異をとなえん |

日本人はなぜ細かいところまで気を遣った仕事をするのだろうか?

2012.07.17 Tue

20:44:08

昨日の「ワールドビジネスサテライト」で、日本人がなぜ細かいところまで気を遣った仕事をするのか、という話が出ていた。
私の考えでは理由は二つある。

まず一つは今の経済状況である。
日本はデフレが続いて景気が悪い状況が続いている。
当然のことながら、企業は売上が伸びず、いつ倒産するかわからない状況だ。
だから、企業は売上を伸ばし、利益を確保しようと、必死になっている。
本当の意味で新しい製品の開発は難しくとも、部分的な改良を加えた製品の開発は難しくない。
できるだけ利用者の声を聞いて、それに合った製品を出そうとする。
そして少しでも売上を伸ばそうとする。
もちろん、市場競争がなければ現行の製品そのままで売った方が利益率は高くなる。
でも競争は激しく、なんとか他の市場に割り込もうと考えている企業は山ほどいる。
自社の市場を守るために、細かいところまで気をつかった製品を開発している。

もう一つは江戸時代の伝統であろうか。
江戸時代は産業革命前、飛躍的な技術進歩のない時代だった。
けれども商業システムは整備されつつあり、金融業も発展し、資本主義社会に突入しつつあったような状況だった。
そのため少しずつではあるが、社会が進歩することで、生活水準は改善されていったのだと思う。
これはスーザン・ハンレーの「江戸時代の遺産」で世界でもっとも生活水準が高かったと、述べていることからもうかがえる。
江戸時代の遺産―庶民の生活文化 (中公叢書)
産業革命前だから、生活水準の改善といっても、たいしたことはない。
けれども、ほんの少しの気遣いでも、生活は向上するはずだ。
あるいは製品の多様化となる。
「逝きし世の面影」で外国人によって語られる豊穣な手芸品が、そこから生まれてくる。

単一製品の大量生産では雇える労働者は少なくなるが、多様な製品を少量ずつ生産するならばより多くの労働者が必要になる。
多様な製品を生産することで日本は、労働者の完全雇用状態を実現したのだ。
この江戸時代の伝統が、些細な部分にこだわる消費者を大量に生み出し、結果それに答える企業を作り出していった。
これが現在でも、細かいところに気を使った製品やサービスが多くなっている理由だ。

欧米では植民地での奴隷制の成立や、産業革命による資本の価値の極大化によって、巨大な格差が厳然としてあった。
あるいは社会の成立自体が征服によることが、そもそもの格差の原因かもしれない。
巨大な格差は少数の富者の消費する財やサービスの品質をとても高くした。
それらの財には膨大な労働力が投入されたのだ。
一方多数の貧者は低いレベルの財やサービスで我慢せざるを得なかった。
その状況は今も続いている。
欧米で、大衆が消費する財やサービスで日本ほど細かいところに気を使っていないのはそこらへんが理由だろう。
ただ、格差自体は前に比べれば縮小しているはずだ。
それでも多様性が日本ほどでないのは、失業保険や生活保護などで失業者が多くかかえているからだ。
生活ができないならば、低賃金でも労働しようとし、その結果企業も細かいところを改善した製品を出しやすくなる。
新製品の企画や設計などの労働者を投入できるからだ。
欧米では日本ほど労働者を抱えようとせず、首を切ってしまうので、製品の多様化が起こらない。
質を重視する製品がなければ、消費者はそれを判別できず安物の製品で間に合わせてしまう。
それら相まって、欧米ではおおざっぱになっているのだ。

失業率が欧米より低く、その分財やサービスの質が向上している日本の経済システムはより優れていると思う。
欧米も長期的にはその方向に向かって発展するのではないだろうか。
不況は明らかに財やサービスの多様化を促進するだろう。
ユーロ圏が失業者に対する手当てなどを引き下げているのは、その兆候の一つだ。

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