異をとなえん |

日本の国名は一度も変わってない

2008.08.28 Thu

18:23:26

歴史学者網野氏の主張だと思うが、
わが国が「日本」という国号を付けたのは「天皇」という称号を決めた時と同じで、
それ以前は「日本」ではないから、
それ以前の人を日本人と呼ぶなと言うようなものがある。
制度は変わっても、支配者は変わっていないし、人々も同じなのだから、
言い方の区別にどういう意味があるのか、私はいつも疑問に思っている。
この記事を書くために、網野氏の書いた物を再度読んだのだが、
なぜ区別したがるのか、やはりよくわからない。
区別したがる理由は別にして、今回書くのは、本当に国号が変わったのか、
いや変わっていないのではという話である。

戦後、日本の国号をローマ字表記する際には、
「JAPAN」から「NIPPON」に変更したという話を読んだ事がある。
今回書くにあたって本当かどうか確認したかったのだが、できなかった。
正式決定かどうかは別として、変更の意味は「JAPAN」というのは英語だから、
別の言語の場合でも使うのはおかしい。
どの言語でも使えるように、日本の発音のローマ字表記を使うという意味だろう。
この場合、「JAPAN」から「NIPPON」に国号を変更したと考える人がいるだろうか。
外国語での表記上の単なる変更に過ぎないと考える人がほとんどではないか。
「倭」から「日本」への変更も私にはほとんど同じと思える。

「倭」から「日本」の変化は中国語での表記の変更に過ぎない。
たぶん、当時の外交担当者には「倭」というのは格好がいい言葉に思えなかったのだろう。
その結果、702年に中国側に交渉して名称の変更を認めてもらった訳である。

では、当時の日本人は自分たちの国の名前をどう考えていたのか。
当たり前だが、発音としての「ヤマト」である。
当時の日本は無文字社会で、漢文は導入されつつあったが、
中国語の表記であって、日本語を表記する物という考え方はまだなかっただろう。

英語のJAPAN表記をNIPPON表記に変更する事が
多くの日本国民にとって大きな意味を持たないように、
中国語表記での「倭」という国名を「日本」という国名に変えた事も
大きな意味を持たなかった。
日本書紀に国号の変更の記載がないのは、
外国語表記の変更だけだから、重要と思えなかったのだ。
当時の日本人にとって国名は音としての「ヤマト」が、そのまま続いていった。

「ヤマト」の古事記での表記が「倭」であり、
日本書紀では「日本」であるのは翻訳の違いだ。
古い時代の資料中心に編纂したと思われる古事記は、
「ヤマト」を「倭」と訳した資料をそのまま使い、
日本書紀は最新の表記法である「日本」に統一した。

時が流れ、万葉仮名が生み出され、日本語を文字表記する事ができるようになった。
漢字は中国語を表記する文字というだけではなく、
日本語を表記する文字として認識された。

そして、音読み、訓読みが生まれた。

この変化はゆっくりと、音でも訓でも読むことができる漢字は、
表記自体が言葉の実体であって発音は言葉の本質ではないという認識をもたらした。

「日本」も訓読みとしての「ヤマト」から、音読み風に「ニッポン」と読むようになり、
さらにそれが変化して「ニホン」と読むようになった。
だからと言って「日本」の国号が変化した訳ではない。
「日本」は「ニッポン」と読もうが、「ニホン」と読もうが、
そして「ヤマト」と読もうが自由なのである。
正確な国号は表記としての「日本」なのだから発音にこだわる必要はない。

無文字社会だった日本は、言葉の本質をその発音だと捉えていた。
それが、漢字を導入し、ひらがなが生まれ、
いつしか言葉の本質をその文字と捉えるようになった。
漢字の事を真名というように、漢字としてである。
発音される「ヤマト」という音より、表記される「日本」という文字の方を、
真のその言葉の本質として認識するようになったのだ。

まとめると、日本の国号の変化に見えるものは変更ではない。
「倭」から「日本」の変化は単なる外国語表記の変更に過ぎず、
発音の「ヤマト」から「ニッポン」への変化は、
国号の「日本」をどう読むかだけの問題にしか過ぎない。
実際、現在だって「ニッポン」と読むか「ニホン」と読むか議論されているが、
重要な問題だとは誰も思わない。
真の国号の変化は発音としての「ヤマト」から文字としての「日本」の変更にある。
この変化は、言葉の本質・実体をどう捉えるかという話であり、
日本人全体が時間をかけて、ゆっくり変化していったものだ。
しかも、意識の変化だから、具体的に何かが変化したわけではない。
発音の変化は意識の変化が完了したから表れるだけだ。
大変化すぎて捉えようがないのだ。

結局、「日本」の国号は一度も変更されていない。

「日本」の国号がないころの人々を日本人と書きたくない人には、
そう書いて「ヤマトビト」と読むんだと言っておけ。

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コメント

62

本文の内容からそれますが、倭と日本との
関係(それぞれ別の国だった?)について
は、今後の考古学の成果いかんで変わる
可能性がありますね。
宮内庁がらみで調査が進まないかもしれ
ませんが。

63

どりさん、コメントありがとうございます。
返事が遅れてすいません。

> 倭と日本との関係(それぞれ別の国だった?)については、
> 今後の考古学の成果いかんで変わる可能性がありますね。

倭と日本が別の国だったという説は九州王朝説ぐらいしか思いつかないけど、
あれは電波でしょう。

> 宮内庁がらみで調査が進まないかもしれませんが。

宮内庁が問題かどうかは知らないけど、
天皇陵はもっと調査できないかと思います。

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