異をとなえん |

道州制は進まない

2009.01.07 Wed

01:52:19

道州制という話が時々マスコミに出てくる。
しかし、どうも中身がはっきりしない。
推進している人も、バラバラな感じがする。
これはいったいどういう話なのだろうか。
最近考えて結論が出た。

道州制を推進している人たちには、二つの流れがある。
一つは、中央集権的な流れで、市町村の合併を推進した人たちだ。
総務省が中心になって、平成の大合併を取りまとめた。
1999年3月末に3,232あった市町村の数が、
2006年4月には1,820と2分の1近くにまで減少した。
減らす理由は簡単で、自治体を合併することによる経費の削減だ。
首長の数は減るし、議員の数も減る。
合併当初は飴として数々の特典もあるから、経費は簡単には減らないが、
長期的には間違いなく減っていくだろう。
そうすると、地方自治体の赤字が減り、国の補助金等も減らせることになる。
国の財政赤字を心配する人々には望ましい。
道州制も同じ話だ。
県が合併すれば、その分の経費を減らせる。

もう一つの流れは地方を独立させることによって、自立させようというものだ。
現在の流れのままでは、ジリ貧だという観点からきている。
日本の各地方は、GNPの規模からすれば、欧米の小国に匹敵する。
だから、道州として自立すれば、そういう国みたいに豊かになれると考えている。
現在そうなっていないのは、制度がおかしいからという考えだ。
この流れは、地方で苦境に立っている人たちが主体となっている。

この二つの流れが呉越同舟して、道州推進論になっている。
だから、あいまいでとらえどころがない。
北海道を道州制のモデル地区として、国から地方に権限を分けようとしているが、
国は権限を渡す変わるに、渡す金を減らすことを求め、
北海道は権限だけを欲しがっている。
だから、なかなか進まない。

中央からの流れを無視して、地方の自立の可能性はあるのだろうか。
東北、四国、中国などの各地方が、欧州の小国みたいになるという話だ。
絶対に無理だとは思わない。
ただ、それに道州制が必要かというとかなり疑問だ。

九州などは、自動車と半導体で、それなりの産業構造ができたようにみえる。
現在は金融危機で苦しいが、それなりにうまくいっていた。
このようなことは、道州制がなくとも他の地方でも起こるのではないか。

欧州の小国が小さくても、それなりに自立している最大の理由は、
人間の移動の制限だ。
言語というしばりがある以上、国を超えて移動するのは難しい。
そうすると、豊かになるためには、国のなかでがんばるしかない。
その独立精神が、国の繁栄を生んだ。

それに対して、日本には何よりも移動の自由がある。
言語の制限はない。
沖縄県みたいに、あるに近かった県も最近はなくなったように見える。
そうすると、生活が他より劣ると感じた時、一番簡単な方法は都会に出ることで、
実際にそれで解決してします。
地方でも、長く一族が住み、指導的立場にある人間たちは、都会に出る替わりに、
国から金を取る方法を選んだ。
国会議員が国から補助金をぶんどってくる。
それが公共工事であり、そのことによって、ますます自立する精神を失った。

逆にいうと、補助金さえなくなれば、自分たちはここから離れないと覚悟を決めている人たちが残り、
そうすれば自立していく。
野生の動物が親離れするときと同じだ。
エサをやり続けていては自立しようがない。
その時に、道州制などという殻は、必ずしも必要としない。
産業は州レベルで活動するわけではないのだから。
結局、道州制だから自立できるというのは、私には夢物語のように思える。

道州制は、今回述べた二つのあいまいな流れによって推進されているので、
力強さに欠ける。
反対派の力を打ち破ることができない。
反対派は州都にならない県だ。
これらの県は、県庁がなくなることで、明白な不利益をこうむる。
州都になると思われる県の人口より、反対派に県の人口が多いことで、
結局どうにもならない。
現在、それなりに進んでいるのは、首都移転論と同じく、実際の場所が決まってないからだ。
話が現実化すれば、止まる。

結論、道州制は首都移転論のように、いつのまにか立ち消えになってしまうだろう。

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