異をとなえん |

『「シリコンバレー」のつくり方』感想

2008.06.05 Thu

18:13:51

東一眞著『「シリコンバレー」のつくり方 テクノリージョン型国家をめざして』を
読む。

アメリカのシリコンバレーのような大学とベンチャー企業が一緒になって
イノベーション活動をしている地域、
テクノリージョンをどうしたら作ることができるかをテーマにして、
アメリカの事情や歴史を紹介し、日本への提言をまとめている。

目次は下記のようになっている。

第1章 勃興するテクノリージョン
一、 アメリカはテクノリージョンの国
二、 テクノリージョンを支える「近さ」
第2章 礎としての「知識」
一、 知識と人材の源泉
二、 バイ・ドール法とTLO
第3章 テクノリージョンの誕生と死と
一、 ベンチャー地域資本主義
二、 地域プランナーと地域協力
三、 テクノリージョンのライフサイクル
第4章 「企業誘致」考
一、 眠るリサーチ・パーク
二、 企業誘致合戦は自治体財政を疲弊させる
第5章 「非テクノリージョン国家=日本」への不安
一、 日本における二つの一極集中
二、 ウェブ型社会VSハブ型社会
三、 日本はなぜテクノリージョン創りに失敗し続けたか
第6章 さあ、"シリコンバレー"を創ってみよう
一、 オースチンの奇跡
二、 大学を拠点にしよう

本の中ではP156に出ている仮説2が面白かった。


[仮説2]大企業がイノベーションをほぼ独占する国と、
ベンチャービジネスがひしめくテクノリージョンにイノベーションが拠点化する国を比較すると、
テクノリージョン型の国のほうが幾つかの点で競争優位がある。


著者はこの仮説を次の二つの過程で論証しようとする。

一つは大企業よりベンチャービジネスの方がイノベーションに優位だということ。
作者は
「大企業は一人でもNOと言えばアイディアが死ぬ世界。
テクノリージョンは一人でもYESと言えばアイディアが生きる世界。」
と説明する。

もう一つは一極集中より地域分散の方がイノベーションに優位だということ。
作者は一極集中だと、そこがある一つの方向に向いてしまって失敗した時、
復元力がないとする。
そして、バブルの時の金融を例に出している。

私はこの仮説は疑問だと思う。

大企業が中小企業より、
イノベーションにおいて説得しなければならない人が多いのは、
その技術開発での手間や費用が大きいからだろう。
成果を出すまでの時間や費用が大きければ、
協力してもらう人や企業はより必要になる。
その場合、ベンチャー企業より大企業の方がむしろ適している。

最近のアメリカのイノベーションはiPodやGoogleみたいに、
ちょっとしたアイディアでシステム全体を変革していくものだ。
ベンチャー企業でも開発できる。
それに対して、日本のイノベーションは薄型テレビやDVDのように、
着想自体は普通だけれども、開発には時間と金がかかる。
大企業向きだと言える。

じゃあ、日本の中小企業がイノベーションをしてないかと言うとそうでもない。
日本の技術開発関係の本を読むと、小さな技術革新はたくさん見つかる。
それが注目されないのは、
ベンチャーキャピタルによる株式公開等がないので地味だからではないだろうか。

むしろ、私の眼には時間や費用のかかる技術開発に対して、
アメリカは弱くなっている印象を受ける。

もう一つの論点である地域を分散した技術開発と、
東京に集中する日本のような一極集中型の技術開発の得失は難しい。
ただ、一極集中だと一つの方向に向いてしまうと取り返しがつかないというのは、
技術開発においてそんな事が起こったことがあるのかと思う。
作者がバブルを例に出しているのは説得力がない。

ただ、日本が大学の力を産業の競争力に変換できなかったのは確かだ。
しかし、1998年3月に施行された日本版バイドール法である大学等技術移転促進法や
国立大学の独立法人化によって、状況は変わってきた。
大学等技術移転促進法が施行されてから十年経った事で、
ぼちぼちと成果が現われる事を期待したい。

最後に、東一眞氏は「中国の不思議な資本主義」の著者で、
最初読んだ時は気づかなかった。
感想を書くために検索して気づいたが、「中国の不思議な資本主義」はお勧めである。

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