異をとなえん |

『悲劇の発動機「誉」』感想

2008.03.13 Thu

03:21:42

前間孝則著『悲劇の発動機「誉」 天才設計者中川良一の苦闘』を読む。「誉」は第二次世界大戦当時の日本の主力飛行機用エンジンである。カタログスペックでは高性能だったが、現実には資源の不足からその性能を発揮できず、さらに故障続きでほとんど役に立たないイメージを残して終った。この作品では、「誉」を作った会社中島飛行機、設計者である中川良一などに焦点をあてながら、「誉」の技術開発の問題点を検証していく。

知らないで驚いたことはたくさんあった。第二次世界大戦で日本の主力エンジンを開発した設計者が大学を出てほんの数年の若僧だったことや、p379にある『中川は次のような驚くべき事実をあげた。「開戦の一ヶ月前まで、われわれのエンジン工場にアメリカのカーチス・ライト者の技術者がきていて、生産に関して指導をしていた。中島ではどんな種類のエンジンを何台生産できるか、どの程度の技術力なのか、彼らはすべて知っていた。なにしろ機械の並べ方まで教えていったのだからね」』などだ。はっきり言って戦争なんかするなよとしか、いいようがない。

しかし、筆者の技術批判はほとんど的外れのように思われる。日本全体の技術開発というか、戦争指導にはものすごく問題が多いが、中島飛行機での技術開発上の問題はしかたがない。先端の技術開発を目指せば、その機能に応じきれない部分は必ず出てくる。本の中では様々な問題を取り上げているが、その問題点は一つ一つ試行錯誤しながら潰していくしかない。本の中にもあるように、欧米のメーカーも試行錯誤しながらピストンやシリンダーの問題を一つ一つ解決していった。第二次世界大戦前のその経験が、戦時においては完成したエンジンを作り出した。残念ながら、その時ようやく日本は飛行機用エンジンの自主開発に到達した段階で、経験があまりにも不足していた。エンジンをほとんど海外のものをコピーしていて、自分たちで開発を始めて2つめぐらいなのだ。大学を出たばかりの若い設計者に、量産時に発生する問題を考えて設計しろとか、アメリカと戦争になったらオクタン価の高いガソリンは手に入らなくなるから、軍が出した仕様をそもそも信じないで設計しろという方がきつい。それが戦時での悲惨な状況を生み出したわけだが、その経験の不足をカバーする方法はない。断言する。技術者が本物になるには、それなりの経験が絶対に必要なのだ。

技術開発の面から離れて戦争指導の観点から見ると問題点は山のようにある。この主任設計者である中川が徴兵で引っ張られるなどは、何を考えているのだと思う。もちろん官僚機構だから何も考えてはいない。戦争のために必要な技術者や労働者は戦線に狩り出すより重要だということがわかっていない。はっきり言って日本人は戦争に向いていない。これは、戦争の時には部分最適より全体最適を優先しないといけないのだが、部分最適を優先しがちな日本社会の構造からきている。そのかわり、平和な時にはそれなりの強みもあるので、しかたがないのかもしれない。

あとがきの中で筆者は「誉」の過ちを「H-2」でも繰り返していると批判する。私にはおかしく感じる。欧米の宇宙開発の結果から見ても、「H-2」の打ち上げ失敗率は普通である。予算の低さを考えるとこんなものだろう。もちろん、後知恵なら幾らでも批判できる。しかし、現実の技術開発はそんなにうまく行くわけがない。「誉」の教訓はもっと別の所にあるのだ。

目次
プロローグ博物館の鉄の塊
第1章奇跡のエンジン「誉」
第2章中島知久平の旗揚げ
第3章試作から量産へ
第4章「誉」エンジンの検証
第5章欧米メーカーの開発体制
第6章シリンダーとピストン、冷却の盲点
第7章航空技術廠内の「誉」批判
第8章悲劇を生んだ根本原因
エピローグ「欧米に追いつけ」の果てにあるもの

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501 指導者の恣意的な権力の行使について - 平和型国家論(その9)

平和型国家論の構成をどうするか悩んでしまうのだが、今回は戦争時において指導者の権力の行使が恣意的なものになってしまうことを書く。 『悲劇の発動機「誉」』を読んで、一番印象に残ったのはエンジンの主任設計者が徴兵で引っ張られてしまうところだった。 「誉」は太平洋戦争後半の海軍の戦闘機のほとんどに搭載されるエンジンで、戦争の帰趨を決定すると言ってもいいエンジンだ。 その主任設計者をエ