異をとなえん |

「江戸が東京になった日」感想

2008.10.03 Fri

20:44:17

佐々木克(ささきまさる)著「江戸が東京になった日 明治二年の東京遷都」を読む。

目次は以下の通り。

はじめに 「東京遷都」の不思議
第1章江戸か京か―幕末の首都はどこか
1 花の田舎・洛中の風景
2 政治の都・京都へ
3 京都と江戸の幕府
4 王政復古の首都
第2章構想のなかの帝都
1 幕府側の新首都構想
2 大久保利通の大坂遷都論
3 江戸への遷都論
4 東西両都論
第3章天皇と新時代の演出
1 江戸を東京に
2 東京への行幸
3 東の京の天皇
4 京都還幸
第4章帝都東京の誕生
1 東京への再幸
2 三月二八日、遷都
3 帝都東京の出発
4 京都の再生
おわりに 首都・東京へ

読む前は、都市計画よりの本かと思っていたが、政治史の本だった。
幕末・維新の時代の政治を首都の移動と言う面から語っている。

まず、幕末京都が政治の都と化して、
江戸から首都の座を奪っていた事実に目を開かされる。
将軍・大名は江戸から離れて京都に常駐し、武装した家臣を引き連れ政治交渉を行なう。
江戸に変わって京都に大量の侍が流れ込み、西洋からの脅威に対応するための議論をする。
国の根本に関わる議論という事で熱くなり、天誅というテロ活動も盛んになった。
なんというか、想像するだに凄まじい感じだ。
みんな、ぴりぴりしてケンカ腰なのだろう。
この時代を描いた小説・テレビドラマなどを、たくさん見ているにも関わらず、
こういうイメージがはっきりしていなかった。
幕末を江戸と西国諸藩の争いと考え、京都を最前線と考えていたからだ。
そうではなく、京都にこそ権力の中心があった。
新鮮な見方だった。

そして、肝心の東京遷都になる。
京都から東京への遷都が、場所自体の移動より、
旧体制の改革を目指したものだという指摘は、
この時代のまだ定まっていない感じをうかがわせる。
大久保の大阪への遷都論もあり、東京に遷都するかどうかもはっきりしない。
後から歴史を見ると、なんか定まった軌道を真っ直ぐ進んでいるように見えても、
当時の人々は一寸先も見えない闇の中を、目を凝らして未来を模索している。
明治維新というのは本当に激動の時代で、大革新が続けざまに起こっていく。
細い修正が繰り返され、はっきりしない。
いつ落着くのかがわからない中、段々と世が定まっていく。
なんというか、そんな事を思い起こさせた。

最後にちょっと気にいった部分を引用しておく。


このようにいく度か官公舎建設の計画がありながら、そのつど何らかの支障が生じたため実現にいたらなかったように、それなりの理由があった。
(中略)
端的にいえば、何が何でも造るという、そうした姿勢や欲望がつたわってこないのである。おそらくそれは、明治天皇をはじめ、三条実美や岩倉具視そして大久保利通、木戸孝允、伊藤博文、大隈重信ら政府首脳の性格によるものではなかろうか。彼らに共通する性格は、広壮・豪華な邸宅を建てたり身を飾ったりすることに、淡白で禁欲的なことである。
(P180)


個人的には、こういう性格の指導者は好きだったりする。

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURLはこちら