異をとなえん |

なぜ中国は戦前の日本と似ているのか?

2012.10.18 Thu

21:50:36

中国が戦前の日本に似ているという話がある。
私も中国の軍部と戦前の日本の軍部が似ているという記事を書いたことがある。
その記事では軍部だけに話をしぼったが、国全体としても似ているように思う。
なぜ本質的に似ているのか。
基本的な理由は、覇権国の交替理論において中国が世界秩序挑戦国になっているからだ、と思う。

もっとも、中国の軍部と戦前の日本の軍部の違いを考えてみると覇権国に挑戦しているかどうかと関係ない部分が多い気がして、理屈の正しさに自信がなくなってきた。
第一本格的なバブルの崩壊が始まったのは2008年なので、それ以前は急成長している国という特徴は似ていても、世界秩序挑戦国といった感じではくくれい。
バブル以後に状況をしぼると、事実がはっきりしないので証明できないだろう。
それでも少し考えてみたい。

まず、現在の中国と戦前の日本が世界秩序挑戦国と考えると何が似てくるか。
世界秩序挑戦国であれば、世界経済がバブル崩壊などの停滞状態に突入する前は急激に成長しているはずだ。
いや、覇権国がもたらした世界秩序の中で急激に成長したからこそ、現在の中国と戦前の日本は世界秩序挑戦国になったのだ。
急激な成長は社会を大きく変動させていく。
特にこの成長を起こした技術進歩は外から導入したものであり、国内での発展要因は経営者が労働者を組織化し、資本を再度投資にあてたことによる。
これは資本家への富の集中を加速させ、貧富の格差を拡大させる。
戦前の日本でも財閥への富の集中は問題になっており、現在の中国でもジニ係数は0.4を越え、世界の中でも高い方だ。

高度成長している時期には格差が拡大していても我慢できるが、成長が止まり停滞すれば不満は増大する。
富の格差を解消するイデオロギーの力が強くなり、人々の間に広まってゆく。
基本的に高度成長する前の格差は小さかったのだから、昔に戻れといった復古的思想が強くなってゆく。
戦前の日本では、共産主義という富の格差の是正を最大のテーマとしたイデオロギーの力が強くなっていき、同時に右翼による復古主義も盛んになった。
左右両極への分離が激しくなったが、本質的には格差の是正を目指しているように思われる。
中国でも、先の尖閣諸島反日デモの際に、毛沢東のポスターが提示されたように富の是正を目指す思想が強くなるのではないだろうか。
中国の復古思想はもろに共産主義なので、左右の分離というより共産主義復活が強く叫ばれるだろう。

軍隊は高度成長している時代や平和な時代では重視されない。
経済の成長している分野で活動した方がずっと儲かるからだ。
覇権国による成長が世界を覆っていればどこの国も戦おうとしたがらないだろうから平和になる。
軍事費自体は経済が成長しているから、それに見合った分は支出されるだろうけれど、相対的には恵まれていない意識を持つ。
軍人はたぶんに復古思想というか、建国の原点に戻れといった感情を抱きがちになるだろう。
成長が止まり、恐慌が発生するような状況になれば、復古思想を支持する国民は多くなり、軍隊はその主導的役割をになうことで国民から広い支持を集めることができる。
同時に不況自体が外国での需要が減ったことが原因で起こるので、国民は外国に対して批判的になり、軍による外国への対決を求めていく。

戦前の日本では第一次大戦による好景気と戦後の軍縮で、軍人の肩身は狭かった。
制服を着て外に出れないような気分になっていた。
けれども昭和恐慌が発生し、社会自体に不穏な雰囲気が漂うと、復古思想をリードする軍人たちへの支持は高まっていった。
五・一五事件、二・二六事件のように、軍が暴力を行使して政府の要人を殺害するけれど、それを国民が支持していく。
不況から来る中国やアメリカの反日行為に対しても、怒りから軍による対決を求めていく。

現在の中国でも高度経済成長の時代はそれほど恵まれた感じを受けない。
党官僚の汚職はたくさん見るけれど、軍人の汚職事件は少ない気がする。
ここらへん実証してはおらず、単に中国報道を見ている自分の感覚だ。
けれども、最近の中国の状況を見てみると経済情勢が悪化していることに伴い、暴動は増えている。
その中で国民は不満のはけ口を求めて、反外国的な態度をとりがちだ。
尖閣諸島での反日行動や、南シナ海での拡張行動、韓国との漁業紛争と領土紛争も、中国国民は強く支持し軍による対決を求めているように見える。

そして、覇権国による成長が頓挫し、世界に保護貿易主義的な雰囲気がまんえんしていくと、国家は成長を保つためにケインズ主義的な公共投資を実行しがちだ。
世界秩序挑戦国は輸出によって成長していたので、余剰となる生産力は極めて大きい。
また、国家個別な単位で見ると、世界秩序挑戦国において新技術はまだ飽和していない。
公共投資を増やすことで経済を回転させ、新製品の普及を図ることが経済は十分成長できる。
今までの世界秩序の中で疎外されている意識と余剰生産力が結びつけば、軍事力の増強を図ることが予想できる。

実際日本の場合大恐慌以後、高橋財政によって軍事力の増強に舵をきった。
そして不況からいち早く脱出したけれど、軍事力の増強自体が世界秩序に対する挑戦となっていった。
中国も同じではないだろうか。
金融危機以降の経済の不況を中国は巨大な公共投資によって封じ込めた。
けれどもそれは何度も使えない。
生産力を増やす投資では消費が増えなければ損になってしまうからだ。
軍事費は純然たる消費であって、反動は出てこない。
けれども軍事費を増大させれば、それを使いたい衝動は強くなる。
軍を使用して対外問題を解決したい欲望を抑えきれなくなっていく。

いろいろ考えてみると、やはり戦前の日本と現在の中国が似ている感じは強まってきた。
似ていることを前提として、今後中国はどうなるだろうか。
まず考えられるのは軍部主導の政権ができるかだ。
日本では不穏な情勢を背景にして、軍部によるクーデター騒ぎやら暗殺事件が大量に発生した。
中国の軍人が非合法な手段での暴力行動に踏み切るかどうかは決定的に重要だろう。
反日デモは非合法ではあったが、政権自体には直接挑戦していなかった。
政権は反日デモの火消しに回り押さえ込んだが、今後は違うかもしれない。
日本に対して宥和的であることを理由にして、軍人がテロに走る。
そういう可能性も十分にあることを考慮して、今後の中国情勢を観察していきたい。
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