異をとなえん |

金融化する経済

2013.09.28 Sat

20:07:31

ロジステック曲線型成長モデルでは中間点を過ぎると経済の金融化が始まる。
借金のGDP比が増加し、金融産業の利益が他の産業の利益に比べて大きくなっていく。
金利の低下による資産価格の上昇が金融業の肥大化を生むのだ。

資産価格が上昇しているといっても、そのままでは投資も消費も増えない。
資産の所有者のキャッシュフローは別に変化しないからだ。
資産価格が高くなったことで、気が大きくなり消費が増えることもあるだろうが、それだけでは経済に大きな影響を与えるほどではない。
上昇分の利益が消費や投資に変化を与えるには、資産の売買が行われ、それに呼応して融資が行われる必要がある。
単なる売買では意味がないというか、資産価格が上昇するならば必然的に融資が増えていく。

買い手は融資をしてもらって資産を購入する。
余剰となった貯蓄の運用先を拡大するために投資が行われるのだから当然のことだ。
取引は金融業が主体となって掘り起こしてゆく。

売り手は資産を売却して上昇益を得たとしても、それを消費するか、より有利な投資に回すのでなければ意味がない。
売却代金を貯金するだけなら、売却した資産の利回りより劣るはずだからだ。
消費は経済を成長させる。
有利な投資というのは売却した資産が今後上がるであろう上昇利益を放棄してでも目指すものだから、具体的な儲け話であり、当然成長効果がある。

資産の売買が盛んになれば、土地の売買ならば不動産業、株の売買ならば証券業の手数料が増え、結果として利益も増える。
担保としての融資ならば銀行業だ。
この三つの産業が金融業なのだから、GDPのシェアが拡大し、利益が増えるのも当然のこととなる。

金融業の利益が上昇するのは、資産の価格が上昇しているから一時的な所有でも、その分の期間上昇利益が手に入るからだと論じたことがある。
その理屈も正しいとは思うのだが、もっと直接的な理由があった。
売買または融資によって資産上昇の利益が現出する以上、常に一定の比で手数料が金融業に流れ込むのである。
中間点を越して、バブルが崩壊するまでの間は、資産上昇の利益は拡大し続ける。
結果として、手数料、つまり金融業の利益も拡大し続けることになる。

具体的な例をアメリカに見てみよう。

アメリカは1981年、長期国債が18.9%の利回りをつけ最大値に達した。
下記のグラフを見ると、1981年近辺から金融業のシェアが拡大し始めている。

グラフは増田悦佐著「いま資産を守るためにいちばん大切なこと」(p57)に載っているグラフで、ウェブ上の引用元となる記事からコピーした。
1981年以前は、金融業の利益(Finantial Profits)はGDP比0.7%ぐらい、総負債(Total Debt)はGDP比130%ぐらいで一定だったのに対して、1981年以後はシェアが継続して増えていった。
これは、アメリカが1981年にロジステック曲線型成長モデルの中間点を迎え、金融業が肥大化していったことを示している。

資産価格上昇や金融業の肥大化による経済成長には問題点が幾つかある。

まず貧富の格差増大だ。
基本的に資産というものは、金持ちが持っているものだ。
貧乏人には子孫に残すものもたいしてなく、一生でプラスマイナスゼロのとんとんの生活がいいとこだろう。
資産は金持ちが持っている以上、資産価格上昇による利益はほとんどが金持ちの手に渡ることになる。
結果貧富の格差は拡大していくわけだ。

また金融業の生産性は金額の大小によって変わるものではない。
一件あたりの手間ひまは基本的に同じだろう。
だから資産価格の上昇によって金額が大きくなればなるほど、広義の意味での生産性、つまり一人の人間の稼ぎの額は大きくなっていく。
金融業に従事する労働者の賃金は他の産業に比べれば大きく上昇し、これも貧富の格差の拡大の要因となる。

そして、金融業の賃金上昇こそ最大の問題だ。
金融業の生産性向上は本質的な意味での生産性向上に全く役に立っていない。
資産価格の上昇のおこぼれに預かっているだけだ。
それなのに給与が増大していけば、才能ある人材を多く集めることになる。
本当の意味で人間の効用を増やす技術革新に割ける人材が少なくなってしまう。
最終的には技術革新能力を弱め、経済の停滞を招くことになる。

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