異をとなえん |

世界の安定のための日本の役割

2007.12.16 Sun

04:57:03

下記のページを読んでいろいろと考えさせられた。

In the Strawberry Field:エントリー 国防を他人任せにする危険

突っこもうと思えばありとあらゆる部分に突っこめるのだが、本質的に何が意見の相違をもたらしているのがずい分考えてみた。結論は、軍事力の使用判断が違うことにつきると思う。「真昼の決闘」で保安官に逃げろと言った人みたいに、格好が悪い。臆病で判断を間違っているのかもしれない。しかし、それでも慎重であるべきだと思う。

アメリカが世界秩序の安定のために、多くの努力をし、貢献しているのは理解できる。文句をつける事はできるが、実際にそれを為しているのはアメリカなのだ。しかし、だからといって、アメリカ軍と肩を並べて戦うには、同意できない事がたくさんある。

今回のイラク戦争がいい例だろう。イラクのフセイン政権が、守るに値しない政権であり、打倒した方がいい政権であることは同意できる。しかし、実際に政権を打倒し、その後始末までする必要があったかというと疑問だ。フセイン政権を存続させ、時間をかけて圧迫し続けた方が良かったのではないかという気がする。

勿論、大量兵器の問題はある。現在なかった事になっているが、それは結果論であって、戦争前に判断できたかというと難しい。フセイン政権が協力的でない以上、いつまでもはっきりせず、続いていくことになるだろう。戦争直前、かなり協力的になったのは、アメリカが戦争のために中東に兵力を集中したからであり、あの時点でもう少しアメリカが戦闘開始を待てば、戦争を回避できたなどと言うのは、アメリカにとって不当に辛い判断だ。今現在は協力的であっても、兵を引けば、また非協力的になることは目に見えている。だから、アメリカが戦いの決意を固めて軍事力を中東に集中した時点で、フセインが退陣する以外戦争はやむを得なかった。しかし、戦いを決意する前にイラクと大量兵器の問題で交渉し続けたとしても、それほど問題になったとは思えない。もちろん、フセインが信用できるわけはないが、あの時点でも航空攻撃はできていたのだから、国連の監査と組み合わせれば、なんとかなったように思える。現在のイランに比べればずっとましだ。

結局、戦争を支持できるかと言えば支持できるが、実際に肩を組んで戦って欲しいと言われたら、しない方法を模索したい。

また、今回のように自衛隊が日本の商船を護衛しろという意見もある。少くとも現時点では反対である。テロの危険に対しては商船が自己の責任で対応してもらうしかない。危険すぎると民間が判断するならば、それもやむを得ない。

結局、筆者の指摘はアメリカがいなかったら日本はどうするのかという問題だと思うが、アメリカがいなかったら日本は全然別の対応をしてるだろうとしか、言いようがない。世界の安定のために資金援助はできるが、それ以上必要な場合は口を出さざるを得ない。口を出すというのは、軍事力を行使しない方法で解決しろと同義なのだ。

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