異をとなえん |

中国共産党の意思決定システム - 平和型国家論(その6)

2012.09.19 Wed

21:22:07

指導者の能力について書くつもりだったが、中国の政治システムについて一言述べたくなった。
中国の現在の政治システム、つまり中国共産党政治局常務委員9人の多数決による意思決定システムは戦時のシステムとしては向いていない。
現在の日中間の尖閣諸島紛争を見ていると、それがよくわかる。
いったい中国は何を目指して行動しているのか、日本政府にはたぶんわからない。
譲歩しようにも要求が出ていなければ、譲歩もできない。
菅内閣のときの尖閣諸島紛争では、少なくとも要求はわかった。
中国政府は逮捕した中国人漁民の早期釈放を求め、日本政府はそれをのんだ。
それに対して今回の中国政府のやり方では、何を求めているかがわからない。
その理由は中国の指導部内で意見が分かれていて、意思決定ができないからだ。

日本政府にいうことを聞かす一番いい方法は、在中日本人を無実の罪で逮捕して暗黙裡に要求を出すことだ。
ほとんどの場合日本政府はそれに抵抗できない。
今回だって要求が明確ならば、日本政府を屈服させることができただろう。
それができないのは、要求が明確でなく、決着点がわかっていないからだ。
結果、中国政府は駄々っ子みたいに暴れ、日系企業に不満をぶちまけている。

「【オピニオン】中国の反日デモ―7年前とは違う不安要因」では、日中間の紛争を分析しているが、問題点として次のようなことが述べられている。

引用開始

中国共産党は新世代への権力移譲の準備を進めているが、さまざまな派閥に分かれている党幹部はこう着状態に陥っており、いくつもの重要な問題、たとえば、失脚した薄煕来前重慶市党書記をどう扱うべきか、最高意思決定機関である中央政治局常務委員会の委員を誰にすべきか、などで合意形成ができていない。

 それぞれが一定の影響力を持つ中国の過去、現在、未来の指導者たちのあいだでまだ意見が一致していないため、党大会の日程すら発表されていない。
引用終了

9人という人間が意思決定を行うことは、政策だけ純粋に考えても難しい。
人事がからんでしまい、政策と派閥抗争が連動すると、もうにっちもさっちもいかなくなる。
この政策を支持する代わりに次期メンバーの選定では誰々を推して欲しいなどとなったら、政策の良し悪しなど考えることはできない。

このような状況に陥るのは、共産主義政権が一人の人間に全権を任すことができないからだ。
民主主義国では一人の人間に全権を任せても、大統領制のように期間を切るとか、議会制のように議員の支持を得られる状況のときとかのように、自然と制限がかかる。
平和裏に政権交代するシステムを法が保証している。
共産主義政権にはそれがない。
一人の人間に全権が集中してしまうと、途中で止めることができなくなる。
法よりも共産党が上の存在だからだ。

戦時だったら仕方がなく独裁を容認しただろう。
けれども平和な時代だったら、自分たちの命が簡単になくなるような状況は嫌になる。
だから上層部においては、寡頭制に変更するわけだ。
ソ連ではスターリンが死んだ後、中国ではトウ庄平が死んだ後、そのような体制に変化していった。

現在の中国共産党政権が戦時のシステムに向いていなくとも許されるのは、やはり安全保障上の脅威が減退しつつあるからだ。
外国からの侵略で国が滅びる脅威は中国はもうほとんど持っていないだろう。
中国共産党の存在意義が薄れつつあることになる。

なんか話がずれてしまったが、現在の国家が戦時から平時の体制に変わっていく一例と受け止めて欲しい。
次こそ指導者の能力について話をする。

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499 軍はなぜ暴走するのか? - 平和型国家論(その7)

指導者の能力について書くつもりと前回述べたが、また変えてしまった。 戦争型国家では権力が集中することは述べたが、平和型国家ではなぜ権力が分散するかについてはあまり述べていなかった。 その部分について先に書いておく。 戦争型、平和型という区別より、まず戦争の危機が目前に迫り、自国の安全保障が危険にさらされれば、どうしても権力は1個人に集中し、国家は統一された活動を取ることを迫ら