異をとなえん |

指導者の恣意的な権力の行使について - 平和型国家論(その9)

2012.09.27 Thu

21:11:19

平和型国家論の構成をどうするか悩んでしまうのだが、今回は戦争時において指導者の権力の行使が恣意的なものになってしまうことを書く。

『悲劇の発動機「誉」』を読んで、一番印象に残ったのはエンジンの主任設計者が徴兵で引っ張られてしまうところだった。
「誉」は太平洋戦争後半の海軍の戦闘機のほとんどに搭載されるエンジンで、戦争の帰趨を決定すると言ってもいいエンジンだ。
その主任設計者をエンジンは一応完成したとはいえ、まだ不具合がたくさん残っている状況で徴兵してしまう。
誰が考えたって、徴兵するよりエンジンの開発を続けさせた方が日本の軍事力拡大のためにいいに決まっている。
他にも、工場の熟練工員を次々と徴兵してしまい、戦争のために必要な生産能力を致命的に損なってしまう。
軍需産業の熟練工員は兵卒として働かせるより、生産を続けさせた方がいいということがわからない。
この本を読んだとき、日本人の戦争に対する無能ぶりに絶望的になってしまった。

しかし、深く考えるとそれほど単純な話でないことがわかる。
無益な徴兵を防ぐためにはどうしたらいいのだろうか。
すぐ思いつくのは戦争遂行のために必要な部門に関しては、その部門に徴兵を拒否する権限を与えることだろう。
陸軍や海軍の徴兵を担当する部門から赤紙が来たら、その権限を使って拒否する返事を出すわけだ。
この場合何の制限もなく拒否できると、無制限に使用する危険性がある。
だから軍需産業などには、生産する兵器の重要性に比例して、ある程度の数の徴兵拒否の権限を与えるべきだろう。

さてここで問題になるのは、その徴兵拒否の権利を誰に使うかだ。
次期主力エンジンの主任設計者に権利を使うのは当然だろうけれど、ずっと下っ端の人間の場合にどう判断するかは難しい。
さらに工場の活動に極めて重大な影響を及ぼす人間に弟がいたとして、その弟も工場で働いていたとしよう。
弟の方は入ったばかりの素人同然で生産に関係がなく、普通だったら徴兵を拒否する権利は使わない。
けれども極めて重要な人物が、「弟が徴兵されたら自分は心配で能力が発揮できない」と言っても、そのまま徴兵させてもいいのだろうか。
答えは具体的な事例によって違うとしか、いいようがないだろう。
つまり、徴兵拒否の権利を割り振る力を与えられた人間が、生産能力最大になるには誰に使ったらいいかを考えて、決断するしかない。
問題なのは、その判断は恣意的にしかならないところだ。
当人がどんなに自分は公平に判断したと主張しても、選ばれなかった人間から見ればえこひいきで気に入った人間だけ選択したと映る。
その判断の適否を判定できるのは、直接の上司だけであり、目標の生産に対してどのような結果を出しているかで、支持するかしないかを決めるしかない。
あるいは部下を選ぶときに、それだけの能力を持った人間を見つけるわけだ。
この権限の連鎖は上へ上へとつながっていき、頂上には国家の指導者が存在することになる。

国家の指導者は戦争遂行のために強大な権限が与えられる。
今回の話の場合、徴兵するか否かであり戦争の状況によっては個人の生死を左右する権限となるだろう。
その権限は部下に与えられ、それと同時に目標の遂行に全力を尽くすことが要求される。
部下たちは国家のエリート、支配者階級だ。
最高指導者は能力を持つものを見つけ出して、階層を作り、戦争を遂行する。

日本が徴兵を拒否するかどうかの権限を軍需企業に割り振れなかったのは、兵役の義務を恣意的に割り振ることを拒否したからだ。
能力のレベルに応じて命の価値が違うことを拒否したからだ。
日本は平和が長く続いた国家であり、命の価値を戦争遂行能力の違いによって区別することを認めなかった。
基本的には全ての人間が平等なのだから、徴兵の義務も確率的に割り振られるべきだという概念が強烈過ぎた。
それを変更しようとするほどの権力の集中はついに達成できなかったといえる。
東条英機は政権方針に反対する記者に報復するために、その記者を徴兵してしまった。
さすがに一個人を指定しての徴兵はできなかったが、該当する年齢などの部分を一括して徴兵することにより目標を達成した。
このせいで東条英機の評判はずいぶん悪くなっている印象がある。
戦争指導者に権限が集中するということは、このような恣意的な徴兵も可能にすることだ。
戦争のためなら指導者のわがままも我慢しなくてはならない。
しかし、ついに日本人はそのような恣意性を認めることができなかった。
指導者には戦争能力よりも公明正大であることを求めたわけだ。

今回の話をまとめると、戦争型国家では戦争遂行のために指導者の恣意的な権力の行使を認めるが、平和型国家では恣意的な権力の行使を認めず、できるだけ公明正大に権力を使うことを要求するということだ。

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