異をとなえん |

「帝国以後」感想

2007.04.24 Tue

23:42:34

エマニュエル・トッドの「帝国以後 アメリカ・システムの崩壊」(以下「帝国以後」)を読みました。その感想です。

トッドはフランスの人口学者、人類学者で、ソ連の崩壊を予言したそうです。アメリカ帝国の崩壊も予言していると聞いて興味を持ちました。

グーグルで検索した限りでは、「帝国以後」の書評はあまり見つかりません。
アメリカの覇権はもう崩壊したのか
ぐらいでした。
また、アマゾンのサイトには19本レビューがありました。

トッドの主張は次のようなものとして理解しました。
・「識字化と出産率の低下という二つの全世界的現象が、民主主義の全世界への浸透を可能にする。」(p62)
・イスラムが戦争好きというイデオロギー理解は誤りであり、識字化による伝統社会の離脱と考えるべきである。
・イランの革命は沈静化しつつあり、マレーシアや中央アジアの各国は識字化が特に高いので、原理主義の浸透が防がれている。
・パキスタンとサウジアラビアは識字化とそれによる心性的近代化の道に踏み出そうとして、今後二十年危険地帯となる。
・「イスラム圏は、自動的鎮静化の過程を通して、外からの介入なしに移行期危機から抜け出ようとしている」。(p73)
・帝国としてのアメリカは、デロス同盟のアテネのように軍事力による各国への防衛義務と引き換えに、貢納物を得る。
・「イデオロギー上の普遍主義は衰退しつつあり、人々と諸国民を平等主義的に扱うことができなくなっている」。(p117)
・「全世界の現在の搾取水準を維持するには、その軍事的・経済的強制力では不十分である」。(p117)
・「二〇五〇年前後にはアメリカ帝国は存在しないだろう」。(p117)
本論はアメリカ・システムの崩壊の話だと思うのですが、その前振りの方が面白かったので、多く抜き出しています。

ここからは、各主張ごとに感想を述べます。
"「識字化と出産率の低下という二つの全世界的現象が、民主主義の全世界への浸透を可能にする。」"
識字率の向上、つまり読み書きと基本的計算の習得は、自分の物質的環境を統御し、精神的に自分の生まれ育った土地から離脱する事を許します。最初の識字率の向上は男性から始まりますが、女性が読み書きできるようになると、受給調節が始まり出産率が低下していきます。しかし、この移行期は慣習社会からの離脱を意味し、移行期の危機が生まれ、イデオロギーの暴力の爆発が生まれると言います。アマゾンのレビューには事実関係の資料が少ないありましたが、これはこの主張が前の著書から結論だけを受けたものだからでしょう。細かい部分を考えると、問題はあるような気もしますが、基本的にこの説には同意します。トッドの他の本も読んで、深く考えてみたいところです。

"イスラムが戦争好きというイデオロギー理解は誤りであり、識字化による伝統社会の離脱と考えるべきである。"
移行期の危機にある国家がイスラム圏に集中している以上、その違いはあまり意味がないかとも思いました。しかし、フランス社会がイスラム系の移民をたくさん持っている以上、その違いを強調しておく必要があるんだなと理解しました。

"イランの革命は沈静化しつつあり、マレーシアや中央アジアの各国は識字化が特に高いので、原理主義の浸透が防がれている。"
基本的には同意しますが、そう単純に言えるかどうか。日本が大正デモクラシーの後、軍国主義化したように、戦争・紛争等が発生する確率はそんなに変わらない気もします。

"パキスタンとサウジアラビアは識字化とそれによる心性的近代化の道に踏み出そうとして、今後二十年危険地帯となる。"
個人的にこの本で、最も感心したところです。イスラム圏のどの国も同じように見えて、差異に気づきませんでした。特にサウジアラビアは秘密主義もあって中で何が起っているか見えません。しかし、トッドの意見を支持するならば、今まさに内部では嵐が起っているはずです。ビン・ラディンがこの地から生まれ、911のテロリストがほとんどサウジアラビア人であるのは、伊達じゃないのです。世界最大の石油生産国であり、世界最大の石油埋蔵量の国である、この国に内乱等が勃発すればどうなるでしょうか。そして、原理主義的国家が政権を握りイスラエルとの対決に向かった場合は?サウジアラビアなんて、どうせ未開民族が石油を持っているだけで何もできやしないという偏見を正されました。

