異をとなえん |

有人宇宙飛行反対論

2012.11.12 Mon

21:27:40

文芸春秋で立花隆さんが、有人宇宙飛行反対論のコラムを書いていた。
理由として、日本には宇宙開発で人命が失われた場合に耐えられないことと有人宇宙開発によるメリットが少ない挙げられていた。
基本的にその意見に賛成である。

私が有人宇宙開発に反対する最大の理由は、一番になれないことだ。
初めての有人衛星とか、初めての月着陸とか、直ぐに達成可能な有人宇宙開発目標はなくなっている。
人類が目指す有人宇宙開発の次の目標としては、アメリカが目標とする火星への有人宇宙旅行ぐらいしかない。
重力に逆らった火星圏脱出が必要ないだけ、小惑星への着陸の方がましではないかと思うけど、それでも簡単ではない。
莫大な金と時間が必要だろう。
それだけのコストを投入して達成できる成果があるのだろうか。
人命安全を前提として、火星への有人宇宙飛行を目指すならば、たぶん人が乗らないで一度リハーサルをするしかないだろう。
そうすると人がいなくても、宇宙開発でできることは全てできてしまう。
人の役割はいったい何になるだろうか。
単なる酸素の消費者だったら意味がない。
火星に宇宙飛行船を飛ばして、乗員は地球でバカンスを過ごせばいい。
そうすれば少なくとも人命を守るためにかかるであろう、膨大な費用を節約することができる。

火星への有人飛行が目標として不適当ならば、日本が目指すべき有人宇宙飛行は何があるのだろうか。
一番になれなければ意味がないのだ。
「はやぶさ」には感動があった。
それは人類初の小惑星からの着陸帰還という偉業があったからだ。
二番目だったら、感動もだいぶ落ちてしまう。
もちろん、二番目でも追いつくためにやらねばならないことはある。
有人宇宙飛行が達成すべき目標のために必要とあれば、たとえ二番煎じでも実行しなければならないだろう。
でも有人宇宙飛行が何の役に立つのか。
それが見えない。

だとしたら、もっと一番を目指せる宇宙開発に資金を投入してもらいたい。
たとえば、ソーラー電力セイルによる木星トロヤ群探査の方がずっと魅力的だ。
あるいはスペースデブリを除去するためにレーザーによって地球に落とすことでもいい。
その他にも、宇宙開発にはいろいろ魅力がある計画がたくさんある。
でも有人宇宙開発にはその魅力がない。
一番じゃないからだ。

安全のための予算をたくさん食うのに、感動が少ない有人宇宙飛行開発には反対だ。

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