとする今までの日本の歴史学に対して非常に不満を持っていて、
その批判が本書のところかしこに出てくる。
「逝きし世の面影」にはあまりそういう部分を感じなかったので面白い。

また、一向一揆の実相を描いている分では、
親鸞が取りあげられていれ、その思想解釈の部分は興味深い。
本編と直接関係ないながらも、作者の思想の一端が出ている感じで、
本書の解説にも取りあげられているほど印象的だ。

図書館で借りてきた本だが、
常時参照できるように購入したいと考えるほど魅力的な本だった。
後、ブログを書く際に書評等を検索したのだが、
下記によると熊本日々新聞夕刊で連載をしているらしい。

渡辺京二「黒船前夜」連載開始!

「黒船前夜」というこのシリーズの続編に当たる。
本として発行されれば読むのが楽しみである。

最後に目次を挙げておく。

序章 日本のアーリイ・モダン
第一章 乱世とは何か
第二章 乱妨狼藉の実相
第三章 武装し自立する惣村
第四章 山論・水論の界域
第五章 自力救済の世界
第六章 中世の自由とは何か
第七章 侍に成り上がる百姓
第八章 一向一揆の虚実
第九章 領民が領主を選ぶ
終章 日本近世は何を護ったか

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