"「イスラム圏は、自動的鎮静化の過程を通して、外からの介入なしに移行期危機から抜け出ようとしている」。"
しかし、イスラム圏各国において、民主主義が定着し平和的になるという未来予測を認めたとしても、それは20年、30年ぐらいのスパンの話です。実際にその問題に直面している国にあれば、30年後には平和国家になるから気にしなくていいとは、とても言えません。ナチスドイツが30年後には平和国家になるから、それまで放っておけと言えるのでしょうか。イラクはクウェートに軍事侵攻をしました。先進国はこの問題に対処しなくてはいけないはずです。

"帝国としてのアメリカは、デロス同盟のアテネのように軍事力による各国への防衛義務と引き換えに、貢納物を得る。"
現在のアメリカ・システムをギリシャ時代のアテネになぞらえます。アテネがデロス同盟によって各ポリスの防衛を引き受ける代わりに貢納金を得たように、アメリカも各国の防衛を果たすことで国際収支の赤字を認めさせていると考えます。理論モデルの一つとして有りえますけれど、そんなに難しく考えないで単にアメリカが大国だから、たくさん借金できるでいいと思います。

"「イデオロギー上の普遍主義は衰退しつつあり、人々と諸国民を平等主義的に扱うことができなくなっている」。"
最初、読んだ時、どうも違和感を感じましたが、その原因がわかりました。帝国は普遍主義でなければ、差別されたと思われる人間たちが反乱を起こすので、うまく行かないと述べています。確かに帝国であるならば、そうでしょうけど、アメリカが帝国でなければ普遍主義でなくても別に構わないのでは、ないでしょうか。

"「全世界の現在の搾取水準を維持するには、その軍事的・経済的強制力では不十分である」。"
ここも同じです。アメリカが別に帝国的なシステムによって、貢納金を得ているのでなければ、ヨーロッパや日本に反抗されても別に困らないはずです。

"「二〇五〇年前後にはアメリカ帝国は存在しないだろう」。"
アメリカ・システムが崩壊するかどうか、論証としては不十分のように思います。しかし、アメリカの国際収支の赤字に耐えられる限界はすぐにも来そうです。その時、輸出額を増加させて自然に均衡状態に持っていければ万々歳です。ただ、私も直感的にアメリカは駄目な気がしてなりません。アメリカの繁栄がうさんくさく見えて仕方ないのです。私としては、そうあって欲しくないなと願っているので、トッドの論証から否定的な結論でも見いだそうとしましたが、肯定的否定的どちらにも、結論を出せそうにありません。

最終的にまとめると、物足りなかったのは、帝国が崩壊しつつある状況を予測はしていますが、帝国が崩壊した後の事をほとんど語っていない事です。これは、現在の国際紛争をアメリカが起こしていると考える立場だからでしょう。しかし、現在の国際紛争をイスラム圏各国が起こし、アメリカがそれに対応しているだけと取るならば話は違います。アメリカがリーダーシップを取る力を失った時の国際社会がどうなるか、ちょっと予想がつきません。著者はEUに期待をかけているように思えますが、EUにリーダーシップが取れるでしょうか。湾岸戦争は、アメリカが軍事力を行使する事によって解決されました。EUがアメリカに代わって、軍事力を行使してイラクの侵攻を撃退できたでしょうか。それとも、イラクの侵攻を追認してしまうのでしょうか。アメリカがリーダーシップを失なった場合、地域的な大国が勝手に軍事力を行使して覇権を競うような社会になってしまう危険性が高まりそうです。中国による台湾侵略、インドパキスタン戦争の再開、新たなる中東戦争、日本にとって死活的利害を持つ地域においての軍事紛争は、今後の脅威です。私にはアメリカ・システムの崩壊が未来の平和をもたらすより、危機的状況を作り出していくように思います。何やら暗澹とした未来予測になってしまいました。

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