異をとなえん |

朝鮮の科挙では平民出身が半分近くを占めていた?

2013.01.28 Mon

01:57:46

李氏朝鮮では両班がしだいに増加し人口の大半を占めるようになった、という説を私は主張している。
それに対して、中期以外では科挙に及第した人の半分近くが平民出身者という意見が出てきた。

科挙に受かれば平民でも出世できた朝鮮王朝時代

引用開始

 朝鮮王朝時代を研究している韓永愚(ハン・ヨンウ)梨花女子大学梨花学術院長(75)が、朝鮮王朝時代に関する通念を破ろうとしている。朝鮮王朝時代は、少数の両班(貴族階級)が代々官職を独占した特権層社会と考えられてきた。科挙の文科に及第した人物の名簿『文科榜(ぼう)目』の分析によって導き出された「姓貫(姓と発祥地〈本貫〉。両者を一組にして氏族集団を判別する)全体の5%にもならない199の姓貫が、文科及第者の約90%を輩出した」という統計結果も、誤った考えを支えた。朝鮮は両班中心の閉鎖的かつ硬直した社会だったと考えられてきたのだ。

(中略)

 韓教授が今週出版した『科挙、出世のはしご』(知識産業社)によると、平民など身分が低い及第者の比率は、朝鮮王朝最初期に当たる太祖・定宗代の40.4%から始まり、次の太宗代には50%に上昇した。朝鮮王朝中期の燕山君以降は20%前後になり、宣祖代は16.72%、最も低かったのは光海君代だった。粛宗代以降になると再び30%代に上昇し、朝鮮王朝後期の正祖代には53%、高宗代には58%になった。韓教授は「『小川からいでたる竜』たちの中には、貧しく卑しい一族の出身で領議政(議政府の最高官職)にまで上り詰めた、世祖代の洪允成(ホン・ユンソン)のような人物もいる。朝鮮は、身分上昇が活発だったダイナミックな社会」と語った。
引用終了

人口の大半が両班だったら、科挙に及第した人間の半分が平民ということはない。
詳しいことがわからないので、当否は判断できないのだが、私の仮説が間違っている可能性をしめしているのでリンクしておく。

ただ、幾つか疑問点がある。
まず、今までの資料は否定されたのだろうか。
否定されていないとすれば、そもそも両班と平民をどう区別しているのだろうか。
両班はそもそもは階級ではないとされているのだから、区別できることが不思議だ。

王朝初期では40.4%が平民出身者とされているが、それ以外は両班という意味だろう。
両班は朝鮮王朝で形成された階層だと思うので、王朝初期から存在しているとすれば疑問を感じる。

また、両班の庶子は両班だと思うのだが、それは平民と解釈されているように見える。
それは正しいのだろうか。

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