異をとなえん |

『日本の「ミドルパワー」外交』感想

2008.06.13 Fri

20:20:10

添谷芳秀著『日本の「ミドルパワー」外交 - 戦後日本の選択と構想』を読む。

目次は下記の通りになる。

序章 なぜミドルパワー外交か
1 国家像の分裂
2 冷戦の終焉と一九五五年体制の崩壊
3 ミドルパワー外交の視覚
4 大国外交という幻想

第一章 戦後日本の再生 - 吉田路線の深層
1 戦後日本外交のねじれ
2 冷戦以前
3 冷戦の発生と日本
4 吉田路線の誕生

第二章 高度成長期の葛藤 - 吉田ドクトリン再考
1 吉田路線をめぐる政治的構図
2 日米安保条約の改定
3 池田外交と大国日本
4 佐藤栄作の自主と対米協調
5 「吉田ドクトリン」

第三章 デタント期の日本外交 - 米中ソ戦略ゲームのはざまで
1 米中ソと日本
2 一九七〇年代の日中関係
3 ミドルパワー外交の萌芽

第四章 非核中級国家論の実践 - 中曽根外交の実像
1 中曽根外交と吉田路線
2 自主防衛論と非核中級国家論
3 防衛政策の体系化
4 安全保障への多角的アプローチ
5 中曽根外交

第五章 国際安全保障の模索 - 冷戦後の日本外交
1 冷戦の終焉と中国
2 一九九〇年代日本の変化
3 アジアの多国間安全保障と国際安全保障
4 日米安保関係の制度化

終章 ミドルパワー外交の構想
1 戦後日本外交の構図
2 ミドルパワー外交と安全保障
3 「人間の安全保障」
4 東アジア共同体とミドルパワー連携

出た当初、ざっと読んでいたはずだが、かなり印象が違って驚く。
たぶん、当初はミドルパワー外交という言葉に共感を感じたが、
今回詳しく読んでみると、どうもミドルパワー外交という言葉が浮いている。

本書は戦後の日本の外交について、
伝統的国家主義者による自立外交論と戦後民主主義に基く平和外交論との間で、
吉田ドクトリンと呼ばれる、
憲法九条と日米安保条約を基軸とした外交になった経緯を説明している。

作者はこれをミドルパワー外交と呼ぶのだが、実体がよくわからない。
安全保障は日米同盟にゆだねたけれど、
それ以外の部分では自立した外交を目指すらしいのだが、
その自立した部分の説明が弱い。

冷戦によって対立関係が激しかった時代には、
独自外交をしようにも許されなかった。
日米安保がそれを規定した。
ミドルパワー外交の代表として挙げられるカナダが、
ある程度独自の外交ができたのは、
対立の最先端にいなかったからだ。
軍事的には最先端なのだが、実際に戦火を交える可能性は低い。

現在は、冷戦のころと比べてずっと対立が緩んでいる。
そのため、独自外交を行なってもアメリカが許容する。
これがミドルパワー外交と言えばそうなんだろうけど、
だからなにという気がする。

外交が、究極的には戦争時における敵味方の区別を行なうものだとすれば、
平和な時の緩んだ付き合いは外交とは呼べない。
外交ごっこにしか過ぎない。

ミドルパワー外交の中身は賛成だが、
平和な時にはいろんな国と仲良くしましょうということ、
しかし、ミドルパワー外交と名付けて、持ち上げるような理念とは思えない。

私の共感を持つブログに下記がある。最近更新していた。

カワセミの世界情勢ブログ

その中で、この本の書評がある。

カワセミの世界情勢ブログ: ミドルパワー外交論に思う日本の外交

ミドルパワー外交自体の言葉尻の批判は不当な感もするが、
実質は今までの外交の看板の入れ換えという
本質を突いている。

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