異をとなえん |

「歴史人口学で見た日本」感想

2008.02.15 Fri

00:12:36

速水融著「歴史人口学で見た日本」(文春新書)を読む。これが出版した時の書評で、学問の始まりを立ち上げた喜びが出ているなんてのがあった気がする。そんな事を感じてしまった。筆者はヨーロッパに一年遊学して生涯の研究分野を見つけたのだから、海外へ行くというのが実に意味があるのがよくわかる。

歴史人口学というのは、日本の場合宗門改帳を使って、人口の推移や、それに伴う家族の変化やら、死亡の原因やらを調べる学問だ。イギリスやフランスの場合、教区簿冊という教会の戸籍みたいなものを使って研究する。歴史人口学というのは厳密には違うのかも知れないが、私はそんな風に理解した。筆者は日本の諏訪や濃尾で、その研究をし、いろいろな成果を上げている。

本の中で印象に残った事を記録しておく。

まず、日本の人口の推移だが、奈良時代720年ごろ560万人、江戸時代の始め1620年ごろ1200万人、1721年3000万人らしい。750年、1600年というのは時代も人口も大体で推定値、1721年というのは徳川吉宗が調査した年で実数に近いはずだ。調査結果は2600万ぐらいだが武士の人口が入っていないので約3000万人ということだ。この三つを覚えておくと、日本の人口の流れがつかめる。江戸時代始めの人口急増が際だっていて、元禄時代の繁栄は本当にとてつもなかった事がよくわかる。

また、江戸時代でも1720年以降は日本の人口は停滞するのだが、人間自体は活発に移動している。減っているのは関東地方、東北地方で、増えたのは主として西の方山陰地方、九州地方だ。明治維新を西国の諸藩が担った理由かもしれない。都市の江戸や大阪の死亡率が高いのも記述されている。

さらに、江戸時代は、家畜が少くなって農民は自分たちの労働時間を拡大して生産を増やしていった。生活水準は向上したらしい。それを筆者は勤勉革命と言っている。生活水準が上がれば労働時間を増やす事を受け入れるというのは私には興味深い。現在の日本の成長率の低下は、目に見える生活水準の向上というものがないので、人々があまり働かないのではないだろうか。

最後に、地主の家は分家、小作人の家は絶家というのがある。地主の家は絶える事がなく分家して子孫が増えていくのに、小作人の家は時々絶家して消えていく。上層階級が下層階級を押し出しているのがよくわかる。

後、内容について整理していたら、下記のページを見つけた。

速水融『歴史人口学で見た日本』

引用があって、私の記述よりずっとわかりやすい。

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