異をとなえん |

自国通貨高は国力が上昇したから? - 交易条件の悪化は基本的に良いニュースである(その6)

2012.08.10 Fri

21:04:03

「交易条件の悪化は基本的に良いニュースである」が中途半端になっていたので、続編である。
その3で提示した疑問のうち、「生産性が高くなることは、国力が強くなったと考えていいか」という疑問に答えていなかった。

しかし、問題として提示はしたが、「生産性が高くなれば国力は強くなる」は自明だと思われる。
国力は国家の総合的な力ととらえるのが、多くの人のイメージだと思われるが、厳密には定義できない。
私は、国力を戦争をしたときに勝つ可能性を示していると思っている。
実際のところGDPとたいして変わらない。
けれども、生産性が高くなればGDPも上昇するかというと、そうもいえない。
需要不足の経済では生産性を高くして少ない労働者でより多くの生産物を作れるようになっても、余った労働者が失業するだけではGDPは上昇しない。
バブル崩壊後の日本は需要不足の経済であったため、企業は生き残るために必死になって生産性を向上させたけれども、需要が増えないのでGDPの伸びは低かった。
しかし生産性が伸びていれば、いつかは需要不足も解消され、GDPの伸びもそれに追いつくと考えるのが普通だろう。
日本の場合だったら、高齢化社会によって労働者が不足するようになっても、GDPはそれほど落ちないだろう。
だから、生産性が高くなれば若干のタイミングのずれはあったとしてもGDPは上昇するし、国力はそれがイメージを現す言葉であることを考えると即上昇する。

ここまではなんというか言葉遊び的なつまらない話なので、もう少し問題を変形してみる。
「自国通貨高は国力が上昇したからだ」、という命題は成り立つのだろうか。
円高は国力が上昇したからだと私は主張した。
これは日本がデフレ状態であることによって、購買力平価が常に円高に振れるので、結果的に為替相場も円高になっていたからだ。
そしてデフレが発生しているのは日本の生産性が上昇しているからであり、すなわち国力が上昇したことだ。

デフレが日本経済の停滞の原因であると主張している人たちからは、妄想だと決め付けられそうだけれど、これはデフレを原因と考えるか結果と考えるかの違いだと思われる。
デフレを結果だと考えれば、需要不足という苦境の中で成長した結果がデフレによって生じたと解釈する。
デフレを原因だと考えれば、需要不足自体がデフレによって起こっていると考えるわけだ。
しかし、デフレは前にも書いたように、企業や労働者が必死に努力して生産性を上げなければ起こりえない。
努力しなければ物価は変わらないはずだ。
賃金が下がっているから物価も下がっているという主張は、実質賃金は上昇しているのだから成り立たない。
つまりデフレが原因であろうと結果であろうと、生産性の上昇を意味していることは確かだ。

それでは、インフレは生産性の低下を意味しているのだろうか。
それは明らかにおかしい。
インフレでも一人当たりの実質所得が上昇しているならば生産性は上昇しているはずだ。
つまりデフレとインフレは、需要が不足気味なのか過剰気味なのかをあらわしているだけであって、生産性とは直接関係ない。
もっとも生産性はマイナスにならないと仮定するとデフレは確実に生産性が向上している。
それに対してインフレは生産性が上昇していなくとも、起こりえる点が違う。

「自国通貨高は国力が上昇したからだ」という命題に戻る。
デフレが発生している特殊ケースを除いて二つの国がインフレ状態にある場合を考える。
インフレ率の差が最終的には購買力平価を変動し、為替相場を変化させる。
自国通貨高が発生するのはインフレ率がより低い方だろう。
けれどもこの場合インフレ率が低い方が、国力がより上昇している、ここでの議論では生産性がより上昇している、と言えるだろうか。
言えるような気もするし、言えないような気もする。
インフレ現象についての理解が不十分でうまく結論が出せない。
これについても宿題としたい。
以上でこのシリーズの記事を終わる。
インフレとデフレについての理解が進んだら、また新たに記事を起こすつもりだ。

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