異をとなえん |

国民の間に不満が多ければ政治闘争は激しくなる - 中国新体制のメンバーが決まる(その3)

2012.11.21 Wed

21:19:27

中間派が多数を占めれば、争いがなくなるかというとそうではない。
たとえば、旧ソ連のブレジネフ時代からゴルバチョフ時代の前までは、最高指導部の間で争いはほとんどなくなっていたように見える。
汚職事件による失脚とかはなかったと思うし、権力の座から追われるとしてもゆっくり引退に追い込まれるようなものだった。

争うよりも自分たちの権益が重要になり、それさえ保障されれば権力闘争のようなことはしない。
最高指導者の間で互いに自分たちの縄張りを持っていて、それを侵さないようにしているわけだ。

けれども政治闘争というものは、指導部の人間関係で決まるものではない。
政治家というものは基本的に国民の希望に答えようとして生まれる。
困った人の助けになりたい、飢えや病気などで塗炭の苦しみにあえいでいる人たちを救いたい、そういう思いが政治家になろうという願望を作り出していく。
だから、政治家は国民の欲求に敏感だ。
民意をすくいあげようと努力していく。

そうなると仲間内で和気藹々とはいかなくなる。
一部の人間の利益を増やす政策を実行することは、別の一部の人間の利益を減らすかもしれない。
国民全体の利益を最大にする政策が正しいとしても、損をする人、あるいは得をしない人たちにも、ある程度利益を回してあげないと政策が実行されにくくなる。
そして政治の実行は常に不確定だ。
だからどうしても政策による争いが生まれ、結果的に政治闘争を生んでいく。

ただ当然のことながら、最高指導部の間で政治的な争いが激しい場合と穏やかな場合がある。
この二つの違いが起こる最大の理由は、国民の間での政治に注ぎ込まれるエネルギーの量の差だ。
国民が生活に困り、なんとかして欲しいと政治に期待し、政治の変革を求める場合には、政治的な争いはどうしても激しくなる。
それに対して、国民が政治に期待することもなく、今までの政策を続けていってくれればいいと思っていれば、政治は波風が立たなくなる。

後、政治システムにおいて権力がどんな構造になっているかも関係する。
国民の間で政治に対する期待が非常に大きい場合、政治的な争いは過熱するが、複数の政党が政権を争うシステムならば、政党の間で争う。
それに対して、共産党による一党独裁システムの場合、共産党が全ての国民の要求を受け入れようとするから、政党内部で争う。
ソ連も中国も革命が始まって、内戦のような状態のときは、共産党内部は団結して、他の政党を攻撃し、殺しまくっていた。
内戦が終了し、他の政党が抹殺されると、建前上は国民全てが共産党支持になるから、結果的には共産党内部が多くの路線をかかえこんだ政党に変化してしまう。
そのため、共産党内で争うのだ。

現在の中国では明らかに政治に対する不満は増加している。
国民の間で多くのデモが発生している。
群体性事件と呼ばれるこれらのデモは、2005年に8万7千件に達している。
現在件数は公表されていないと思われるが、たぶん近年はもっと増えているだろう。
それらの不満は共産党内部に深刻な影響を与えている。
国民の不満を押さえ込んでしまえばいいと考えている人たちと、ある程度認める人たちで分かれているはずだ。
それらは結局深刻な路線対立を生む。

中国共産党では中間派が最大勢力を占めていると主張した。
その場合に、国民の間で政治に対する不満が増大し、共産党内での政治闘争が激しくなれば、どのような状態になるか。
それについての考察を次の記事で行う。

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