異をとなえん |

高度知的人材は開発途上国には生まれない

2013.01.21 Mon

21:59:56

「第三次グローバリゼーション」を読んだのだが、うなってしまう。

高度教育のグローバリゼーションが進むことで、高度知的人材のグローバル調達が盛んになり、先進国の頭脳的労働者も世界の全ての有能な労働者と競争しなくてはいけないという話だ。
大惨事グローバリゼーションになるというのがちきりんさんの予想だが、その話は根本的におかしい。
才能というのは、数だけでなく環境も大事だからだ。

世界の人口は先進国以外の人間が多いのに、ノーベル賞は先進国の人間しかほとんど取れない。
開発途上国では教育システムが完備していないからというのは、一面の理屈でしかない。
彼らがそもそも興味を持っていないという可能性を忘れている。

親が本を読まない家庭では本が嫌いな子供が多く、逆に親が常に読書をしている家庭は自然に本好きな子供が育つと言われている。
高度な教育を受けたいと思うには、そもそも高いレベルの勉強が好きになっていなくてはいけない。
世界のいろいろなことに知的好奇心を持ち、その理由を探りたいと考えるためには、回りの人たちがそれをサポートする必要がある。
一部の例外を除けば、回りの人たちが熱意を持っていることで、自分もそうなりたいと考えて、勉強を始めるのだ。
ネットにつながる環境があり、無料でそれを見られるからといって、人々は簡単に勉強するようにはならない。

もちろん、大多数はそうであっても、一部のほんの少数は貧困から脱出するために勉強するかもしれない。
でもそれはもの凄く困難な道だ。
まず、能力だけで認められる仕事は限られている。
スポーツ選手は典型的な能力だけで認められる仕事で、開発途上国から先進国に人材が流出している。
サッカーはボール一つで始められるから、多くの開発途上国で子供たちが熱心にやっている。
でも高度知的人材はどうだろう。
頭だけでできる仕事は、実際にはほとんど他の人間とコミュニケーションをしなくてはいけない。
数学みたいにほとんど紙と鉛筆だけでできる仕事もある。
でも、数学の能力だけで、世界のどこにでも就職できる人は限られている。
ほとんどの人はまず数学の能力の可能性を上の人に理解してもらうことで就職するのだ。
その上で成果を出し、世界に知られることになる。
開発途上国で数学者を目指すには、上の人に認めてもらうことがないままで結果を出さなければならない。
そんな人間はほんの少数だろう。
そして能力があったとしても、普通の人間はもう少し可能性のある方向に転進する。

頭が良くて、高度な教育をインターネットで受けた人材は何をするか。
一番確実なのは、インターフェイスとなることだ。
明治維新以後の日本で盛んに生まれた人材だ。
欧米諸国の学問を勉強して、日本でそれを翻訳していく。
あるいは欧米の学問を日本に適用していく。
先進国の企業にやとわれて、その意向を自国の国民に伝えることだ。
開発途上国の人材が先進国の人材と直接の競争相手にならないのはそれが理由だ。

新規のことに勝負するのはリスクが高い。
失敗しても挑戦する人がいなければ新しい成果は生まれない。
だから、なかなか日本の科学者は今までノーベル賞が取れなかった。
先進国で高度知的人材が育つのは、それだけのゆとりと回りがそれを必要としているからだ。
回りで挑戦する環境をつくり、失敗を許容しなければ高度知的人材は生まれない。

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